高橋 鴻介

Kosuke TAKAHASHI | 発明家 | Inventor

写真=伊丹豪 | 聞き手・構成=辻陽介

なんで僕たちは点字が読めないんだろう
見える人と見えない人を結ぶ「ブレイルノイエ」
「フォークって誰がつくったのかわからないんです。だけど、だいたいあの形じゃないですか?要するに、みんな誰かがつくったフォークという概念を当たり前に共有してるんです。そういう、時代を越えて残っていく概念というか、未来の“当たり前”を発明できたら素敵だと思うんですよね……あ、僕、発明家なんですけど(笑)」
そう言って、若き発明家は照れ臭そうに笑った。高橋鴻介、26歳。普段は広告代理店にデザイナー兼プランナーとして勤務しているサラリーマンであり、だから、発明家とは職業のことというより、高橋鴻介の「生き方」のことである。では一体、この高橋鴻介なる人物は何を発明したのか? 「Braille Neue(ブレイルノイエ)」、その字体はそう呼ばれている。
晴眼者にも読める点字をつくりたい──ある偶然の出会いからふと思いついたアイデアをもとに、2018年に高橋が発明したのが、墨字と点字を重ね合わせたこの新しい字体・ブレイルノイエだった。発表後、ブレイルノイエは視覚障がい者と晴眼者がともに使用できる新しい点字としてたちまち話題となった。なんせこの100年間、点字は一度も更新されたことがなかったのである。それは些細なアイデアではあったかもしれない。しかし、その些細なアイデアが世紀を跨ぐ“発明”を生んだのだ。現在、渋谷区役所をはじめ、ブレイルノイエは少しずつ、着実に、その導入が進められている。
「いわゆるバリアフリーとは違う」と高橋は言う。あるいは「点字とはアップデートされた文字なのだ」とも。そう、ブレイルノイエは視覚障がい者のためだけのツールではない。これはすべての人を対象とした、近い未来の“当たり前”の話だ。
障がい者は
「僕ができない何かをできる人」
今までのユニバーサルデザインとは違った発想で
もともと僕がブレイルノイエをつくった理由は「点字を読めないから」だったんです。最近は勉強しているので、ある程度は読めるようになりましたが、それでも難しいと感じています。ただ、知れば知るほど、点字は文字として、やはりすごく興味深いものなんです。だって「指」で「読む」んですよ。それって一体どういうことなのか。

一般的には、目が見えないということは障がいであり、文字を読めないというのは不便なことであると思われがちですよね。もちろんそういう側面があることは否定しませんが、けっしてそれだけではないんです。あるいは点字というものは「アップデートされた文字」とさえ言えるんじゃないかと、僕は思っています。

そのように思うきっかけとなったできごとがありました。僕は普段、広告の会社に勤めているんですが、ある時、たまたま視覚障がい者の施設に行くことがあったんです。そこで僕は初めて、視覚障がい者が点字を読む姿を見たのですが、その時に言われた一言がとても印象的でした。
「高橋くんも点字を読めれば暗闇の中でも本を読むことができるようになるよ」

なるほど、と思いましたね。
現在、一般に使われている点字は1825年に視覚障がい者のルイ・ブライユが完成させたものだ。日本語版も1890年にはできあがっている。高橋鴻介がブレイルノイエによって試みているのは、100年以上にわたりかたちを変えることなく使用されてきた点字のアップデートである。
晴眼者は光のある場所でしか文字を認識できないけど、光が見えない人にとっては明るさは関係なく文字が読める。今まで僕は障がい者のことを「何かをできない人」と捉えていたんですが、その一言によって、彼らは「僕ができない何かをできる人」だったということに気づかされました。

それから点字についていろいろと調べ始めました。読めるようになりたくて点字の勉強も始めてみたんですが……ただやっぱり最初は、自分の世界とあまりにかけ離れているな、と感じました。要するに、とっつきにくかったんです。階段の段差で喩えると、最初の1段目がめちゃくちゃ高い。そこで僕は、なんとかしてその1段目の手前にもうひとつ低い段をつくることはできないか、と考えました。僕自身が点字を知ってそこに興味をもつことができたのだから、もっと多くの人がその世界に興味をもてるようになるためのきっかけをつくれないだろうか、と。

こうしてブレイルノイエの制作が始まりました。だから、ブレイルノイエはいわゆるユニバーサルデザインと呼ばれているものとは違う発想からつくられたものなんです。一般的にユニバーサルデザインというと、見える人が使用しているものをいかにして見えない人にも適応するかという視点から設計されがちなんですが、ブレイルノイエはまったく逆で、見えない人の世界のものとして閉じられてきたものを、いかにして見える人も体験できるようにするか、という視点から設計されています。起点にあるのは「なんで僕たちは点字が読めないんだろう」という問いなんです。
障がいの有無に関係なく
コミュニケーションを生み出すために
具体的な書体づくりに関しては、知り合った視覚障がい者たちに実際に触ってもらったりしながら、試行錯誤してつくっていきました。点字デザインのルールというのは非常にシビアで、一応は自分なりに調べてつくってはみたものの、最初は「これだとぜんぜん読みにくいね」と言われたりもして。たくさんアドバイスをいただきながら修正を重ねていき、現在の形にたどり着いた感じです。

ただ完成した当初はまだ、自分自身、果たしてこれが世の中に広めていく価値のあるものなのかどうか、はっきりとはわかっていませんでした。勢いで点字と文字をひとつにするという試みを始めたのはいいけど、そのことで一体何が起こるというのか、いまいち想像できなかった。その転換点となったのは、神戸アイセンターで開催された「No Look Tour」というイベントでした。

この「No Look Tour」は晴眼者と視覚障がい者がともに参加する交流イベントなんですが、僕はこのイベントのロゴをブレイルノイエでつくったんです。そして、そのロゴを参加証として首から下げられるようにしました。すると、そのロゴの読み方を話題の起点に、にわかに晴眼者と視覚障がい者たちのあいだにコミュニケーションが生まれ出したんです。
その光景を見て、これまで晴眼者と視覚障がい者の世界を隔ててきたのは文字というツールのほうだったのかもしれない、と感じました。点字と文字をひとつにしてみるだけで、つまり、共通のルールがなかった場所に共通のルールを設定するだけで、じつはそこに隔たりのない状態が生まれてくるということがあるのではないか、と。

それこそスポーツなんかもそうですよね。サッカーであれば、サッカーのルール内で試合をする限り、人種の差や肌の色の差、貧富の差などは関係がなくなる。これまで接点がもてなかった人同士が自然とコミュニケーションを取れるようになるんです。こうして改めてブレイルノイエを広めようと決意し、ここ「100BANCH」に入居し渋谷区役所とのプロジェクトも始めていったんです。

じつは今お話しした「コミュニケーション」というものが、その後の僕の活動においても大きなテーマになっています。最近も「リンケージ」という指で遊ぶゲームを発明しました。これは指を使って遊ぶツイスターのようなゲームで、盲ろう者が用いる「触手話」というコミュニケーションから発想したものです。基本的には触覚をベースとしたゲームになるんですが、そうすることで言葉の壁をやすやすと超えることができる。触れ合うコミュニケーションというのは、じつは非常に情報量が多いんですよ。言葉以上に伝わるものがあると思います。でも、触れ合うことって日常的には家族とか恋人でもない限り、少し抵抗がありますよね。ただゲームとなると意外とできてしまうんです。

最近、SNSなどにおいて文字を介したディスコミュニケーションが目立っています。言葉というのは不完全なものなので、どうしてもそれだけだと伝え損ねが生じてしまう。そうした部分を、触覚などべつの感覚で補っていくことができるのではないか、とも思うんです。言葉を文章にするということは論理に従うことだと思いますが、人間は実際のところもっと直感的ですから。
発明は「楽しいこと」が大前提
ブレイルノイエをきっかけに広がるアイデア
最近は点字だけではなく手話も勉強しています。100BANCHの仲間たちと、世界共通言語を探る「未来言語」という活動を行なっていて、そのミーティングを手話やボディランゲージで行なったりしているんです。

僕は英語が喋れないので、海外に行くといつももどかしさを感じるんですが、それは耳の聞こえない人を前にした時もそうで、基本はチャットでやりとりできるものの、文字だけで伝えられることは本当に限られているため、やっぱり話も盛り上がらないんです。その点、手話を用いるとミーティングが非常に盛り上がる。みんなボディランゲージが大きくなっていくので、単純に気分も上がってくるし、すごく楽しいんです。

この「楽しい」という感覚が僕はやっぱり大事だと思います。手話や点字などのコミュニケーション方法が長く使われていることには理由があって、それはただ伝える時に便利だからということだけではない。あるいはそれ以上に、使っていて楽しいとか、触っていて気持ちいいとか、そうした感覚的な部分が大事だったりするんです。だから新しい言語をつくる活動だったり、実際にそれをテストするにあたっては、それが楽しいものになるようにと、いつも意識しています。
たとえばブレイルノイエの字体をつくる時も、見た目をとても重視しました。それが見ていて気持ちいいものであったり、感性を刺激するようなものになっていないと、受け入れてもらえないし残りませんからね。言葉のリズムにしたって同じで、俳句などで「五七五」というルールが今も親しまれているのは、そのリズムで話すとなんか気持ちいい、みたいなところがあるからだと思う。僕はヒップホップがとても好きなんですけど、ラップにおいても韻であったり歌詞の内容よりも前に「その言葉がそこにあることがまず気持ちいい」みたいなところがありますから(笑)。

そうした感覚的な部分で楽しめるコンテンツを今後もつくっていきたいですね。例えば今は、ブレイルノイエを用いて触覚によって楽しめる絵本のようなものをつくってみたいと思っています。目の見える子と見えない子が一緒に読める本です。まだ構想段階ではありますけど、あるいは謎解きの絵本にして、見える子と見えない子が一緒にいて初めて謎が解けるというつくりにしてもいいかもしれない。僕はこういうゲームとか遊びが大好きなんです。ブレイルノイエを通じて、見える人と見えない人が何かを共有して、一緒に遊ぶことができる世界になっていったら、それはとても素敵なことですよね。(談)

高橋鴻介 | Kosuke TAKAHASHI

1993年生まれ、東京都出身。2016年に慶應義塾大学を卒業。広告代理店でプランナーとして新商品開発の提案などを行うかたわら、グラフィックデザインとプロダクトデザインを専門分野とする発明家としても活動。2017年に個人的なプロジェクトとして点字と墨字を重ね合わせた書体「ブレイルノイエ」を開発。