パワーリフティング・ドバイワールドカップ東京パラリンピック出場権をかけた“最後の戦い”

2021.06.30.WED 公開

パラ・パワーリフティングのワールドカップが6月19日から24日の6日間、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで行われた。東京大会出場権が与えられる東京パラリンピックランキング(東京PR)上位8位以内に入った選手はいなかったが、日本代表選手団の石田直章団長が「全体的にはバイパルタイト(推薦枠)で狙えるチャンスを広げられた」と目を細める結果になった。ここでは、東京大会出場を目指す選手たちの“最後の戦い”を振り返る。

「中年の星」三浦浩が日本選手最上位に

「ここで結果を出さなくてどうする!」

石田団長がそう鼓舞する東京パラリンピック予選最終戦で日本は初戦から熱く燃えた。まず2017年から始まった長いレースを終え戦いきった表情を見せたのは、男子49kg級の三浦浩。1階級あたり、1ヵ国から出られるのは1人という条件下で、三浦は2019年9月に階級を下げた西崎哲男に勝ち、東京PRで日本選手最上位になった。

ドバイ直前の東京PRは、西崎が138kgで12位、三浦が131kgで15位と、7kg差もつけられていた。しかし、ドバイでは、第3試技で三浦が138kgを挙げたあと、西崎が139kgを失敗して記録が137kgに留まり、三浦の逆転勝ちが決定。東京PRは日本チームのなかで最高の9位に上昇した。

「西崎くんが138kgを挙げたときより僕は軽いので、(体重差で逆転できる)138kg狙いでいきました。今回、これが限界で……。結果として、3回目に成功させて日本人トップになれたので、パラリンピックに向けて前進はできました」

「(前回の東京大会が開かれた)1964年生まれなので、どうしても東京パラリンピックに出たいと思って臨んだ」と三浦

2015年に樹立した135kgの自己ベストを3kg更新するうれしい結果でもある。リオ大会後はトレーニング過多で2度褥瘡(じょくそう)になるなどし、2020年の全日本選手権では記録が110kgに落ち込んだ。だが、それでもあきらめなかった三浦はトレーニング法、ルーティーンなどすべてを見直し、ラストチャンスに体を合わせてきたという。

三浦は、「56歳にしてベストを3kg越えられた。この競技ではすごいこと」と喜びを口にし、「東京パラリンピックへの出場の可能性もつなげられて、世の中年男性がんばれよ、というメッセージは送れたのかな。代表に選ばれたらしっかり入賞を目指したいです」と、笑顔で大舞台に目を向けた。

男子54kg級の市川も奮闘

この三浦の戦いぶりを見て、「さすが。戦略をきっちりこなし、最後に締めてきた」と感嘆のため息をついたのは、三浦を“師匠”と仰ぐ男子54kg級の市川満典だ。

ドバイでは、第1試技と第3試技で失敗し、記録が140kgに留まり「つまらない試合をしてしまった。145kgを挙げていれば東京PR8位以内の可能性もあったのに」と悔しがったが、ランキング10位は死守し、バイパルタイトでの出場の可能性が高い一人となった。チャンスをつかめれば、パラリンピック出場は初となる。

市川の競技者としての最終目標は「階級の3倍(54kg×3=162kg)を挙げること」だという

第一人者の大堂、日本新で「堂々と待つ」

 
第2、第3試技も残り1秒でスタート。失敗した第2試技は「同じ残り1秒でも余裕がない1秒だった」と振り返った

また、三浦とともにリオ大会に出場し、4大会連続出場を狙う88kg級の大堂秀樹が完全燃焼を遂げていた。2020年2月に負った左胸の肉離れは完治しておらず、1月の全日本選手権は174kgを挙げるのが精いっぱいだった。

しかし、この最終戦では、第3試技で2019年の日本記録を1kg上積みする198kgをたたき出した。第2試技の198kgは「呼吸が浅かった」と赤ランプに終わるも、「自分は本番に強い。第3試技は自信しかなかった」と198kgを挙上し、ベンチ台上で激しくガッツポーズを見せた。

これで大堂の東京PRは一時、8位に浮上。その後、ランキング外にいたリオ優勝のUAE選手の登場等で、最終ランキングは12位に後退するが、「1月の174kgからここまで取り返すって超カッコよくないですか(笑)。やりきったなーという感じがしますよ」と笑い、「もう堂々と待ちます。どうなっても。たぶん波は来る。来たらこれまで通り、練習します」と東京大会で戦う決意を秘めていた。

パラリンピック3大会出場の大堂は重要な大会で日本新をマークした

パラ2大会出場の宇城も望みをつなぐ 

パラリンピック出場経験者では、1月に72kg級に参戦した宇城元も東京PR日本最上位の11位にランクインした。77kg級での東京PRを持っていなかった宇城は、今回、失敗が許されず、175kgで東京PR10位にマークしていた樋口健太郎を上回らなければ、東京代表の可能性を失う難しい局面にいた。

だが、「欲張らず確実にランキングをとりにいった」という宇城は、第1試技で171kgに失敗するも、第2試技で自身が1月に出した日本記録と同じ176kgの挙上に成功し、最終記録とした。一方、180kgでスタートした樋口は試技が一度も成功せず、東京PRでの宇城の逆転を許した。

東京パラリンピック出場について宇城は、「期待はしたいですが、(経験上)バイパルタイトでの出場の厳しさは誰よりも知っている」と、慎重な態度を崩さなかった。

試合の朝、一時体重が300gオーバー。宇城は「まさかここで終わるのか」と焦ったという

若手の光瀬&奥山が日本新で成長をアピール 

伸び盛りの輝きを放った2人がいる。59kg級で143kgを挙げた光瀬智洋、65kg級で153kgをマークした奥山一輝はともに20代。それぞれ自身の日本記録を塗り替えて、「若い2人が成長を見せてくれた」と石田団長を喜ばせた。

「誰よりも練習し、この競技が好きという気持ちでやっています」と光瀬

6月25日現在、東京PRは、光瀬が11位、奥山が12位。光瀬は「(同階級の)戸田選手に勝って東京PRで日本トップになること」、奥山は「東京PRを一つ上げること」いう目標をドバイで達成した。しかし、8位以内には入れなかっただけに、東京パラリンピック出場について本人たちは冷静だった。

光瀬は、「東京パラはどうなるかわからないが、いずれにしろ、今後はもっともっと頑張って、パリで日本人初のメダリストになる夢につなげたい」と話し、奥山は、「東京に関し僕ができたのはここまで。あとは運に任せたい」と明るく前を向いていた
奥山は日本記録を6kg更新。2020年からの急成長の理由は「社会人になって背負うものが増えたから」と明かす

また、51歳の中辻克仁も奮闘した。ドバイでは、主戦場の107kg級ではなく、より東京出場のチャンスが広がる107kg超級にエントリー。107kg級で202kgの日本記録保持者は、今回、201kgには失敗したが、196kgを挙げて、東京PR13位に飛び込んだ。

中辻は、「今回の結果に満足感はないですが、(出場権争いは)やりきった感じはある。あとは出られると信じて待つだけです」と期待を口にした。

女子は79kg級・坂元がMQS突破

女子で東京代表の可能性を残したのは、79kg級の坂元智香。第2試技で77kg、第3試技で79kgを挙げた坂元は、東京パラリンピックの参加標準記録(MQS)を突破し、笑顔を弾けさせた。

「国内の大会ではMQSは突破していたのですが、それが世界で本当に有効なのか、心配だったんです。だから今回、77kgを挙げられることを証明できてうれしい」と笑顔の理由を語った。東京大会出場については、「当たるのも八卦、当たらぬも八卦。出られたら80kg以上を挙げたい」と話していた。

坂元は試合後、支援者に向かって「ありがとうございます!」と感謝を表した

なお、リオ大会に出場したのは男子3人。女子はまだだれもパラリンピックに出場していない。石田団長は、「日本には8位以内に入って出場を決められる選手はいなかったが、確実に成長している」と胸を張る。

東京大会に出場する選手は7月に発表される見込みだ。

【ドバイワールドカップ 日本選手リザルト】

▼男子
・49kg級
三浦浩 7位(138kg)
西崎哲男 8位(137kg)
・54kg級
市川満典 5位(140kg)
・59kg級
光瀬智洋 12位(143kg)
戸田雄也 14位(135kg)
・65kg級
奥山一輝 7位(153kg)
・72kg級
宇城元 8位(176kg)
樋口健太郎 失格
・88kg級
大堂秀樹 11位(198kg)
・97kg級
馬島誠 10位(160kg)
・107kg超級
中辻克仁 6位(196kg)

▼女子
・45kg級
成毛美和 失格
・50kg級
中嶋明子 8位(54kg)
・55kg級
山本恵理 失格
・79kg級
坂元智香 14位(79kg)
会場となったドバイクラブ。大会スタッフや選手は、入り口で全身を消毒するマシーンを通過して体育館に入るよう配慮されていた

text by Yoshimi Suzuki
photo by Dubai Club for People of Determination

『パワーリフティング・ドバイワールドカップ東京パラリンピック出場権をかけた“最後の戦い”』