W杯監督を2度務めた岡田武史が、サッカーの先に見つめる未来。J2・FC今治が12年かけて紡いだ「おらが町の誇り」

異常気象、テロの脅威や紛争、パンデミック、経済的危機など、21世紀は想定外のリスクの連続だ。そんな時代を生き、次世代のためになるような社会、「共助のコミュニティ創り」に力を入れているのが、元サッカー日本代表監督・岡田武史氏が率いるJ2のサッカークラブFC今治だ。
岡田氏が同クラブを運営する株式会社今治.夢スポーツ(以下、FC今治)の代表に就任してから12年、彼らの取り組みは世界からも注目されるようになった。スタジアムを中心としたコミュニティ創りは、地域やそこに住む人々にどんな影響を与えるのだろうか。
ラオスを動かした、今治発のスタジアム構想
現在ラオスでは、JICAの協力のもと、地元のスタジアムを誰もがスポーツを楽しめる「インクルーシブスタジアム」にするための改修プロジェクトが進んでいる。
そんな中、2025年12月、ラオスの首都ビエンチャンに岡田氏の姿があった。
JICAの招聘により岡田氏とFC今治のスタッフがラオスで行われたインクルーシブサッカーイベントに参加し、さらに現地にあるハークケオ小学校・中学校でサッカー教室を行ったのだ。なぜ、岡田氏とFC今治が招聘されたのか。
それは、この日から遡ること約半年前、2025年6月のことだ。ラオス教育スポーツ省の視察団は、スタジアム改修の参考にするために日本を訪れていた。その一環でFC今治のホーム、アシックス里山スタジアム(以下、アシさと)へ訪問したことがきっかけになった。
その時のことを、FC今治の取締役・飛田隆之氏は次のように話す。
「アシさとの特徴のひとつが、民設民営であること。さらには、スタジアムの敷地内に、社会福祉法人が運営する障がいのある方のための通所施設や、カフェ、ドッグランなどがあること。これは、スタジアムを拠点とした『共助のコミュニティ創り』というコンセプトによるものですが、そうしたことがラオスの人々の心に刺さったのではないかと思います」(飛田氏、以下同)
その時の縁により、今度はFC今治のスタッフたちがラオスから招待をされたというわけだ。
アシさとは「文化・交流拠点として地域と人を繋ぐ。365日賑わうスタジアム」をコンセプトに2023年1月に愛媛県今治市に誕生。公式ホームページに「サッカースタジアムを核に、人と地域、自然が共存し、今治の魅力を再発見する、誰もが集まることのできるインクルーシブな心の拠り所をつくりたいという想いから始まりました」とあるように、ここはまさにFC今治が掲げる「共助のコミュニティ創り」を実現するリアルな場所となっている。
岡田会長がたどり着いた「共助のコミュニティ」という結論
そもそも、プロサッカークラブであるFC今治がなぜ「共助のコミュニティ創り」を目指すのか。そこには、FC今治の「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念があった。
「この企業理念は、12年前に岡田が初めて経営者になった時に当時のメンバーたちと議論して作ったものです。この理念を実現するために、これまで教育事業や環境事業などさまざまな事業、活動をしてきましたが、最近になって理念実現には、コミュニティが必要なんじゃないかという考えに至ったんです」
そこには、スポーツ界にも大きな影響を与える気候変動のほか、経済格差や世界中で起きている紛争などといった社会課題が影響しているという。
「我々なりに今の社会を捉えたときに、近年社会環境が大きく変化していると感じています。たとえば気候変動。夏はサッカーをやるのに命の危険を感じるほどの猛暑になりますし、それはスポーツだけのことではなく、今までのように春に種を蒔いて秋に収穫をするといった農作物のサイクルが変わってしまうかもしれない。それ以外にも経済格差や戦争、紛争、AIの進化とともに一体何が本当か分からない情報が溢れてきている。こうした社会課題がたくさんある時代ですから、今後、大きなパラダイムシフトがあるかもしれない。
そういう前提に立ってみると、今の社会は自助や行政の共助が中心ですが、それだけでは究極な話、人間は生きていけなくなるかもしれない。共に支え合い助け合わなければ人間は生き延びられないし、次の世代に何も残せないのではないでしょうか」
そうした議論を重ねる中で、FC今治は共助のコミュニティを創らなければならないという結論に行き着いた。
ベーシックインフラで衣食住を助け合う
こうしてスタジアムを中心とした「共助のコミュニティ創り」が始まったのだが、飛田氏たちが目指す「共助のコミュニティ」とは、いったい、どのようなものなのだろうか。
「岡田さんも言うのですが、僕らの考える共助のコミュニティは決して新しいことをやるわけではなくて、その昔『醤油がなくなったから、ちょっと貸して』と言えるような、昭和の頃にはあった顔の見える繋がりの現代版だと思っています」
そうした取り組みのひとつが、スタジアムの敷地内で野菜などを栽培する里山ファーム。地域のさまざまな人の手を借りながら、土づくりからはじめ、収穫した野菜は敷地内にあるカフェで使われたりするそうだ。
「国や自治体が生活に必要なお金を市民に支給するベーシックインカムという制度がありますが、我々が目指しているのは共助によるベーシックインフラです。これは衣食住を保障し合える、助け合える、そういうコミュニティにしていこうという考えです。そうなると、顔の見える関係性で繋がることと同時に、自分たちが食や住にまつわることができるようにならないといけないといった、ある意味スキル的なものが必要になってきます。畑の作業はみんなで協力しあい顔の見える関係を作ると同時に、共助のスキル、ベーシックインフラにつながる経験を積むことにも繋がっています。そうしたことを、ここ数年ようやく始めたところです」
このような顔の見える繋がりを作っているのがスタジアムであり、サッカーなのだ。実は飛田氏は、東京出身でFC今治に来る前はメガバンクのニューヨーク支店に勤務していたが、5年前にFC今治に転職すると同時に今治に移り住んだ。今ではFC今治の試合がある日が一番好きな時間だという。
「たとえアウェイの試合だったとしても、試合の内容や結果によってみんなで一喜一憂します。特にそれがホームの試合だと、アシさとに5000人近い人が集まって、感動を共有できる、すごく心が満たされる瞬間です。先週末も試合があってPK戦の末勝ちました。そうすると皆さん今週は気分がいいと言ってくださる。逆に負けると今週ずっと暗いんだよと言われたり。スポーツは一喜一憂をみんなで共有しあえるんですよね。だからこそ他のことをやろうとなったときに、皆さんが構えずに自然と受け入れてくれるのかなと感じますね」
FC今治の「共助のコミュニティ」創りの試みは始まったばかりだが、「岡ちゃんワインをつくりたい」という岡田氏の一声から始まったプロジェクトはスタジアム内でぶどうを栽培するところから始まり、今年2月には初めての試飲会が開催されたそうだ。もちろんワインづくりには今治市のワイナリーや地元のボランティアスタッフが関わっている。
そして、岡田氏は2024年にFC今治高校里山校の理事長に就任。同校はサッカーの学校ではなく「エラー&ラーン」をテーマに、誰かが導いてくれるのを待つのではなく、失敗の中から学び、自分で進む道を決められる、そんな人材を育成していくという。
サッカークラブが生み出す、地域の誇りと賑わい
四国はもともと野球が盛んな土地だ。岡田氏がFC今治のオーナーに就任した12年前、四国リーグで戦っている全国的に知名度も高くないFC今治に、地元の人たちはそれほど関心がなかったそうだ。それが12年の間に1つ上のJFLに上がり、次にJ3に上がり、今はJ2で戦っている。
「今治は人口14万人ほどの町ですが『おらが町に四国リーグのサッカークラブがあんねん』というのと、『J3、J2のクラブがあんねん』とでは、皆さんにとってのシビックプライドが全く違うと思っています。カテゴリーが上がることによってどんどん皆さんの期待が大きくなり、さらに365日、なにか面白そうなことをやっているスタジアムができたことで『あそこに行くとすごく盛り上がって楽しい』とか『スタジアムに行くと熱気やパワーをもらえる』と感じてもらえる、そういう歯車がうまく回りはじめたような気がしています」
2026年3月20日、アシさとのすぐ近くに「しまなみ木のおもちゃ美術館」がオープンした。これは木育(もくいく)や世代間交流をコンセプトにした、見て触って遊べる体験型のミュージアムで、全国15ヵ所で展開しているそうだが、今治ではFC今治が経営する。
取材中、思わず「FC今治ってサッカークラブの運営会社ですよね?」と尋ねてしまったが、これも賑わいを生み出し、顔の見える繋がりをつくって、共助のコミュニティを創るための一環だという。FC今治の共助のコミュニティがどのように広がっていくのか今後が楽しみだ。
飛田氏は、もしもこの取り組みが東京や大阪のような大都市だったら、実現しなかったのではないかと言う。大都市にはサッカーや野球、バスケットボールなどのスポーツのほか、映画やアミューズメント施設などエンターテイメントで溢れている。それでいて隣人の顔を知らない。そうじゃない地域、地方だからこそスポーツを中心にした賑わい、関係性、そこから共助のコミュニティを創ることができるのではないかと。
「やっぱり地方の町でやるからこそインパクトを出せて、それが逆に日本全体、世界につながっていく、そんな感覚があるんです」(飛田氏)
ラオスの人々の心に刺さったように、今治の共助のコミュニティの輪は今治を、愛媛を、そして日本をも飛び出して世界に広がっていくのかもしれない。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:FC今治