柔道金メダリスト・角田夏実が大学時代に見つけた“自分から学ぶ楽しさ”「できないことが、いちばん面白い」
柔道のオリンピック金メダリスト、角田夏実さん。
2026年1月に現役引退を発表したが、世界の頂点に立ったことだけにフォーカスをすると、順風満帆な競技人生を歩んできたように見えるかもしれない。しかし本人は、そのイメージを少し笑いながら否定する。
「私、柔道をやめたいと思ったことは何回もあります」と率直に話す。
勝てない時期も、怪我に苦しんだこともあった。オリンピック出場が遠のき、「もう無理かもしれない」と思ったこともある。それでも競技を続けてこられたのは、柔道が好きだったからだけではない。
「できないことがあると、逆にやりたくなるんです」
そう笑う角田さんを支えたのは、才能ではなく、「やらされる」から「自分で学ぶ」へ変わった、一つの転機だった。
柔道は何度もやめたくなった

幼い頃から体を動かすことが好き。負けず嫌いで好奇心旺盛な子どもだったという角田さん。
「かけっこや木登りが好きでした。ジャングルジムもいつも一番上まで登っていました。他の子よりも高く登りたかったし一番になりたかったんです。親からしたらヒヤヒヤだったと思います(笑)」
ただ、柔道に関しては最初から順調だったわけではない。親の影響で小学2年生から地元の警察署で柔道を習い始めた。スイミングスクールも通っていたが、選んだのは柔道の道だった。でも、初めから柔道が好きな少女ではない。
「負けるのも嫌でしたし、練習もきつかったですね。本当に何回もやめたいと思いました」
それでも柔道を続けた。なぜだったのだろうか。少し考えてから、角田さんはこう答えた。
「母から『一度始めたら最後までやり抜くことが大切』と言われたことが大きいですね。柔道そのものというよりも、自分が成長していく感覚が好きだったように思います」
結果が出るから続けたのではない。成長することが面白かったから続けた。その感覚は、今も変わっていないと話す。
本当の「学び」を知ったきっかけ

高校では、地元の柔道の強豪校である千葉県立八千代高等学校に入学。インターハイにも出場し、全国でも名を知られる存在になっていく。ただ高校2年生のときに左肩を脱臼する大怪我を負うなど、結果が出ない苦しさから、本気で柔道をやめようと考えたという。
「その頃は、怪我をしたり自分なりに精いっぱい練習をしても良い結果が出なかったので、高校3年生のときに『これ以上は頑張れないな』って思っていたんです。お菓子作りが好きだったので、パティシエになろうかと思っていました。専門学校のパンフレットも見ていましたし、『柔道をやめてケーキ屋さんになろうかな』って結構真剣に考えていました」
その思いを高校の顧問に伝えると、厳しく叱られたという。
「『インターハイ3位になってやめるやつがいるか』って、めちゃくちゃ怒られました(笑)」
今では笑い話だが、当時はそれほど追い込まれていた。
「柔道が嫌いだったわけじゃないんです。でも、思うように成長できなかったり、結果が出なかったりすると逃げたくなってしまうんですよね。今思うと、それをずっと繰り返していたんだと思います。 そんな中の進路選択。柔道を続けるなら目的を持って進学しなさい、と親に言われていましたし、自分の成績を考えて何が一番いい選択なんだろうと考えていたときに、ちょうど東京学芸大学の生涯スポーツ専攻に興味を持ちました」
ただ、その時点では柔道への情熱が戻っていたわけではなかった。
「大学に入った頃も、正直まだ柔道をそんなにやりたい状態ではなかったんです」
高校までとは環境が大きく変わり、部の方針も比較的自由だった。監督や指導者から細かく管理されることもない。
「先生からも『楽しくやろう』という感じでしたし、練習量も高校時代と比べるとかなり減りました」
最初はそれで良かった。しかし、次第に違和感を覚えるようになる。
「楽しくやっているんですけど、自分が何を目指しているのか分からなくなったんです。このままでいいのかなって。やっぱりそれじゃ悔しかったんですよね」
角田さん自身の負けず嫌いな性格と探求心が顔を出す。
誰かに言われたからではない。自分で決めて動き始めた。授業の空き時間に自主練習をする。休日には出稽古へ行く。柔術の練習にも参加する。
「大学は誰からも強制されなかったんです。やらなければ弱くなるし、やればやるだけ強くなれる。だから『今の自分に何が必要なんだろう』って、自分で考えて選べる環境だったんですよね」
その経験は新鮮だった。高校時代の出稽古は憂鬱だった。行きたくて行くわけではなかったからだ。しかし大学では違った。
「誰にも言われていないのに、自分で出稽古を探して行くんです。行く前は怖いし面倒なんですけど、行ったらすごく楽しい。『また次も行こう』って思えるようになっていきました」
そして気づいた。
「どうやって勝っていくかを考えていく中で、戦い方や体の使い方との勉強方法が分かった時に、どんどん柔道が面白くなっていきました。それまではテストのために勉強をしているようなものだったので、あんまり楽しくなくて。好奇心のためにやっていることの方が、後々でも忘れずに身についています」
また、大学での柔術の経験も大きかった。柔術のヒントを得て寝技を磨いたことで、学生日本一を経験。自分らしい柔道の形が見えてきた。
「その後の柔道人生にすごくつながりました。巴投げ中心の柔道も、その頃に『自分はどう戦うのが一番いいんだろう』って考え続けた結果なんです」
振り返れば、大学時代は競技力だけでなく、自分自身との向き合い方を学んだ時間でもあった。
「やらされるんじゃなくて、自分から選んで学ぶ経験は、その後の競技人生にもすごく活きていると思います」
できないことが、いちばん面白い

取材中、角田さんが何度も口にしていた言葉がある。
「私、できないことがあると逆にやりたくなっちゃうんですよね。もちろん最初は悔しいんですけど、『なんでできないんだろう』って気になっちゃうんです」
ただ、できないこと全てを積極的にやってきたわけではない。たとえば球技。
「本当に球技が苦手で(笑)。高校と大学の体育の授業では、失敗するのが嫌で見学していたくらい。全然できないことに積極的にチャレンジはできなかった。でも今考えると、もったいないことをしたなと思います」
現在は自身のYouTubeチャンネルで未経験のことにも果敢に挑戦する姿を見せてくれているだけに、意外な言葉だった。人気ドラマへの出演でも話題になるなど、分野を問わない活躍も見せている。なぜ、今のようなスタイルへと変化することができたのか。
「学生時代には、できない姿は見せたくないっていうプライドがあったんだと思います。でもそれからいろんなことを経験していくうちに、できないことができるようになったときはすごく嬉しいんだ、ということにどんどん気づき始めたんです」
現在は英語にも挑戦している。
「全然話せないんですけど(笑)。でも話せるようになったら絶対楽しいじゃないですか」
そう言って笑う姿は、金メダリストというより探究心旺盛な学生のようだ。将来についても考えている。
「柔道を子どもたちに教える場所をつくりたいです。柔道って楽しいんだよって、誰もが気軽に来られる道場ができたらいいですね」
取材の最後、今の子どもたちに伝えたいことを聞いた。
「失敗してもいいと思うんです。私も失敗ばかりでしたし、柔道も何回もやめたいと思いました。でもその時に『なんでできなかったんだろう』って考えることが大事なんじゃないかなって思います」
柔道を諦めなかった少女は、最年長で世界の頂点に立った。その歩みを支えていたのは、特別な才能だけではない。学び続ける力がある。
学び、自ら考える力を身につけたこと。柔術との出会いによって新しい世界を知ったこと。そして、できないことを面白がりながら挑戦を続けてきたこと。
角田夏実さんの歩みは、「学ぶこと」に終わりはないことを教えてくれる。
金メダルを獲得した今も、角田さんは次の挑戦を探している。
「変わらないことの方が怖いんです」
その言葉は、角田夏実さんが世界一になるまでに学び続けてきた轍(てつ)であり、新しい挑戦を前に立ち止まるすべての人へのメッセージのように聞こえた。
text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
key visual by AFLO SPORT
photo by Chiemi Kitahara






