
夏季パラリンピックに7大会出場(夏季大会出場回数は日本人最多)
アテネ2004パラリンピック日本選手団主将、4×400m(T53/54クラス)銅メダル獲得
高校1年生の時にパラ陸上を始め、風を切るスピードに魅了されパラスポーツの素晴らしさを実感。「個人種目でのメダル獲得」を目標にパラリンピックに挑戦し続ける。ソウル1988大会以降、夏季パラリンピックでは日本人最多となる7大会に出場し、世界選手権など国際大会でも優勝、上位入賞しているパラ陸上界のレジェンド。リオ2016パラリンピック後の2017年に引退。競技サポーターだった穴織カーボン株式会社に所属し講演会、世界選手権の解説を務める活動の傍ら、日本パラ陸上競技連盟で後進を指導している。
夏季パラリンピックに7大会出場(夏季大会出場回数は日本人最多)
アテネ2004パラリンピック日本選手団主将、4×400m(T53/54クラス)銅メダル獲得
高校1年生の時にパラ陸上を始め、風を切るスピードに魅了されパラスポーツの素晴らしさを実感。「個人種目でのメダル獲得」を目標にパラリンピックに挑戦し続ける。ソウル1988大会以降、夏季パラリンピックでは日本人最多となる7大会に出場し、世界選手権など国際大会でも優勝、上位入賞しているパラ陸上界のレジェンド。リオ2016パラリンピック後の2017年に引退。競技サポーターだった穴織カーボン株式会社に所属し講演会、世界選手権の解説を務める活動の傍ら、日本パラ陸上競技連盟で後進を指導している。