星野 佑介

Yusuke HOSHINO | テコンドー |Taekwondo

写真=名越啓介 │ 文=雑司が谷千一

テコンドーが広げた世界
東京パラリンピックと大学受験に挑む
現役高校生のある日
2020年東京パラリンピックから正式競技として採用されるテコンドー(オリンピックは2000年より正式競技)。朝鮮半島に伝わる古武術をルーツにもつこの競技は、繰り出される華麗な足技と格闘技特有の緊張感ある駆け引きが最大の魅力だ。日本国内の競技人口こそまだ少ないものの、ゆえに各選手間の実力は拮抗し、その成長スピードも速い。大きなポテンシャルと可能性を秘める選手たちが東京大会を目指す中で、現役高校生の星野佑介も日々ハードなトレーニングをこなしながらパラリンピックの表彰台を視界に入れる。運動とは無縁だった星野がテコンドーと出会い、東京大会を目標に据えることになった理由──とある11月平日の午後、都内の高校で授業を終えた星野と落ち合い、その1日に密着して話を聞いた。
川村 怜
正直、スポーツ全般があまり得意ではなかった
ゲームばかりしていた毎日と
生活を一変させたテコンドーとの出会い
「なかなかね……もうちょっと食べられるのかなあって思うんですけど。テレビで高校野球の子たちなんか見てると、ものすごく食べるでしょう?うちの子は足元にも及びません」

晩秋のやわらかな夕陽がたっぷりと差し込むリビングで、夕飯の支度に忙しい母親はそう言って笑った。息子はそれを聞いて、少しバツの悪そうな表情を浮かべて答える。
「デカくなりたいとは思ってるよ。だから、いっぱい食べてます」

星野佑介は現在、高校3年生。世田谷区内にある自宅から徒歩20分ほどの私立高校に通っている。授業を終えて校門で待つ彼と簡単な挨拶を交わすなり、足早に自宅へと歩を進める星野にフォトグラファーがレンズを向けシャッターを切る。
「撮られるの、苦手なんですよ」
恥ずかしそうに謙遜するも、時折カメラのほうへ投げかける視線は鋭い。「苦手」ではあっても、撮られ慣れていないわけではないようだ。事実、私たちが取材場所に提案した星野の自宅にカメラが入るのは、今回が3度目だという。うち2回はテレビの取材クルーだったと星野の母親が教えてくれた。一見、少しなで肩で線の細い、まだまだあどけなさの残る18歳。そんな星野がこうしてたくさんの取材を受ける理由、それは彼がテコンドーで2020年東京パラリンピック出場を目指すパラアスリートであるということにある。

星野がテコンドーを志すことになったのは、母親の勧めで東京都が主宰する「パラスポーツ次世代選手発掘プログラム」に参加したことがきっかけだった。右腕に先天性骨形成不全を抱える星野は、「正直、スポーツ全般があまり得意ではなかった」と話した。1歳半から小学校2年生までを過ごしたアメリカではクラスメイトたちとサッカーに明け暮れたものの、帰国して現在の中高一貫校に進学するとスポーツとは疎遠に。学校から帰宅してオンラインゲームに精を出し、夕飯を食べたあとはまたゲームに没頭する毎日。次第に体には無駄なぜい肉がつき、生活からはメリハリがなくなった。
そんな星野を見かねた母親が何の気なしに勧めたパラアスリート発掘プログラムに、当時中学3年生の星野は「しょうがねえなあ」と、なかば妥協するかたちで足を運ぶことになる。
「事前に興味のありそうな種目を3つ選ぶんですけど、僕が選んだのは水泳とアーチェリー、それにトライアスロンでした。体力に自信がなかったからトライアスロンは早々に諦めて、ゲームが好きだったのでポイント制の競技がいいと思って、水泳も候補から外れました。それで、たまたま空き時間にテコンドーのデモンストレーションに参加してみたら、当時、全日本テコンドー協会パラテコンドー委員長の高木さんから『きみ、体型がテコンドー向きだよ』って声をかけられて──」

テコンドーとの出会いをそう振り返る星野だが、最終的な決め手はまたべつのところにあるようだった。ふと筆者から目線を外してつぶやく。
「けっこう、学校で嫌がらせとかも受けたりしてて。そいつらをぶっ飛ばしてやりたいみたいな思いも多少ありました」
世界で勝つためには、
まだまだ克服しなきゃいけないことが
たくさんあります
強豪道場でのハードトレーニング
「パラリンピックを目指す」ために
午後7時半、横浜市関内。駅前の雑踏から少し外れた雑居ビルの2階からは、子どもたちの威勢のいい掛け声が漏れ聞こえてくる。首都圏に10を超える支部道場をもつ「炫武館」は、これまで国際大会で活躍する数多くのテコンドー代表選手を育成・輩出してきただけでなく、3、4歳の小さな子どもから社会人まで、生涯スポーツとしてのテコンドーを広く普及してきた国内屈指の名門だ。

星野はテコンドーを始めて以来、この炫武館で練習を重ねている。自宅で夕食を摂ったあと、午後6時半に家を出て電車に乗り道場へ向かう。7時半に道場に着くと、入念な準備体操とストレッチをしたあと、8時頃から本格的な練習がスタート。終わるのは10時半。そこから帰りの支度をして、自宅に到着するのが深夜12時近くになることもあるという。星野はそれを週4日でこなす。
「練習ではとにかく追い込まれるから、最初はツラかったです。小さい頃からずっとやってきた選手たちと同じメニューをやらされるので、そんなの無理だよって思ってましたし。できなきゃできないで、こんなことできて当然だって雰囲気になるし……。道場に通ったこともなかったから、勝手に休憩していたらすごく怒られて。疲れたから休む、それの何がいけないんだ?って思ってましたね(笑)」

星野はこの日も時間通りに道場に姿を見せると、館長の姜炫淳(カン・スンヒョン)師範に挨拶をしたあと、練習着に着替えてストレッチに入る。シニアの練習では全日本テコンドー協会から強化指定を受けている男子63キロ級の村上亨來選手や女子46キロ級の村上智奈選手など、国際大会で経験を積む健常の実力者たちに混じって汗を流している。
「最初に道場に行った時、師範から『これからパラリンピックを目指す星野くんです』って紹介されて。そんなこと言われたら、手抜いてできるわけないじゃないですか(笑)。だからテコンドーにのめり込んでいったというよりは、やらざるをえなかったという感じ。練習についていくだけでもう必死でした」

炫武館には星野ともう一人、パラリンピックを目指して練習に励む選手がいる。阿渡健太、33歳。テコンドー競技歴は星野よりも短いが、長くサッカーで培った運動神経を活かして、国内外の大会でメキメキと頭角を現し始めている期待の代表選手である。兄のように慕う阿渡の存在は、星野が東京大会を意識するうえでも大きな心の支えとなっている。
「最近、階級をひとつ上げたんです。まずは日本で代表選手を目指すとなると、ライバルが少ない階級で戦ったほうがチャンスがある。それに阿渡選手と一緒にパラリンピックに出たいって目標があるので、同じ階級で争うんじゃなくて、それぞれべつの階級で東京大会を目指したいなと思って」

そんな理由もあって、冒頭のやりとりである。星野は日々ハードなトレーニングをこなしながら、体重を増やすために食生活の改善にも取り組み始めたばかりだ。東京大会の選考会は年が明けた2020年1月26日。残された時間はあとわずかしかない。
国内屈指の相手からの大金星
得た自信と克服すべき課題
練習も終盤に差し掛かると、選手たちは防具をつけて「キョルギ(組手)」と呼ばれる実戦形式のメニューへと移る。それまでのミット蹴りの練習の雰囲気から一転、道場内にはピリッと引き締まった緊張感が満ち、実戦さながらの激しい攻防が繰り広げられる。
「気抜くなよ! 自分が怪我するだけじゃなくて、相手を怪我させることにもつながるぞ!」

背後から姜師範の鋭い視線とゲキが飛ぶ。選手たちはスパーリングのあいだのインターバルのたびに両手を膝につき、肩で息をして呼吸を整えている。

パラテコンドーでは星野や阿渡のように腕に障がいをもつクラスの選手は足だけを使って攻撃し、相手の胴体にヒットさせることでポイントを得る。星野はその話ぶりによく表れているように、普段から感情の起伏が少なく、冷静で落ち着いたメンタリティの持ち主だ。相手の出方や様子を伺いながら、前足の蹴りで主導権を握りポイントを重ねていくのが、星野が自覚する勝ちパターンでもある。
そんな星野が大きく自信をつけた経験がある。2018年8月、当時同じ階級に属していた日本パラテコンドーの第一人者、伊藤力に勝利したのだ。下馬評では圧倒的に伊藤が優勢だったが、競技を始めてわずか1年強の星野は、それまで一度も勝利したことがなかった相手から大金星をあげ、一躍、東京大会での活躍を期待される存在へと名乗りをあげることになった。
「以前に対戦した時はボコボコにされて、まったく歯が立たなくて……試合になるとこんなに痛いのかって、テコンドーの厳しさを初めてわからせてくれたのが伊藤選手でした。そこで僕の中で火がついたというか。試合の前から入念に伊藤選手の分析を重ねて、何度も試合映像を見て伊藤選手の蹴りの傾向とか、警戒するポイントとか、炫武館のチームメイトたちからもアドバイスをもらったりして。その対策が勝利につながったんです。やっぱりめちゃくちゃ嬉しかったですよ」

果たして星野はこの勝利のすぐ次の試合で、当時世界ランキング1位の選手に破れて敗退した。器用に戦ってくる日本人選手と違い、海外のランカーたちはフィジカルにものを言わせてアグレッシブに攻撃を仕掛けてくる。戦況を読んで試合を組み立てていく星野のスタイルは、まだこのレベルでは通用しない。
「正直、国外の相手と戦う大会で勝利する、ましてやパラリンピックでメダルを獲るっていうのはぜんぜん簡単じゃない。ガンガン仕掛けられると思考が固まってしまって、反射的に自分もガンガン前に出てしまう。そうすると、体格や身体能力で勝る相手選手の思うツボです。世界で勝つためには、まだまだ克服しなきゃいけないことがたくさんあります」
大学受験とパラリンピック
二兎を追う現役高校生が見据える将来
「本音を言えば、もっともっと厳しく指導したいですよ。でも、星野には星野のペースがあるからね(笑)。やれることから着実に力をつけていけばいい」

姜師範はそう言って、愛弟子のさらなる成長に期待を寄せた。大学受験を間近に控える高校3年生は、東京大会の選考会と二足のわらじを履かなければならない。星野に与えられた時間は、やはり限られている。パラリンピックも大学受験も、人生で同時に向き合う事ができる人間は世界を見渡してもそういない。だからこそ18歳の星野にとっては、この2019年の年末をどう過ごすか、バランスをどうとっていくか、その見極めが悩ましい時期でもあるだろう。しかし当の本人には、周囲の心配やプレッシャーから受ける気負いは一切ない。いかにも星野らしい淡々とした口ぶりで答える。
「大学ではコーチング論だったり、トレーナーの勉強だったり、何かしらテコンドーに活かせることを学びたいです。将来的にもそういう職に就けたらいいなって考えています。でも今は少しだけ、勉強よりもテコンドー優先って感じですね」

2020年東京大会から、パラリンピックの正式競技として採用されたテコンドー。まだその歴史は始まったばかりだが、その1ページ目に「星野佑介」の名前が刻まれることになるかどうかは、姜師範にも、母親にも、ましてや星野本人にもわからない。しかし、彼らがたしかにその目標に向けて近づこうとしていることを知っている筆者は、東京パラリンピックの表彰台に星野が立つ姿を想像せずにはいられない。

星野 佑介 | Yusuke HOSHINO

2001年、名古屋市出身。パラテコンドー男子-75キロ級選手。先天性骨形成不全(K44)。中学3年生の時に、東京都が主催する「パラスポーツ次世代選手発掘プログラム」に参加し、テコンドーと出会う。以来、国内屈指の強豪道場「炫武館」に所属しトレーニングを重ねる。2018年、日本選手権パラ男子の部-61キロ級で3位、同年のパンアメリカ選手権男子K44-61キロ級で3位。競技歴はまだ約3年と短いが、2019年からは海外選手との共同合宿や国際大会の遠征にも積極的に参加し、世界レベルの経験を着実に積んでステップアップを図っている。