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Sports /競技を知る
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【Road to LA】全盲のパラクライマー會田祥、ロサンゼルス後へつなぐパラクライミングの未来
會田祥は、国際大会で連勝を重ねる全盲のパラクライマーだ。ロサンゼルス2028パラリンピックで初採用となるパラクライミング競技の頂点に向け、絶対王者は今、どのような壁に挑んでいるのか。ワールドクライミング・パラシリーズや世界選手権といった世界の舞台で研鑽を重ねる、日本代表エースの知られざる人物像に迫る。
會田 祥(あいた・しょう)|パラクライミング
1996年山梨県生まれ。2歳で先天性レーベル黒内障と診断され、17歳で全盲に。9歳で出会ったクライミングでは、2012年以降に出場した世界選手権のすべてで優勝。視覚障がい選手に声でホールドの位置を伝える「サイトガイド」の田中星司さんとタッグを組み、ロサンゼルス2028パラリンピックの出場、そして初代王者を目指す。好物は桜餅。三井住友海上あいおい生命保険所属。

世界王者の原点
9歳でクライミングに出会った。小学生時代は地元のサッカーチームにも所属。その後、山梨から都内の文京盲学校へ進学し、グランドソフトボールやゴールボールも経験したが、クライミングは継続して打ち込んだ。競技を始めたきっかけは、母の勧めだった。
會田祥(以下、會田): 最初はパラクライミングの新聞記事を見た母に勧められて、母も一緒に始めました。山梨の実家にいた頃は、週末や平日の夜などに母の車で相模原や西八王子のジムに通っていましたね。最初の2年くらいは半年に1回ペースとほとんど通っていなかったのですが、11歳か12歳くらいから頻度が増えていきました。

全盲クラス(B1)ならではの見どころ、登る際の意識についてこう話す。
會田: 選手はみんな手探りでやっています。アイマスクをつけるだけで誰でも同じ見えない状態を再現できますし、体験してもらいやすいクラスだと思います。登るときは極力ルートを覚えるようにしていて、頭の中でしっかりイメージを描けるよう気を配っていますね。
世界の競技レベルや、クライミングの本質に対する捉え方は明確だ。
會田: 今の日本代表クラスの選手は、とくに頑張っている人が多いと思います。競技の環境がよくなったり、変化していったりしても、自立心を持ってしっかりとトレーニングに取り組むことが大事だと思います。そもそもクライミング自体、他者が直接介入する要素がない競技ですから、そういった自主的に取り組む姿勢が、最終的なパフォーマンスにつながってくるんだろうなと思います。

パラリンピック競技採用がもたらした変化
ロサンゼルス大会でのパラクライミング採用決定を受け、トップ選手の活動に強化費が支給されるようになった。この環境の変化は大きい。
會田: 海外遠征にトレーナーさんが帯同してくれるようになったのが一番大きいですね。ケアを受けると明らかにパフォーマンスが上がるんです。とくに海外遠征は移動の疲れもあるので、その疲労をしっかりリセットできるのが大きい。今シーズンは今のところ、全戦で日本パラクライミング協会のトレーナーさんやスタッフが帯同してくれているので現地でもスムーズです。これまではスタッフが来られる大会が少なかったので、チームの手続きもヘッドコーチやサイトガイドが対応している状態でしたから。
トップクライマーとして年間を通して海外遠征も多いが、環境への適応力は高い。
會田: 遠征中はホームシックになることもないですし、食べ物が合わなくてストレスを感じることもありません。各10日ほど滞在しますが、むしろクライミングのことだけに集中できるので快適なくらいです。飛行機に乗ると離陸にも気づかないくらいすぐ寝てしまうので、「機内で眠れない」といった悩みもありません。ただ、時差ボケはしっかりありますけどね(笑)
食事は現地のものを何でも食べますし、日本から食材を持ち込むこともほとんどありません。ただ、決勝前に補食として食べるパワーバーのようなものは何本か持って行きます。基本的には食べることが好きなんですが、遠征中の食事は割り切って餌だと考えているので(笑)。ソルトレークシティ(アメリカ)やインスブルック(オーストリア)ではときどき外食もしていて、インスブルックではタイ料理やピザを食べに行ったりしています。

遠征時の持ち物にもこだわりがある。
會田: 飛行機に乗るときはヘッドホンを使っています。とにかくノイズキャンセリングが強いもので、割と大きめな無線のタイプですね。機内では座席のモニターが使えないので、動画や音声は全部スマホにダウンロードして持ち込んでいます。Kindleの本と音楽、あとはドラマなんかをダウンロードしておく感じですね。
Kindleのライブラリには、たとえば今は『ペルディード・ストリート・ステーション』『悪夢工場』などを入れていて、海外文学も多いです。サンプルも混ざっているので全部を読めているわけではないですが、2~3日で1冊読むこともあります。話の内容をすぐ忘れてしまったりもするので(笑)、買い溜めた本を読み終わったらまた2周目を読んだりしています。今は、積読(つんどく)リストとウィッシュリストがあるので、頑張って積読を崩しています。

ロサンゼルスでは最高のパフォーマンスを
2024年6月、ロサンゼルス2028パラリンピックの競技採用が決定した。そのときの複雑な心境を明かす。
會田: インスブルックからの撤収時、ミュンヘン(ドイツ)でフライトの調整をしているときに、チームのLINEに誰かが「決まったよ」と投稿していたんですよね。ただ、決まったという最初のリリースには実施カテゴリーやクラスについての言及はなく、メダルの数くらいしか書いていなかったのかな。現行で走っているワールドクライミング・パラシリーズや世界選手権からはだいぶカテゴリーやクラス数が絞られるので、そこに自分のクラスが残れる保証はありませんでした。実際、B1は採用されたわけですが、それも別に実力で入ったわけではなく、単純にたまたまそのタイミングにいただけだと思っています。
逆にそのタイミングで、実力とは関係ない部分で採用外になってしまった選手もいて、むしろそっちの方が多いわけですから、素直に喜べる話ではないですよね。やっぱり仲のいい選手のクラスが採用されずショックを受けているのを見たりして……。ロサンゼルスに行けない選手の気持ちも背負わざるを得ないと思います。
2012年の世界選手権で、私は当時王者だった小林幸一郎さんを抑えて初優勝したわけですけど、小林さんが負けて落ち込んでいたことを思い出しました。今回は、そのとき以上に、自分の力ではどうにもできない部分で落ち込んでいたので。2032年以降も競技がパラリンピックで継続して実施されるかは分からないですし、ロサンゼルスはそこにつながるかどうかにも大きく関わってきそうです。今後種目が増えるかどうかは、結局2028年のロサンゼルス大会がどれだけ盛り上がるか次第だと思うんです。そういう意味でも、ロサンゼルスはちゃんと目指さなきゃいけないと感じています。ただ、大会自体が成功するかどうかは選手が頑張る領域とはまた別の軸だと思うので……本当は選手って、そこでパフォーマンスを最大限発揮すること以外は考えてはいけないし、邪念であるとは思うんですけどね。
王者として追われる立場にあるが、プレッシャーに対しては至って冷静だ。
會田: (王座が奪われるのは)ただ時間の問題という気はしています。でも、そのほうがスポーツとして競技レベルが上がり、循環していくことになるので、いずれはそうなったほうがいいと思っていますね。
数々のタイトルを獲得してきた中でのモチベーションはどこにあるのか。
會田: コンペでの経験が普段のトレーニングにフィードバックされ、それによって自分のクライミングがよくなるのであれば、コンペはそのサイクルを強制的に加速させる手段としてすごく機能していると思います。今より強くなりたいです。「うまい」ではなく、「強い」という言葉を選ぶ理由ですか? 強いのほうが、自分の中ではより総合的な強さを表している感じがするので。

エースとして期待されるロサンゼルス大会に対しても、「日程と会場以外決まっていないのだから、気をもんでも仕方ない」と常にクールで自然体。そんな独特の魅力を持つ會田の挑戦から目が離せない。
text by Asuka Senaga
photo by Hiroaki Yoda






