認知症のあるおばあちゃんがスペイン語に挑戦!? Jリーグの“推し活”が起こした数々の奇跡とは

2023.09.15.FRI 公開

認知症のある86歳のおばあちゃんが、自ら進んでスペイン語の勉強を始めた!? 歩行器が必要だった90代のおばあちゃんが、自力で段差を踏み上がった!? 実はこれ、とある高齢者施設で本当に起きた驚きの奇跡だ。

そのきっかけとなったのは、地元のJリーグクラブをスタジアムのサポーターさながらに応援する、おじいちゃんおばあちゃんたちの“推し活”、「Be supporters!」。高齢者になると失われがちなワクワクする気持ちをサッカーの応援を通じて取り戻し、心身ともに元気になってもらおうと、サントリーウエルネス株式会社がJリーグやクラブチーム、各地域の福祉施設と協業して推進している。

今回は、その 「Be supporters!」の具体的な活動や利用者の方たちに生じた変化、さらにはクラブチームや施設にまで波及したシナジーなどの紹介を通して、いくつになってもときめくこと、ワクワクすることの大切さを伝えていきたい。

100歳のおばあちゃんも熱狂!? サッカーの応援を楽しむ、シニアの“推し活”とは?

公式のサポーターグッズに身を包み、試合を観戦するオリンピア兵庫の利用者たち 写真提供:サントリーウエルネス株式会社

兵庫県神戸市にある、認知症のお年寄りたちも入居している高齢者施設、オリンピア兵庫。ここで今、利用者の方たちが夢中になっているものがある。それは地元、神戸をホームタウンとするJリーグのサッカークラブ、ヴィッセル神戸の応援だ。毎月2回、多いときには週1回、時間になると、利用者の方たちが大型テレビの設置されたリビングルームに集まり、観戦を始める。

観戦スペースには利用者の方たちが事前に準備した、ヴィッセル神戸のチームカラーである赤を基調とした輪飾りやチームフラッグが飾られ、壁には選手たちのポスターなども貼られている。いつもの施設から雰囲気がガラッと変わり、お祭りムードが全開だ。

そんな中、下は60歳から上はなんと100歳までのおじいちゃんおばあちゃんたちが、ヴィッセル神戸のユニフォームに着替えて、チームのタオルをグルグルと回し、「頑張れ〜!」と声援を送る。その姿は、会場にいるサポーターさながらの熱狂ぶりだ。

ゲームの盛り上がりどころでは、MCを務める進行役の職員の掛け声に合わせてみんなで手拍子を打ち、得点が入れば、太鼓を叩いて盛り上がる。

施設でケアリーダーを務める介護福祉士の稲田麻里さんは、「みんな、びっくりするくらい、目をキラキラさせて、楽しんでいます。観戦前と比べて、表情もすごく豊かになっていますし、自然と声が出たり、体が動くようになっているんです」と、その変化に驚いている。

ヴィッセル神戸のスタジアムで利用者の方たちと応援を楽しむ、オリンピア兵庫の稲田麻里さん(写真左) 写真提供:高齢者総合福祉施設オリンピア兵庫

近年、自分にとってのイチオシの人やものを応援する“推し活”が大きな注目を集めているが、オリンピア兵庫の利用者の方たちのとって、ヴィッセル神戸の選手たちはまさに“推し”そのもの。こうしてチームや選手を応援する“推し活”が、利用者の方たちの日々の活力になっているのだ。

施設で起きた数々の奇跡!ココロもカラダも元気にさせる“推し活”のスゴさ

サントリーウエルネス株式会社の吉村茉佑子さん。病気の「予防」に加え、「共生」という考え方も大切にするサントリーウエルネスらしいプロジェクトとして発足した「Beサポ!」を、ほぼゼロの状態から形にしていった立役者 写真提供:サントリーウエルネス株式会社

実はこの取り組みは、高齢者や認知症の人など、普段は周囲に「支えられる」機会の多い人たちが、サッカークラブのサポーターとなって応援することで、クラブや地域を「支える」存在になることを目指す「Be supporters!(Beサポ!)」という活動の一環だ。健康食品や美容商品を展開するサントリーウエルネス株式会社が、Jリーグやクラブ、各地域の福祉施設と協働で活動を推進している。

プロジェクトの推進リーダーを務めるサントリーウエルネスの吉村茉佑子さんは、「高齢者になると、ワクワクしたり、好奇心が駆り立てられることが少なくなるように感じますが、それはそうした気持ちをもてなくなってしまったのではなく、単に機会やチャンスが減ってしまっただけなんだと思うんです。自分の好きなサッカーチームや選手を応援する“推し活”を通じて、いま一度、ココロがときめく機会を取り戻し、毎日をワクワクと生きることにつなげてもらえればとの思いを込めました」と、「Beサポ!」を立ち上げた経緯を語る。

とはいえ、この活動を始めた当初、施設職員の方々から「高齢者世代は野球や相撲が好きな人が多く、サッカーはあまり馴染みのないスポーツ」と言われたのも事実だ。いきなり、「地元のJリーグチームのサポーターになってください」と言っても、そのハードルは高いという。そのため、「出身地が同じ」「カッコいい」といった個人的な動機からお気に入りとなる選手を決めてもらい、その選手を応援する“推し活”のスタイルを取り入れることで、サポーターという存在をより身近に感じてもらえる工夫をしたそうだ。

「好きな選手ができると、その選手を応援するためにグッズを作ったり、想いを届けるための応援メッセージを送りたくなります。そうしたことを主体的に行うことで、ご自身の生きがいにもつながっていると感じています」(吉村さん)

実際、吉村さんが言うように、オリンピア兵庫の利用者の方たちにも、職員の方たちが驚く変化が生まれている。

今年の7月までクラブのキャプテンを務めていた、元スペイン代表のイニエスタ選手を“推し”ていた認知症のある86歳(当時)のおばあちゃんは、イニエスタ選手の母国語であるスペイン語で応援メッセージを送ろうと、なんと自ら進んでスペイン語の勉強を始めた。その結果、SNSの動画を通じて「VAMOS Iniesta(さあいこう、イニエスタ)」とエールを送ることに成功し、イニエスタ選手はその挑戦の素晴らしさに強い感銘を受けたという。

マスターしたポルトガル語を活用し、応援するブラジル人選手たちの“推し活グッズ(応援団扇)をつくるおばあちゃんたち 写真提供:高齢者総合福祉施設オリンピア兵庫

今年も施設が“箱推し”するマテウス・トゥーレル選手ら、ブラジルの3選手たちを彼らの母国語で応援しようと、おじいちゃんおばあちゃんたちがポルトガル語を勉強している。「『Beサポ!』を通じて、いろいろな目標ができて、それを達成しようとすることで元気になっているように感じます」とオリンピア兵庫の稲田さんは語る。

また、普段はなかなかリハビリに積極的に取り組まず、肩より上に手を上げることができなかった60代のおばあちゃんが、「Beサポ!」での応援に熱中しているときだけは手を大きく上げることができ、ケアマネージャーさんをビックリさせたこともあったという。以来、“推し”の選手をよりいっそう応援できるようにと、通常のリハビリにも主体的に取り組むようになったそうだ。

これ以外にも、歩行器が必要だった高齢の利用者の方が、施設に壁に貼ってある“推し”のポスターを見に行こうと、歩行器を使わずに自力で段差を登ったり、食欲のまったくなかった100歳過ぎの利用者の方が、「Beサポ!」の応援のときにだけ、ヴィッセル神戸のコラボ瓦せんべいをバリバリ食べるなど、利用者の方が「Beサポ!」の活動を始めてイキイキし出した例は、枚挙にいとまがない。

普段は歩行器が必要なおばあちゃんが、“推し”のパワーにより段差を登れるまでに! 写真提供:サントリーウエルネス株式会社

そうしたエピソードを聞いていると、“推し活”を通じてワクワクし出したココロがカラダも動かしはじめ、それによりさらにココロが弾んで元気になるという好循環を生み出しているように感じる。

事実、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科の堀田聰子教授は「この選手かっこいい!サッカーってけっこうおもしろい!というワクワクが、隣の人を笑顔にする。ココロが動けばカラダも動く。動いてみるとまたココロが躍る。応援は、きっと高齢者自身の背中を押すことにもつながっている」と、「Beサポ!」の取り組みを高く評価する。

クラブや施設にも好影響を及ぼした、「Beサポ!」が紡ぐ感動のストーリー

利用者みんなでメッセージを寄せた横断幕の前で記念撮影。自身が書いた「小さいことは気にしない」というエールを見つけて喜んでいる 写真提供:サントリーウエルネス株式会社

一方で、こうした「Beサポ!」の活動は、お年寄りの元気を取り戻すだけでなく、クラブチームや施設にも大きな力を与えている。

昨年の9月に敬老の日の特別企画として実施した「人生の先輩からのエール」では、施設の利用者の方たちから集めたチームや選手への応援メッセージをもとに横断幕を制作。敬老の日の前後に開催される試合の会場で掲げられ、試合後も選手の目につきやすい、クラブハウスの玄関脇に掲示された。

ヴィッセル神戸のホームタウングループマネージャーを務める米澤崇さんは、「昨年はチームの成績が悪かったため、単に『頑張れよ!』といったメッセージではなく、例えば、『命つきるときまでサッカーを楽しみなさい』といった非常に熱い激励のメッセージが書かれてありました。しかもそれを100歳近い人生の大先輩、言うなれば、自分のおじいちゃんやおばあちゃんのような人たちからいただいている。通常のエールとはメッセージの重みがまるで違うので、選手たちも『もう、頑張るしかない』と鼓舞されました」と話す。

実際、それまでヴィッセル神戸は不調でJ1から降格の危機にあったが、人生の先輩である施設の方たちから横断幕を受け取って以降は調子を取り戻し、連戦連勝。見事、降格を免れた。

また、今年の7月には、先述のブラジル人選手3名が日頃の応援の感謝を伝えようと、施設を訪問し、利用者の方たちと交流を深めた。本来であれば、選手たちの練習時間を削ってサッカーと関係のない施設を訪問することは、非常にハードルの高いことだったが、「チームの強化部門も『Beサポ!』の取り組みを高く評価していたため実現できた」と米澤さんは語る。

ブラジル人選手3名がオリンピア兵庫へ訪問した際に、利用者の方たちと記念撮影をしたワンシーン。左からジェアン・パトリッキ選手、フェリペ・メギオラーロ選手、マテウス・トゥーレル選手 写真提供:ヴィッセル神戸

そして、「Beサポ!」の活動は、オリンピア兵庫でも施設や職員の方たちに良い影響をもたらしている。職員の方が非常に忙しい介護業界では、利用者の方とのコミュニケーション不足が現状の課題の一つに挙げられているが、サッカーという共通の話題ができたことで、利用者の方との会話が生まれやすくなったという。

ケアリーダーの稲田さんは、「試合当日に一緒にサポーターとなって応援することで、肩を並べて話す時間が増えたことはもちろん、それ以外にも応援グッズや応援料理をつくる機会もあるので、職員と利用者の方たちが一体となって楽しむ時間も増えました。その結果、利用者の方と職員の関係が、支援をする側、される側といった関係からより対等な関係へと変わっていき、一言で言うなら、非常に仲良くなったと感じています」と語る。

「Beサポ!」の活動には、応援観戦のほか、選手の顔写真を使った団扇などの“推し活グッズ”づくりや、応援時にみんなで食べるスタジアム飯に見立てた“サポ飯”づくりなどのメニューもある 写真提供:サントリーウエルネス株式会社

また、活動自体が単発ではなく、継続的であることも効果を上げる要因になっているそうだ。「次回の『Beサポ!』では、こんなことをやってみましょう」と先の楽しみをつくれるようになったことで、利用者の方たちのモチベーションにつながっている。

加えて、施設職員の採用面に効果が表れたことも稲田さんたちにとっては思わぬ収穫だった。「Beサポ!」の活動の様子をテレビやSNSなどで見た人たちから求人への問い合わせが増えはじめ、実際にその中から採用につながったケースも発生している。この10月からは、他業界から転職してきたヴィッセル神戸のサポーターの方が働きはじめるそうだ。

誰もが迎える老後において「Beサポ!」が示す、ワクワクすることの大切さ

「Beサポ!」の敬老の日特別企画「人生の先輩からのエール」の一環として、今年の9月9日にFC町田ゼルビアのホームゲームで掲示された横断幕。462人の高齢者の方々からの応援メッセージが寄せられた。ヴィッセル神戸の横断幕は9月23日のホームゲームでお披露目予定だ ©FCMZ

このように利用者の方たちだけでなく、チームや施設にも良い影響をもたらしている「Beサポ!」の活動は、次第に全国へと広まりを見せている。2021年にカターレ富山の1クラブを対象に富山県の30施設からスタートした取り組みは、昨年にはヴィッセル神戸を含めた全国10クラブで、計100施設、延べ2500人の利用者が参加するプロジェクトにまで拡大。今年は、先述の敬老の日のエール企画に、全国約130の施設から20クラブに向け、約3500もの応援が寄せられている。

ヴィッセル神戸の米澤さんは「コロナが明け、施設にも訪問しやすくなったこれからは、選手たちを積極的に連れていきたいと考えています。なぜなら、自分たちのおじいちゃんやおばあちゃんのような世代のサポーターの方たちを目にすることで、老いを“自分ごと”として捉えるきっかけになると思うから。お父さんもお母さんも今は元気だけど、『あと何十年後かはこうなるのか』『認知症は誰にでも起こり得るんだ』と考えるきっかけにもなると思います。でも、同時に、将来もしも、両親や自分がそうなったとしても、『こんなにも試合観戦や応援を楽しむことができるんだ』と、ポジティブに考えられると思いますしね」と、「Beサポ!」のソーシャルグッドな意義だけでなく、老後の生き方やあり方までも示唆してくれる点を評価する。

昨年までヴィッセル神戸に在籍していた藤本憲明選手(鹿児島ユナイテッドFC)と、SNSでの交流を楽しむオリンピア兵庫のおばあちゃん。「Beサポ!」の活動を通じて深まった交流は、藤本選手の移籍後も続いているという

誰にとっても確実に迎えることとなる老後。「Beサポ!」の活動は、夢ややりがいなどに溢れた働き盛りの期間を終え、 ゆったりと過ごすことが増えていく人生最後のライフステージにおいても、「ワクワクする気持ちは大切な生きるモチベーションであり、時には老いに打ち勝つパワーさえも持ち合わせている」ことを教えてくれる。

今後は「利用者の方たちがイキイキと輝き出し、チームや選手、施設の方々のココロを動かすことで生まれている『Beサポ!』の素晴らしい物語を世の中に伝えていきたい」と語るプロジェクト推進リーダーの吉村さん。社会に根付く介護のネガティブなイメージを刷新し、業界に新しい風を巻き起こしてくれることを期待したい。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
写真提供:高齢者総合福祉施設オリンピア兵庫、ヴィッセル神戸、サントリーウエルネス株式会社

『認知症のあるおばあちゃんがスペイン語に挑戦!? Jリーグの“推し活”が起こした数々の奇跡とは』