中村俊輔も驚いた「走らないサッカー」0歳から89歳まで、誰もが楽しみ主役になれるピッチの景色
スポーツにおいて、勝敗やスピードを競い合うのは当然のことかもしれない。しかし、その価値観のもとでは、運動が得意ではない人、シニア、小さな子どもたちは疎外感を感じることもあるかもしれない。
そんなスポーツの「競い合う楽しさ」はそのままに、すべての人に向けて扉を鮮やかに開いたピッチがある。基本ルールは「走らないこと」。
青空が広がった5月17日、高円宮記念JFA夢フィールドで開催されたのは、ウォーキングフットボールのイベント「JFA×KIRIN キリンファミリーチャレンジカップ 2026 in 千葉」。
元サッカー日本代表の中村俊輔さん、森脇良太さん、元なでしこジャパンの宮間あやさん、阪口夢穂さんらレジェンドプレーヤーがゲストとして参加。0歳から89歳までの284名・32チームが、家族や仲間とともに“走らないサッカー”を楽しんだ。
そこにあったのは、年齢や障がいの有無、性別を問わず、誰もが同じピッチに立ち、サッカーを楽しみながら笑顔でつながった空間だった。
0歳から89歳までが同じピッチへ

千葉県千葉市美浜区の高円宮記念JFA夢フィールドには、色とりどりのビブスを着た子どもたち、保護者、シニアなど老若男女の参加者が集まっていた。この日の気温は季節外れの30度超え。しかし会場には、暑さを嫌がるそぶりや緊張感はまったくなく、これから家族や仲間と一緒にサッカーをすることへの期待と笑顔が広がっていた。
「キリンファミリーチャレンジカップ」は、キリンホールディングスと日本サッカー協会(JFA)が共同で開催するウォーキングフットボールイベントだ。「家族がチームになる日」をコンセプトに、2022年から全国各地で開催されてきた。今回が8回目の開催となる。
そもそもウォーキングフットボールとは、2011年にイングランドで生まれた「歩いて行うサッカー」のこと。基本ルールは、走らない、相手と接触しない、ゴールキーパーを置かないこと。年齢や性別を問わず、サッカー未経験者や障がいのある人、高齢者も安全に楽しめる新しいサッカーのスタイルだ。
開会式で、キリンホールディングスマーケティング戦略部長の山田雄一さんは、イベントの意義をこう語る。
「サッカーには、人と人をつないでいく力があると信じています。本日開催するキリンファミリーチャレンジカップも、人と人がサッカーを通してつながり、笑顔になる機会を作りたいという思いで開催しています」
この日の競技は、5人制・ゴールキーパーなしのウォーキングフットボール。走ることは禁止され、激しい接触もない。スピードや体力で優劣がつきにくいからこそ、小さな子どもも、高齢者も、サッカー未経験者も、同じチームの一員としてボールに関わることができる。

会場では、親子三世代で参加した家族の姿もあった。ある参加者は、初めての参加だったと話しながら、「楽しいですね。サッカー経験はないので、初めての人たちでもできるのはやりやすい」と笑顔を見せる。

トップレベルのサッカーでは、一瞬の判断、スピード、技術が試合を左右する。一方、ウォーキングフットボールでは、そのスピードがあえて制限される。だからこそ、相手を見る時間が生まれる。誰にパスを出すか、誰にボールを触ってもらうか、どうすれば全員が楽しめるか。プレーの中に、自然と思いやりが生まれていく。

中村さんはさらに、年齢の高い参加者や子どもたちにボールが渡るように意識したと振り返った。自分が目立つのではなく、誰かがボールに触れる時間を増やす。そこに、ウォーキングフットボールの魅力がある。
「走ったらあかんで!」から始まる一体感。声かけがつくる不思議な空気

ウォーキングフットボールの魅力は、門戸の広さだけではない。ピッチ上に自然と生まれるコミュニケーションだ。
森脇良太さんは、0歳の赤ちゃんを抱っこした母親や90歳近い高齢者までが一つのボールを追う姿を見て、「幅広い世代の方たちが一つのボールを追いかけるウォーキングフットボールは素晴らしい」と語った。そして参加者たちとも「家族の一員になれたような気分でサッカーをさせてもらいました」と笑顔を見せた。

宮間あやさんも、各チームに入ってプレーする中で、参加者と心からつながる感覚があったという。
「お子さんも多くて、『どこのチームでやっているの?』と話していると、おじいちゃん、おばあちゃんが入ってきてくれて、『この子はここでやっていてね』と親身に話してくださる機会もありました。自分自身も本当に家族の一員になれたような気分で、とても嬉しかったです」
阪口夢穂さんは、子どもたちへの声かけを振り返り、「走ったらあかんで!」という声かけが一番多かったと笑う。サッカーが好きな子どもほど、つい走ってしまう。けれど、そのたびに笑いが起き、周りの大人たちも一緒にルールを楽しんでいた。
このイベントには、順位を決める決勝トーナメントはない。目的は、チームの強さを競うことではなく、家族や仲間が一緒に楽しみ、笑顔になり、絆を深めることにある。
ゴールパフォーマンスが、家族と仲間を一つにする

この日のイベントで印象的だったのが、ゴールパフォーマンスだ。各チームは、ゴールが決まると、事前に考えたポーズや動きを披露した。子どもたちが中心になってジャンプするチームもあれば、家族全員で同じポーズを取るチームもある。ゲストもその輪に加わり、ゴールのたびにピッチ上には笑顔が広がった。

中村さんは、「自分自身、ゴールパフォーマンスはあまりしてこなかったので(笑)、すごいエネルギーが出た感じがしました」と話した。
森脇さんも、「みんなでアイデアを考えながら、ゴールを喜ぶというのは幸せなこと」と語る。ゴールは個人の得点ではなく、チーム全員でつくった瞬間になる。その喜びを、言葉や体の動きで共有する。だからこそ、普段は一緒にスポーツをする機会が少ない家族同士でも、自然と距離が縮まっていく。
閉会式では、最も印象的なゴールパフォーマンスを披露した5チームに「ゴールパフォーマンス賞」が贈られた。受賞チームの代表者が前に出ると、会場から大きな拍手が送られた。参加者たちが勝敗ではなく、試合を通してつながりを深めたことの表れでもあるだろう。
サッカーを通じて人と人がつながる

開会式では、森保一監督からのサプライズメッセージが映像で流されると、参加者は真剣な表情で画面を見つめる。
「サッカー日本代表は、メンバーに選ばれた者や、ピッチに立つ11人だけのものではありません。少しでも心のどこかで気にかけてくれている人たち、その全員が日本代表だと思っています」

サッカーは、代表選手や競技者だけのものではない。応援する人、家族でボールを蹴る人、初めてピッチに立つ人、年齢や障がいの有無を越えて体を動かす人。その一人ひとりが、サッカー文化を支える存在である。家族で楽しむウォーキングフットボールと、日本代表への応援。一見すると距離があるように見える二つは、「サッカーを通じて人と人がつながる」という一点で結ばれていた。

キリンホールディングスマーケティング戦略部の泉伸也さんは、このイベントを立ち上げた背景について、「JFAとともに『サッカーの力で社会課題を解決する』という取り組みを進めていて、その中で『誰もが参加できるウォーキングフットボールを通して日本全国で笑顔を増やす取り組みをやっていこう』という話になり、立ち上げました」と経緯を話す。
誰もが参加できる場をつくり、そこで人と人が出会い、笑顔になり、また明日も誰かとつながりたいと思えること。その積み重ねが、社会を少しずつ変えていく。走らなくていい。うまくなくてもいい。大切なのは、誰かと一緒にボールを追い、笑い合うこと。ウォーキングフットボールは、人と人とのつながりを作る様々な可能性を秘めた新しいカタチのスポーツだ。
text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
写真提供:JFA
photo by Shunichiro Kai






