きっかけは東京2020パラリンピック。「車いすバスケの世界に行こう」と現場へ飛びこんだ大学生の現在地

きっかけは東京2020パラリンピック。「車いすバスケの世界に行こう」と現場へ飛びこんだ大学生の現在地
2026.09.09.WED 公開

車いすバスケットボールチーム「NO EXCUSE」でスタッフとして活動する信永果歩さんは、大学3年生。活動を始めるきっかけは、競技の奥深さに気づいたことだった。

出会いは「あすチャレ!」。東京パラで知った競技の奥深さ

スポーツは観るのもするのも好きという信永さん。高校野球やプロ野球、Jリーグ、オリンピックなど、テレビでスポーツ中継があれば自然とチャンネルを合わせて家族で楽しむという家庭で育った。

信永果歩さん(以下、信永):初めて観たパラリンピックは、高校1年生のときに開催された東京2020パラリンピックです。オリンピックをテレビで観戦していたので、その延長でテレビで観始めたのですが、どの競技も面白かったです。とくにゴールボールはパラリンピックならではの競技で新鮮でしたし、ゲーム性もあって楽しめました。

なかでもハマったのが、車いすバスケットボールだった。

信永:車いすバスケットボールとは、中学1年生のときに出会っているんです。学校で日本財団パラスポーツサポートセンターの「あすチャレ!スクール」が行われて、講師として車いすバスケットボール元日本代表の神保康広さんが来てくださったのを覚えています。当時バスケットボール部に所属していたのですが、車いすバスケットボールはスピードが速くて、とにかく驚きました。

部活動でバスケットボールを好きになっていたこともあって、東京パラリンピックでも車いすバスケットボールを観たのですが、すぐにハマりました。最初はハイポインターの選手がすごく活躍するのかなと思っていたのですが、観ていくうちに、赤石竜我選手、川原凛選手といったローポインターの動きやディフェンス、鳥海連志選手のスピードがすごく効いているのがわかって、その奥深さにすっかりのめり込みました。リアタイしながら、だれが何点取ったかなどをメモしてスタッツをチェックしたり、録画をして観返したり。テレビ解説がきっかけでクラス分けがあることを知り、各選手の持ち点を調べたりもしました。

とくに印象に残っているのは、香西宏昭選手です。3.5点とミドルポインターながらもチームの中心の一人としてシュートを何本も決めていましたし、動きも細かくて、なんだかわからないけどとにかくすごい!と思いました。 こうして車いすバスケットボールをがっつり観る中で、気がつけば「この世界に行こう」と決めている自分がいました。

信永さんの車いすバスケットボール熱は、進路選びにも及んだ。

信永:車いすバスケットボールの世界に行きたいという思いは固まっていたので、高校で行う探究のテーマを車いすバスケットボールに決め、大学受験も探究が活かせる総合型に狙いを定めました。

パラスポーツの魅力を伝える学生プロジェクトに参加している大学生にインタビューしたり、自分なりに調べたりする中で、日本の選手もプレーしているドイツについて知りたいと思ったのですが、いくら調べても情報が出てきませんでした。そこで、当時3回ほど参加させていただいた車いすバスケットボールサークルで豊島英さん(元男子日本代表キャプテン)に相談したところ、車いすバスケットボールチーム「NO EXCUSE」事務局の金子恵美子さんを紹介していただきました。奇しくもNO EXCUSEの車いすバスケットボール体験会に申し込んだところでした。高校2年生の1月ごろのことです。

体験会と、その後に行われたNO EXCUSEのクリニックが「マイファーストNO EXCUSE」だった、と信永さんは振り返る。

信永:体験会に参加したことで、改めて「この世界の力になりたい」と思ったのですが、どういう人がいるのか、どういう存在を目指せばいいのか、どんな方法があるのか、などわからないことだらけだったので、その場にいるスタッフさんやボランティアさんに声をかけて話を聞かせていただいたりしました。その後、金子さんとやりとりし、そのままNO EXCUSEで分析とアカデミーのサポートスタッフとして活動することになりました。大学受験が終わり、大学に入学した2024年4月からは登録スタッフとなり、現在に至ります。

いまはトップチームの現場スタッフとして、平日2日、週末1日の週3日、練習のサポートをしたり試合のスコアをつけたりしています。また、ジュニア選手の育成の場である「NExt(ノーエクスキューズネクスト)」で、練習のサポートやボランティアさんの調整などを行うこともあります。さらに、広報補佐として、SNSやサポーターコミュニティに投稿する画像や動画の作成・投稿も担当しています。

8月に有明アリーナで開催された車いすバスケットボール体験会にて
photo by Takamitsu Mifune

目指すは天皇杯決勝。多くの人に魅力を届けるために

信永さんが活動するようになってからNO EXCUSEは天皇杯を2回戦い、どちらも3位だった。それだけに、信永さんの現在の目標は、天皇杯の決勝戦に進出することだと語る。

信永:客観的に決勝戦を観たのですが、やはり準決勝や3位決定戦とは注目度が違いました。スタッフの身としては、一人でも多くの方にNO EXCUSEの選手たちがプレーする姿を観ていただきたいですし、そのためにも、まずは決勝の舞台に上がることが大切だとつくづく思いました。

また、決勝で注目されることが、車いすバスケットボールを始める・続けるという選択肢を増やすことにつながるのでは、とも考えています。NO EXCUSEでは、トップチームと「NExt」に加え、車いすバスケットボールを楽しむことをモットーに活動する「NEo(ノーエクスキューズネオ)」を設けて、多様な人がそれぞれのライフスタイルに合わせて車いすバスケットボールを楽しめる場づくりにチャレンジしています。ゆくゆくはこうした取り組みが広がってほしいですし、そのためには、思いを持って関わる人や資金がもっと必要です。決勝の舞台はそうしたことを知ってもらうきっかけにもなるのでは、と期待しています。

車いすバスケットボールやパラスポーツを支える仲間が増えてほしい、とも語る信永さん。関わり方はいろいろあると熱っぽく語る。

信永:正直、障がい者がマジョリティの空間では、健常者の肩身が狭くなり、入りづらさを感じることも起こりえます。でも、支えたい、関わりたいという思いと、ほんの少しの勇気を持って一歩踏み込んでみれば、意外となんとかなるものです。
私自身は、マネジメント能力を身につけ、いつか車いすバスケットボールの世界に還元できるようになりたいと思っています。そのためには社会経験も不可欠なので、就活もがんばります。

パラスポーツの現場は、アナリストやトレーナー、メカニック系といった専門職はもちろん、スポーツに興味がある、スポーツに関わることをしてみたいという人にも門戸が開かれていると、信永さん。何ができるかわからない人も、サポートしてみたいという思いがあれば、扉を叩いてみるといい。

text by TEAM A
photo by Michi Murakami

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『きっかけは東京2020パラリンピック。「車いすバスケの世界に行こう」と現場へ飛びこんだ大学生の現在地』

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