川村 怜 ×

Ryo KAWAMURA | ブラインドサッカー | BLIND FOOTBALL

中山 雅史

Masashi NAKAYAMA | サッカー| FOOTBALL

写真=今井智己 文=田口 悟史

ジャパンとエースとブラインドサッカー
世界と戦うために今できること
アイマスクをつけ、人工芝のピッチに立つ。耳を澄ませば聞こえてくる。後方からはゴールキーパーの声。ピッチサイドからは監督の、前方からはガイドと呼ばれる仲間の声も。ボールには金属製の粒が入っており、転がるたびに乾いた音がする。ドリブルを始めたなら、対戦相手は「ボイ!」と声を出しながらボールを奪いにくるだろう。
ブラインドサッカーは音のスポーツだ。聴覚を研ぎ澄ませてポジションをとり、パスを交わして、シュートを放つ。われらが日本代表チームの目下のターゲットは、東京パラリンピックでメダル獲得。ただし現在の世界ランクは9位。つまり簡単ではない。それでも、チームは日本独自の方法で強化が進む。そして川村 怜がいる。的確に空間を認知し、確かな技術とスピードでゴールに迫る。チームのエースで主将だ。
彼が幼少より憧れたのがゴンゴール、中山雅史。こちらもかつてはジャパンの大エース。決定力を磨き、世界と戦い抜いた人とだからこそ、話せることがある。
川村 怜
ピッチの空間全体を音で認知する
中山さんと川村さんは以前もご一緒にプレーされたことがあるんですよね?
中山雅史[以下、中] : 3年前ですかね。ブラインドサッカーを体験させてもらう機会があって、その時に初めて川村君ともお会いしました。いやあ、すごかった。これは大変なスポーツだって思いましたね。プレーしたのはほんのちょっとの時間だったんですが、とても疲れました(笑)。すぐに方向がわからなくなって、修正もできない。そもそも前にちゃんと進んでるかもわからなくなるから、全然サッカーにならないですよね。
川村 怜[以下、川] : 空間認知がとても重要な競技なんですよね。音を情報源にして。ボールの音とか仲間の声とか。それをもとに頭の中でイメージして、認知して、判断してプレーしていく。健常者のみなさんは目からの情報でイメージしてプレーするんだと思いますが、その情報源が違うというだけで。その先の頭の中でイメージしてプレーに繋げていくところはきっと同じなんじゃないかなって、僕は思っているんですけど。
川村さんの頭の中には、ピッチが広がっているんですね。
川:そうです。試合中、ピッチの全体のイメージは常にあります。そこから自由にプレーを。
その空間認知の能力はどの程度の時間をかけて、身についていくものでしょうか?
川:本当に時間がかかると思いますね。少しずつ掴めていくというか。僕は2007年からブラインドサッカーを始めましたが、その能力が大事だということに気づいたのも、ここ数年のことですから。日本のブラインドサッカーの歴史も2001年からと、まだ浅いですし、どの感覚を使っているのかも、まだ科学的には解明されていなくて。ただ、自分の感覚を言語化していくと、やっぱり空間認知っていうところに行き着くんですよね。ほかの多くの選手は「イメージが」って言うんですけど、それだけじゃないなって思っていて。音を聞いて、イメージがすぐに生まれるわけではなくて、空間を認知して、空間を頭の中に描いているような感覚があります。だから、頭の中でいろんな情報を処理して判断してプレーするっていうところでは、普通のサッカーとも変わらないんじゃないかなって。つきつめれば。
晴眼者がするサッカーでも空間を認知する能力は求められるのでしょうか?たとえばゴールを背負ってパスを受けて、振り向きざまにシュートを決めたりする時、ありますよね。
中:そういうプレーもありますが、スタジアムの環境や間接視野でなんとなく掴んでるような気がしますね。空間を頭に描いているというよりも、ダイレクトに視覚に頼っているというか。空間認知ということで言えば、ヘディングがそうかもしれません。来たボールの方向とスピードを見極めながら、自分の身体的な能力と技術をかけ合わせた、最適なポイントとタイミングでジャンプする。ヘディングが上手くいかない選手っていうのは、空間に対する感覚が足りていないのかもしれません。
ヘディングでゴールも多かった中山さんでも、ブラインドサッカーの空間認知は別物だったんですね。
中:そうですね。やはり僕は視覚からの情報があるからできていたわけで。ブラインドサッカーは本当に難しい。対面でパスするのでさえ大変!ボールから金属の音がするとはいえ、どのあたりに来ているのかも掴めない。よほど訓練しないと。
頭が疲れるような感覚なんでしょうか?
中:疲れます。ずっとやってきた川村君でも、やっぱり疲れるわけでしょう?
川:高い集中力が求められます。国際大会や大事な試合を1試合やると、まず頭が疲れますね。
川村さんは2013年から日本代表に選ばれて、世界のトップクラスと闘うようになりました。空間認知っていう点では、違いはありましたか?
川:ブラジル、アルゼンチンという世界のトップ2チームのレベルになってくると、やはり違います。例えば彼らは、敵との距離感の認知が早い。絶妙なタイミングでドリブルを切り返すし、相手の届かないところにボールを置いて運んできます。これはきっと、サッカー文化の深さでもあると思うんですけどね。サッカーの経験値が違うし、シュートのところもすごい精度だし。必ず隅に決めてきますから。
中:それは技術ですよね。そこを撃ち抜く技術。やはりブラジルにはそういう選手を生み出す文化がありますから。日本もそこに近づかなければならないけど、そのシュートを打つ前段階、どこにボールを置くかっていうことも重要なんですよね。日本人はそうやって、技術をどんどん紐解いていくしかない。
川:そうなんです。最後のボールの置き所がすごく重要で。やっぱりブラジルの選手はそこが上手いんです。あとはシュートまでのもっていき方も。
中:それに加えて、スピードでしょ?相手を一瞬、振り切るスピードも。1つずつ積み上げていくしかない。でもこの前、去年の夏の遠征でブラジルとアルゼンチンに引き分けてますよね。0−0で。これが1点を取り合った1-1とかになってくると、より可能性が広がってくる。勝つ可能性が出てきます。
川:闘いきった引き分けとは内容は変わってきますよね。そのあと、11月に日本にアルゼンチンが来た時には、初めて1点が取れたんです。試合には負けましたけど。
中:そうだよね。会場も超満員で。日本のブラインドサッカーにとって、すごく大きな一歩だなと思いました。
世界で戦うためにあえて自分から変化する
東京パラリンピックでのメダルという目標を実現するためにも、やはり世界を肌で感じるのは大切ですね。
川:ものすごく。世界のトップと試合をすると、普段の練習の取り組みが、踏みにじられるようなところもあります。そこを基準に取り組むので、普段の練習から変わってくる。
中山さんも98年のワールドカップで世界を体感しましたね。
中:アルゼンチンとの初戦で味わいました。競り合う前の駆け引き、体の当て方。勝負する前に勝負してくるというか、まともに勝負させてくれないというか。こんなところから違うのかって思いました。それに比べればJリーグもアジア予選もすごくクリーンなんだなって思いましたね。間合いの近さもプレッシャーの強度もぜんぜん違う。距離にしたら1歩、2歩の違いなんですが、それを詰められるかどうかなんだなって。
そういう経験がその後のキャリアにも大きく影響を?
中:それはわかりません。ただ、やれることを精一杯やらなければ、世界を体感したとしても、その後の指針すら得られないだろうし。やはり自分をごまかさないことですね。「ああすれば、俺でもやれたよ」じゃないんです。世界にはやらせてもらえなかっただけ。それをどれだけ自覚して、次につなげられるか。言い訳を探してもしょうがない。準備ができていなかったということを、自分で突き詰められるかだと思うんですよね。
まさに今、川村さんは突き詰めている段階では?
川:そうですね。自分との向き合い方は常に意識していますし。やっぱり変化する勇気っていうのは大事にしてて。
中:変化する勇気?
川:人間って居心地がいいところに停滞したくなる生き物だと思うんです。でも高みを目指すためには、今の自分から次の自分に変化するのが必要なんですよね。もちろん、それにはストレスもかかるし、順調にいかなければ落ちる時もあると思う。それでも、そういう苦しさも冷静に受け入れて前進できるか。そういう勇気、覚悟みたいなものを大事にしたいんです。目標を実現するためには個人としても、チームとしてもどんどん変化しなきゃいけないし。それがトータルで成長に繋がると信じてるんです。
中:チームとしてはそうだよね。それまでやってきたことを継続しても勝てないなら、何らかの変化が必要になる。
川:はい。チームを変えたければ、まずは自分を変える必要があるなと。
中:日本のエースでキャプテンだからね。厳しい立場でもあるけれど、率先してやっていけばチームを変えることだってできる。そういえば、新聞記事で読ませてもらったんだけど、川村君は普段の生活の中から空間認知を磨こうとしているんでしょう?
川:絶対に試合に生かそうっていう感じでやっているわけじゃないですけどね(笑)。こうやって話している時にも、声のする方向にちゃんと顔を向けるようにしています。こういうのもサッカーにつながるんですよ。
先ほどお話しされた、変化という部分にも関わってくるのでしょうか。
川:具体的に関わってくるわけではないですけどね。ただ、代表チームの戦術上、自分に求められることが多くて。ゴールもそうだし、後ろからつなぐビルドアップの役割もあるし。キャプテンとしての役割もあるので。普段から鍛えられる部分は鍛えたいとは思ってるんです。
中:すごい意識が高いんだね。キャプテンになるわけだ!
チームとしても戦術が変わってきているんですか?
川:そうですね。攻撃的な方向になっています。ピッチを3つに分けたうちの相手ゴールの近いところ、オフェンシブエリアにいかにボールを集められるか。そしていかにシュートチャンスを増やしていくか。それが基本的なチームのコンセプトになっています。その中で相手のプレースタイルに対応しながら、つなぎ方を工夫して、バリエーションも増やしていく。さらにその精度も高めていくということを重点的にやっています。
中:それまでは、攻撃になった時にドリブルが中心だったんですよね。でもパスのほうが効果的だという方向になっているのかな?パスで大きく展開したらフリーになる可能性が広がるし。技術的には難しいと思うけど。ボールコントロールとポジショニング、その精度も。
川:そうなんです。それまでなんとなく「ハイハイ!」って言っている声に向かって、なんとなくパスを出していたんです。でも今はもう、受け手の右足か、左足かっていうところまでこだわっています。ゴールへの最短距離に出せるように。
これからの日本代表チームは、パスが活路になると。
川:今までのブラインドサッカーは、世界的に見てもドリブルシュートがずっと多かったんです。ブラジル、アルゼンチン、中国もそうですね。でもやっぱり、ドリブルよりもパスのほうが速いじゃないですか。それに日本人が個人技で突破していくのは、どうしても難しい。体格の限界があるので。だからチーム、グループとして厚みのある攻撃をする。そういう新しいチャレンジをしている段階です。
体格という問題は日本の晴眼のサッカーにも共通しますね。
中:そうでしょうね。ゴール前で相手を背にしてパスを受けても、なかなかキープしきれない部分がある。それをはがしていく技術やパワーやスピードも必要。だけどやっぱりパスで相手を揺さぶっていく、かわしていくっていうのも魅力があります。
川:フィジカルの部分でいうと、力と力でバーンとぶつかっても、例えばヨーロッパの選手なんかはでかいし、かなわない。だから代表チームでは、体をいなすという技にもチャレンジしています。相手の力を逃して、うまく利用しながらターンをしたり。身体操作ですね。そこにこだわりながら、フィジカルコーチとトレーニングしています。この2年間ずーっとやってきて、かなり効果は出てきています。1対1でもグッと踏ん張らずに、体をいなせす。消耗が減るので、楽なんです。そうするとより走れる。ハードワークができる。
中山さんも体格差がある中で戦ってきましたよね。
中:そこまで緻密には考えてなかったですね(笑)。僕自身、ボールをキープするタイプでもなかったし。中盤あたりでボールを預けられても、ワンタッチツータッチでシンプルに落とす。もちろん、そこで踏ん張ればベストです。大迫(勇也)選手みたいなプレーができればいいけど、そこまで体も技術もあるわけではなかったから。勝負はゴール前でする。そこでは、でかいのが来ても「なんだこいつ!」っていう。気持ちで勝つしかないなって思ってましたね。そこで負けたらダメでしょ。
98年のクロアチア、大きかったですもんね。
中:でかかった。でもプルアウェイの動きというか、相手から離れる、ボールから離れる動きに弱いっていうスカウティングもあったから。そういう動きをしていけば、相手の裏で勝負できるなっていう感覚はありましたね。大きさが仇になるってこともありますから。当然、接近戦には強い。空中戦にも強い。でも相手をフリーにさせないように、こっちも体を当てていけばいいわけで。そのうえで、こぼれ球を拾う反応を高めていけば勝負はできるから。
川:いやー興味深いっすね。
感覚を言語化することがいかに大切か
少し基本的な話に戻るのですが、チームの戦術はどのように共有しますか?映像やボードでは伝えられないわけで。
中:あの場面を思い出してっていう、映像を見れると共有はしやすいんですよね。それがない中で、イメージを言葉で伝えていく、形にしていくっていうのはすごい難しいことだよね。
川:背景もそれぞれ違うので。先天的に視覚障害の人もいれば、後天的に視覚障害になった人もいますから。サッカーを見たことがないっていうところでも、理解にかかる時間の差があります。
中:川村君は後天的だけど、先天的っていうのはサッカーって何だっていうところになるわけだ。
川:走るっていう動作すら。極端な話ですけど。
中:それを克服して、ひとつずつクリアしていくのは、すごく地道な作業になるんでしょうね。
川:ただ先天性の方々は、音に対してすごく敏感なんです。それこそ空間認知も鋭い。そういう意味では、そこに戦術理解というところも加われば、すごい選手になっていくと思います。そうなるためには、伝える側の言葉の力が必要になりますね。
チームにおいて感覚を言語化する能力が問われると。
川:ピッチ上ではすべて感覚の世界なんですよね。でも、それを言語化して伝えていく必要もある。そうやって、次はどうしようとか、何が必要になるかとかが明確になってくるので。言葉で伝えるのはすごい重要な作業になりますね。
中:僕自身も伝える側にもいるので、それはすごく思いますね。感覚を言葉で、しかもわかりやすく伝えられるか。大きく選手の成長にも関わってきます。すごく重要で僕自身も学ばなきゃいけないものですね。もしかしたら、プレーをしながらいろんな壁にぶち当たって、自分で考えていくから言葉にする能力が鍛えられるのかもしれない。普段からの意識が問われる部分だよね。
川:そうですね。そこは気にするようにしています。
小学校の友だちに「あんなにサッカー上手かったっけ」と言われたことがあったみたいですが、それもあるいは感覚を言語化するということにも関わってきますか?
川:子どもの頃は弱視で少し見えてましたけど、全然下手だったんです。正直。ブラインドサッカーでチームの中心になるようなヤツには見えなかったはずです。僕自身も思っていなかったし。友だちが僕の今のプレイを見ると「ほんまに?」みたいな反応しますね(笑)。それが言語化と関係しているかはわからないですが、サッカーを追求していくうえで、言葉の積み重ねは必要だとは思いますね。
中:そうだよね。たとえば少年のサッカー教室に行った時、いいヘディングのことをどう伝えられるか。「首を引いてね」くらいは言えるかもしれないけど、感覚を言葉で表現できるか。「ドーン」とかじゃなくてね(笑)。もし子どもたちにわかりやすく教えることができれば、その感覚は自分の中で技術として積み重ねられているということなんだと思う。そういえば、川村君に続くような選手として、丹羽(海斗)君が注目されているみたいですね。フットサルして間もないのに、代表チームに呼ばれるような。彼がそのまま伸びていけば、2枚看板みたいになるかもしれない。
川:そうですね。さらに厚みのある攻撃も期待できます。
中:キャプテンとしては、彼の成長も働きかけなければいけないんだよね?
川:チームが強くなるのが大事なので。伝えられることはそうしてますね。
中:そうだよね。でも、あんまり成長すると、自分がチームに君臨するためのポジションが取られちゃうっていう危機感もあるでしょう。僕もジュビロの頃は、ああだよこうだよっていうアドバイスは当然したし、チームで勝つうえで必要なことは言うかもしれないけど、あんまり言わなかったかな。
ジュビロ磐田の黄金期ですね。
中:高原(直泰)とかには言わない(笑)。何も。あいつもあんまり聞いてこないタイプだったから。俺より技術は高かったし。動き出しのタイミング、質、コントロール、ボールの置き所、シュートの正確性なんかもね。ただ練習終わった後に5本と決めて、コーチとやっていたシュート練習があったんです。そしたら知らないうちに高原が同じのをやり始めて。「お前がやったら俺の優位な点がなくなるだろう!」って思いながら、やってましたね(笑)。やはり意識の高い選手が来て、川村君から盗んでやろうとか、肌で感じてやろうとか。やはり必要だと思うんですよね。競い合うようになれば、相乗効果もあるだろうし。
川:そういう意味では、彼は向上心が強い選手なので。質問が多いんです。
しっかり教えてあげてるんですよね。
川:今のところは(笑)。自分の経験と感覚をベースにしてますが、彼に合ったような伝え方をなるべくするようにして
中:いやあ、大変だ。チームを引っ張って、後進の成長も促して。
川:役割としては非常に多いんです。でもやっぱり、僕自身はゴールを求めています。自分が決めることが、チームの勝利に貢献することだ思っているので。最後の決定力は追求し続けたいですね。
中:それは重要! 川村君がエースなんだから。エースが決めたらチームがガチッと固まるんです。パラリンピックではきっと、会場全体が「よし、いくぞ!」て盛り上がるはず。期待してます!

川村 怜 | Ryo KAWAMURA

1989年、大阪市生まれ。Avanzareつくば所属。5歳でぶどう膜炎により視力が低下。小学生ではサッカーを、中高では陸上に汗を流した。筑波技術大学に進学後ブラインドサッカーを開始。全盲と診断された2013年に日本代表に初選出。いきなりブラジルからゴールを奪った。2016年より主将を担う。

中山 雅史 | Masashi NAKAYAMA

1967年、静岡県藤枝市生まれ。藤枝東高、筑波大を経て1990年に日本リーグのヤマハ発動機(現・ジュビロ磐田)に入団。J1では通算157ゴール、4試合連続ハットトリックなどを記録した、日本が誇るストライカー。W杯日本人初ゴールも成し遂げている。現在はJ3のアスルクラロ沼津に所属。サッカー解説者でもある。