「甲子園」があることの意義。特別支援学校の挑戦が示す成長の場としてのスポーツの価値|パラスポーツと教育

2023.11.16.THU 公開

高校生たちが熱い青春をかける「甲子園」。高校生たちの大舞台であると共に、頂点を目指して切磋琢磨する生徒の成長の場となってきました。障がいのある子どもたちにも、そうした「甲子園」があることをご存じでしょうか。

2023年で8回目を数える「全国ボッチャ選抜甲子園(以下ボッチャ甲子園)」。参加校も徐々に増え、ボッチャ日本代表「火ノ玉JAPAN」に入る選手も輩出するなど、その存在感は大きくなっています。今年ボッチャ甲子園に初挑戦した、群馬県立二葉高等特別支援学校の生徒と、挑戦を支える大人たちの想いを追いました。

「やってみたい!」周囲を動かし、ボッチャ甲子園を目指し初挑戦

群馬県は高崎市に位置する群馬県立二葉高等特別支援学校。肢体不自由の生徒が通う、高等部単独の特別支援学校です。2023年、この学校で新しいチャレンジが始まりました。「ボッチャ甲子園」への挑戦です。

群馬県立二葉高等特別支援学校

ある一人の男子生徒の「やってみたい!」という気持ちが始まりでした。
ボッチャ自体は体育の時間などにやることもあり、ボッチャ甲子園のことも先生方が生徒に紹介することもあったものの、出場には至っていなかった二葉高等特別支援学校。そんななか興味をもったのが、今年入学した1年生の髙村蒼汰さんです。

ボッチャは中学校の体育でやったことがあったという髙村さん。1年生ながら生徒会長を務めています

ボッチャ甲子園の存在を知り、大会に出てみたい、と思った髙村さんは動き始めます。友人に声をかけ、同じ1年生の仲間を集めて練習を開始しました。先輩も指導者もいない中、ゼロからのスタートです。

休み時間などを使って活動を始めた髙村さんたち。職員の方がランプオペレーター(勾配をつけてボールを投げることのできるランプという補助用具をセッティングする役割)を務めてくれたり、練習を友人たちが見守り声をかけてくれたりと、周囲も新しいチャレンジを応援します。

惜しくも予選敗退。そこへ激励訪問が

2023年の全国ボッチャ選抜甲子園は、リモートで課題に取り組む予選と、それを突破したチームが後日会場に集結し争う決勝に分けて行われました。予選では、各校が大会実行委員会から発表された4つの課題に取り組み、その様子を動画で撮影し提出。その動画から課題の総得点などを日本ボッチャ協会が確認し、総得点上位の学校15校が決勝の出場権を獲得します。

髙村さんたち二葉高等特別支援学校のチーム「FTB-Z」の面々も練習や準備を積み重ねます。最初は制限時間内にプレーを終えることができなかったところから、コミュニケーションを重ねてプレーを組み立てられるようになり、無事予選の動画を提出。ボッチャに取り組んで日の浅い中、やってみたい、という意思表示から、たくさんの人の協力を得て形になったひとつの節目でした。

しかし、決勝へのハードルは高く、残念ながら予選突破はならず。そんなとき、うれしい出来事がありました。

それは、今回のボッチャ甲子園に初出場の学校のチャレンジを応援する、大会協賛のNECによる激励訪問イベントです。二葉高等特別支援学校には、東京2020パラリンピックで高橋和樹選手のランプオペレーターとして銀メダルを獲得した峠田佑志郎さん、NEC社員で構成される実力派チーム・NECボッチャ部の山本武洋さん、荻野智史さんが訪問。予選敗退の知らせを受けた直後ではありましたが、ここまでの挑戦を称え今後に向けて応援したいと学校に足を運んでの激励に、髙村さんたちも喜びの表情。

初めて大会に参加してくれたことを労い、これからもボッチャを楽しんでほしいという気持ちから訪問したとNECの皆さんよりあいさつ。訪問の場には、チーム「FTB-Z」以外の生徒も一緒に参加し、楽しみました

イベントでは、峠田さんからボッチャに取り組むときの心構えや大切にしてほしいことなどについてのお話のほか、実際に火ノ玉JAPANの選手たちが行っている基礎練習メニューの体験や、チームに分かれての練習試合を行いました。ボッチャのプレーを学ぶ貴重な機会です。

健常者と障がいのある人が一緒に参加できるインクルーシブ大会・ボッチャ東京カップでの優勝経験があるNECボッチャ部の山本さん(中央)。障がいのあるなしに関わらずプレーできるのがボッチャのいいところ。見事な投球に髙村さんも目を輝かせます
とにかく楽しんでボッチャをやってほしい、と生徒たちに語った峠田さん。「喜びや悔しさ、緊張感など、スポーツから学べることを、障がいの有無に関係なくたくさんの人に経験してほしいです」

初めは少し緊張しているように見えた髙村さんたちでしたが、ボッチャへのアドバイスや励ましの言葉を聞いて、プレーにも熱がこもります。

コートをよく見て、ランプオペレーターに指示を出し、投球!表情は真剣そのもの
観戦していた生徒や先生からもたくさんの声援と拍手が。笑顔に溢れたひとときでした

「このようにいろいろな方が学校を訪問して交流してくれるのはうれしいこと。全国ボッチャ選抜甲子園への参加を通して、生徒たちも積極的にコミュニケーションをとるようになりました」と見守ってきた中澤聡一先生が話すように、大会に挑戦したこと、そしてイベントで峠田さん・NECボッチャ部の皆さんと一緒にボッチャを楽しんだ経験は、髙村さんや生徒たちにとって大きな成長の機会となったようです。

しかし、髙村さんの「挑戦」は、まだ終わりませんでした。

決勝大会のエキシビジョンマッチに出場!

2023年8月10日、東京都・墨田区総合体育館で行われた全国ボッチャ選抜甲子園の決勝大会。オンラインでの予選を勝ち抜いた15校と昨年度優勝のシード校1校の計16校が全国から集結しました。その会場には、髙村さんと担任の水野和馬先生の姿が。

熱気と緊張感で満たされた会場。まさに「甲子園」という雰囲気です

というのも、3位決定戦の前に行われる「NECプレゼンツ 炎のチャレンジマッチ」と題したエキシビジョンマッチに出場することになったのです。このエキシビジョンマッチは、惜しくも予選敗退となった初出場校の学校の生徒が「チーム・チャレンジャー」を結成し、火ノ玉JAPANの内田峻介選手・唐司あみ選手とタレントのレッド吉田さんが組んだ「火ノ玉JAPAN withレッドチーム」と対戦するというもの。

高校生側の「チーム・チャレンジャー」として参戦するのは、東京都立大泉特別支援学校、群馬県立二葉高等特別支援学校、京都府立中丹支援学校の生徒たち。二葉高等特別支援学校からは髙村さんが代表して参加しました。

一緒にプレーする中丹支援学校の生徒たちと顔合わせ

2エンド制で行われたこの試合。「火ノ玉JAPAN withレッドチーム」は、2022年の世界選手権金メダリストの内田選手、特別支援学校在学中から日本代表としてプレーした経験をもつ唐司選手、タレントのレッド吉田さんが見事な投球を見せる中、生徒たちも懸命にプレーします。

「火ノ玉JAPAN withレッドチーム」としてプレーした唐司選手(中央)。高校時代に3度出場したボッチャ甲子園を「すごくいい経験」と振り返ります

そしていよいよ、第2エンドに髙村さんが登場。ジャックボールと最初の1球を任され、やや緊張の面持ちながら、ランプオペレーターを務めた水野先生と一緒に投球。全国から強豪が集まる大舞台で、会場の注目を浴びながら、堂々のプレーでした。

髙村さんがデザインしたTシャツに描かれたイラストのモデルは、水野先生。仲の良い先生と共に貴重な経験をすることができました

試合は「火ノ玉JAPAN withレッドチーム」の勝利となりましたが、参加した髙村さんは、「緊張したけれど楽しかった。火ノ玉JAPANのプレーはすごかった。投げる姿を見ただけで伝わってきたものがあった」と語ってくれました。また、普段とはちがう環境の中で、初対面の高校生たちとも試合中の作戦やボールを投げる順番などについてコミュニケーションをとり、たくさんの人とかかわることを学べた、と振り返ります。

「やりたい!」の気持ちから始まったチャレンジは、髙村さんにとってかけがえのない機会となりました。

エキシビジョンマッチ後も真剣に決勝戦を見つめる髙村さん

チャレンジできる機会を全ての子どもたちに

小平特別支援学校の優勝で幕を閉じた2023年の全国ボッチャ選抜甲子園。生徒それぞれが一生懸命に、仲間と共に頂点を目指す、まさに青春の1ページと言うにふさわしい大会でした。こうした高校生が出場できる全国大会があることの意義は大きいと、火ノ玉JAPANで活躍する東京2020パラリンピック金メダリストの杉村英孝選手は語ります。

「僕が高校生のころにはボッチャ甲子園はありませんでした。今の高校生たちが羨ましいです」と杉村選手

「仲間とのコミュニケーション、協調性、相手への敬意など、スポーツから学べることはたくさんあります。社会においても大切な要素が詰まっているので、そういったことも生徒の皆さんには大会を通じて養っていってほしいです。
障がいがあると、どうしても外に出ていくのが難しいこともあります。この大会に出ようと思うことが社会とつながるきっかけにもなりますし、高校生のころから目指せる大会があることで目標をもって過ごすことができる、ということは大事なことだと思います。(大会に挑戦する生徒・学校が増えて)ボッチャ甲子園がもっともっと大きくなっていくことを願っています」(杉村選手)

スポーツを通してチャレンジを重ね、成長してきた経験をもつ人は多いことでしょう。障がいのある子どもたちにもそうしたチャレンジと成長の機会を創出することの大切さを、激励イベントやエキシビジョンマッチで初出場の学校を応援してきたNECの青木一史さんは強調します。

NECコーポレートコミュニケーション部の青木さん

「スポーツを通じて勝って喜んだり、負けて悔しい思いをしたりといった経験は、本来なら当たり前に得られるべきなのに、障がいを理由に諦めてきた子どもたちが多くいます。もっとこの大会が広がって、一人でも多くの子が当たり前にスポーツを楽しめる機会を作っていきたいです。そうした先の未来に、我々NECが目指すインクルージョン&ダイバーシティの実現があると思っています」(青木さん)

初めての挑戦に勇気をもって飛び込んだ髙村さんと仲間たち。そうした場を支え、応援してきた先生、峠田さん、NECボッチャ部、火ノ玉JAPANの選手たち、大会関係者の方々。「ボッチャをもっと楽しんでほしい」「スポーツの機会を身近なものとしてほしい」という想いや、「純粋に楽しいからもっとやりたい」という熱意がつながった二葉高等特別支援学校の挑戦は、大きな可能性を見せてくれました。

何かに一生懸命に取り組むこと、経験からいろいろなものを感じ、得ること。ボッチャを通して綴られる青春の1ページは、スポーツの素晴らしさの一端と、それを守り続けていくことが子どもたちや社会にとってどれだけ意味のあることかを示しているように思えます。

text by Ayako Takeuchi
edited by parasapo
photo by Haruo Wanibe

『「甲子園」があることの意義。特別支援学校の挑戦が示す成長の場としてのスポーツの価値|パラスポーツと教育』