2017.09.12

【バドミントン】[ヒューリック・ダイハツJAPANパラバドミントン国際大会2017]日本初開催の国際大会で鈴木・山崎・藤原が金メダル!

9月7日から10日までの4日間、東京都町田市で日本初の国際大会「ヒューリック・ダイハツJAPANパラバドミントン国際大会2017」が開催された。

29ヵ国・地域から188名という参加人数は、世界バドミントン連盟(BWF)公認の国際パラ大会で史上最多。選手にとってはライバルの多い大会となったが、22種目中、日本は金メダル3、銀メダル1、銅メダル12を確保した。

観客を動員する工夫もあった。閉幕後、ヨネックス株式会社がオリンピックで活躍した5選手を招聘し、クリニックなどを行う「レジェンドビジョン・ジャパン」を開催。パラバドミントンを観たことがないバドミントンファンに観戦を促し、約2200人の観客動員に成功した。

SU5クラスを制した鈴木亜弥子の“気持ちの強さ”


SU5クラスで優勝した鈴木

そんな初観戦の来場者を最初に魅了したのは、鈴木亜弥子(SU5/上肢障がい)だ。際どいファイナルゲームを制して頂点に立った。
「銀とは比べものにならない。本当に、本当にうれしいです」
 最終日、満面の笑みを浮かべた初代女王は、日本の先鋒として日本代表を勢いづかせる役割も司った。



狙っていたのは優勝だけだった。しかし、はっきりした手応えがあったわけではない。世界ランキングこそ6月に初めて1位になったが「国際大会に中国選手はあまり出ず、自分が本当に1位だとは思っていません」と話した通り、手強い相手として中国選手が立ちはだかるのは分かっていた。予選リーグでも昨年11月の対戦に続き、弱冠19歳の楊秋霞(ヤン・チウシャ/中国)にストレート負けを喫した。

しかし、この試合で鈴木は楊の動くスピードは速いものの、コート奥にシャトルを押し返す力が弱いとしっかり分析していた。決勝トーナメント準決勝では、中国の孫守群(スン・ショウチュイン)が途中棄権し、「最後まで試合をしたかった」と言うが、最も倒したかった楊との決戦が実現。翌日の第1試合のコートに鈴木は立った。

決勝戦、楊のスピードに完全に屈する形で1ゲームを8本で失うが、2、3ゲームは武器である重く鋭いクリアーを有効に活用。楊のバック奥にシャトルを集め、相手が苦し紛れにネット際に落とした球を攻めきった。7連続得点しながら2ゲームを奪い返すと、3ゲームは1度もリードを許さなかった。

優勝した鈴木について、鈴木の越谷南高時代の恩師で、リオデジャネイロオリンピックの銅メダリスト・奥原希望を育てた大高史夫氏がこう語る。

「数年前、鈴木は突然、『いま、乗馬でオリンピック出場を目指しています。頑張れば出られるかも』と話したんです。驚きましたね。バドミントンがパラリンピック競技になって目標が変わりましたが、もともとスポーツが好きで結果を残したいという気持ちが強い子。高校時代、(全国大会の)全日本ジュニアで2位になったときも、最後は彼女の勝ちたい気持ちが結果につながりました」

またアテネオリンピックの日本代表選手だった森かおりコーチは、鈴木のハートの強さを高く評価している。

「状況が悪くてもできることを探し、試合のなかで組み立てていける選手。多くの選手は、劣勢のときどうしても守りに入ってしまいますが、彼女は状況を変える勇気がありますね」

貪欲さ、そして勇気――。練習だけでは積み重ねるのが難しい心の強さをすでに手にしているのが鈴木の強みなのだ。

「これから中国選手たちはもっと厳しい練習をしてくるはず。だから、それ以上に頑張らないと。東京でも金メダルを獲ります!」

見据えているのは、3年後の表彰台の真ん中だけだ。

車いすWH2クラスの山崎悠麻が2-1の逆転V


競技歴の短い山崎は、車いす生活になる前に培ったラケットワークが武器に


最終日、決勝戦へ進んだ日本選手4人のうち、浦哲雄(SU5/上肢障がい)はマレーシアのリク・ハウチアに10本、8本で敗れ、銀メダルに留まったが、続く山崎悠麻(WH2/車いす)と藤原大輔(SL3/下肢障がい)が逆転で優勝を決めた。

同時進行していた2試合で、先に優勝を決めたのは山崎だ。世界ランキング1位で、今大会の目標を「よくて金、ダメでも金」と話していたアムノイ・ワットゥタン(タイ)を20-22、21-18、21-18の大激戦で下した。

最後は持久戦だった。ダブルスも兼ねていたアムノイに終盤、疲れが見えてきており「ラリーしたくないのが分かった」(山崎)。そこで山崎は積極的に球をコート奥へ押し込み、相手のミスを誘った。17-18から4連続得点でマッチポイントを奪うと、最後は、シャトルがアウトかインかという際どい位置へ――。

「お願い~出てて~という気持ちで球を追いました(笑)」

優勝したあとは息子たちが駆け寄った。「勝った?」と聞かれ、「金メダルが獲れたよ」と伝えると、長男は「やったー」と喜んだ。この子どもたちの笑顔が競技を続ける何よりの原動力だ。「子どもたちにパラまで頑張る姿を見せたいんです」。 

もちろん、これからもっと強くなれる自信もある。小2から中3までは名門のジュニアクラブでプレーしていたが、車いすバドミントンは始めてまだ4年だ。強豪・韓国出身の金正子(キム・ジョンジャ)コーチの指導で飛躍的にチェアワークもよくなっている。

「今回勝てて、これからの手ごたえ感じることができました」

今大会の金メダルはアイルランド、ペルーに次ぐ3個目。これからメダルを量産してくれそうだ。

ホームの声援を背に。藤原大輔がSL3クラスを制する


大腿義足の藤原は2連敗中の相手に勝利した


山崎が優勝を決めた瞬間、藤原大輔のスコアは3ゲーム14-11。勝敗はどちらに転んでもおかしくない状況下で、藤原はこう思ったという。
「歓声が聞こえて山崎さんが優勝したと分かった。次は自分の番だと気合いが入りました」
するとシーソーゲームの戦況が変わる。藤原が16―13から4連続得点に成功し、マッチポイントを獲得。最後は相手のダニエル・ベッスル(イギリス)のショートサービスがラインを割り、優勝が決まった。

まさに血を流しながらの戦いだった。単複、そして混合複の3試合にエントリーし、シングルスの決勝は4日間の通算で14試合目。義足側の足の断端部は擦れて痛みが走った。それでも一度も勝ったことがない相手に「粘って粘って相手のいいショットを減らす作戦」ができたのは、大きな声援があったからだ。実は、準決勝で戦ったインドのサルカールも0勝2敗と分が悪かった。

「ホームの力ってこういうことだと思った。本当にうれしかった」

日本の声援をバックに越えられなかった壁を越えた藤原。もう3年後の夢に向かう決意に揺るぎはない。


東京パラで採用が決まった
SS6(低身長)クラスの畠山洋平

SU5シングルス銀の浦(左)は
今井大湧と組んだダブルスで銅メダル


※世界ランキングは8月31日付


text by Yoshimi Suzuki
photo by X-1
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