柔道金メダリスト・角田夏実が語る、迷った時の“自分との向き合い方” 「ときには後退を選んでもいい」
「私は結構悩むタイプなんです」
柔道のオリンピック金メダリスト、角田夏実さんから最初に飛び出した言葉は、少し意外だった。
柔道をやめたいと思ったことも一度や二度ではない。高校卒業後にはケーキ職人を目指そうと考えたこともある。52kg級から48kg級への階級変更も、何度も迷った。
それでも最後には、自分で決める。
そんなとき、角田さんがいつも大切にしていた考え方がある。
悩んだ時にすること

「本当に、昔から悩むタイプなんですよね。柔道のこともそうですし、普段の生活でもそうなんですけど、一人でパッと決めることはあまりないんです。まず人に話してみる。そうすると『自分は本当はこう思っていたんだな』とか、『本当はこっちを選びたいんだな』って見えてくることが多いんですよね」
家族や仲間、指導者たちに思っていることを話す。角田さんが悩むときは、誰かとの会話がある。すると少しずつ自分の考えが整理されていくという。
「私は本当に悩むタイプで、決断も遅い方だと思います。だから何かを決めるときも、一人で抱え込んだり、紙に書いて整理するよりも、誰かに話しながら整理していくことが多いんです。だから話している途中で言っていることが変わることもありますが、それも含めて自分の考えを探している感じなんです」
そんな角田さんにとって、大きかったのは今井優子コーチの存在だ。2015年から指導を仰ぎ、引退をするまで角田さんの側で公私共に支えた。角田さんにとって今井コーチは、指導者と選手という関係を超えた存在だった。
「柔道の話だけじゃなくて、ご飯に行ったり、カラオケに行ったり。将来どうしようとか、人生の話もたくさん聞いてもらいました。怪我をした時は病院にも連れて行ってもらいましたし、栄養を取らなきゃと、うなぎをご馳走してくれたこともありました。当時は苦手だったんですけれど、それから食べられるようになりました(笑)」
話をしても最初は答えが見つからない。しかし、何度も話をしているうちに、自分の本当の思いが少しずつ見えてくる。
「私は人に話をして整理するタイプなんです。先生に相談しているうちに、自分が何を一番気にしているのか分かってくるんです」
そして、その対話は、後に競技人生最大の決断をする時にも大きな意味をもつことになる。
やらなかった後悔の方が大きい

「たぶん、柔道人生の中で一番悩んだ決断だったと思います」
角田さんの柔道人生の最大の決断とは、52kg級から48kg級への階級変更だった。
一般の人からすれば、体重を落として違う階級へ移っただけのように見えるかもしれない。しかし、柔道家にとっては、競技人生そのものを左右する大きな選択だった。
「52kg級には積み上げてきた実績もありましたし、ランキングもありました。試合にも出られるし、所属をしていた会社との契約もあります。だから48kg級へ行くというのは、単純に体重を落とす話ではなくて、それまで築いてきたものを一度手放して、イチから挑戦するようなものだったんです」
阿部詩選手をはじめ、当時の女子52kg級には強力なライバルがいた。オリンピックへの道は簡単ではない。
「階級変更をすると、(新しい階級では)前の階級での実績がなくなるので、予選から勝ち上がっていかなければならない。年齢的にも最後の挑戦になる。
だから『とりあえずやってみよう』ではなかったんです。もしダメだったらどうしようとか、本当にいろんなことを考えました。 そんなとき、当時の監督から何度も『このままでいいのか』って言われて。本当に感謝しかないです」
そこから気持ちが変わり出す。48kgで挑戦してみる価値はあるのではと思うようになっていった。もちろん不安が消えたわけではない。新しい階級で通用する保証もない。オリンピックに近づけるかもわからない。それでも挑戦を選んだ。
「正直、めちゃくちゃ怖かったです(笑)。失敗するかもしれないし、うまくいかないかもしれない。でも、自分で選んだ結果なら納得できるかなって。これが最後の挑戦だと思ってこれまで以上に気持ちを込めて準備をしていました。今思うと、あの時に挑戦して本当に良かったなと思います」
強い気持ちと努力は結果に表れ、世界選手権で初めて優勝を手にする。その決断はパリ2024オリンピックの金メダルへとつながっていく。
「結局、自分が納得できるかどうかが大事ですよね。誰かに決めてもらうんじゃなくて、自分で選んだから懸命に努力できたのだと思います」
柔道人生最大の転機は、自分の人生を、自分で選ぶための大きな決断でもあった。
人生は十字路。後退という選択肢もあっていい

角田さんには、今でも忘れられない言葉がある。
「トレーナーさんからかけられた言葉なんですが、『ずっと前進するだけじゃなくて、後退を覚えてもいいんだよ』って言われたんです」
オリンピックという高い目標のために鍛錬を続ける日々。前ばかりをみていて、後ろを振り返る余裕がない時に、その言葉は目から鱗のように新鮮だった。
「『矢印は前と右・左しかないと思うかもしれないけれど、後ろを選ぶこともできる。前しか見えていなくても、立っているのは十字路だから』って言われて。私はそれまで、前へ進むこと、その方向をどうするかしか考えていなかったので、『後ろに戻るのもありなんだ』って」
その後、競技人生のさまざまな場面で支えになる「十字路」という選択。怪我をしたとき、結果が出なかったとき、そして階級変更で悩んだとき。
「無理に前だけ見なくてもいいんだなって。立ち止まってもいいし、遠回りしてもいいし、一歩前に進んで、違うなと思ったら一歩戻る選択肢もあっていいんだと思えるようになりました。だからこそ、一歩踏み出せるようになったと思います」
近年、卵子凍結の発信も話題となった。それもまた、自分の人生をどう選ぶかというテーマにつながっている。
「柔道の先輩や後輩からたくさんの連絡をもらいました。実際どうなのって。私だけじゃなくて、興味はあるけれど、わからないこともみんな多いんだと気づきました。こういう選択肢もあるんだということをみなさんに知ってほしいなと思っています」
知らないまま選択するのと、多くを知った上での選択は違う。だから未来のアスリートにも伝えたい。
「最終的に何を選ぶかは本人次第です。でもたくさん悩んで、たくさんの選択肢から自分で選ぶことがすごく大事だと思います」
オリンピックの金メダリストになった今も、角田さんは自分を「悩むタイプ」だと言う。
柔道を辞めたいと思ったこともあった。ケーキ職人を目指したこともあった。階級変更という大きな決断に迷ったこともあった。
しかし、そのたびに人に話し、自分と向き合いながら答えを探してきた。悩んできたからこそ、自信をもって一歩を踏み出せるようになった。
「やらなかった後悔の方が大きかった」
「十字路だから、後ろを選んでもいい」
その言葉は、迷わない人の成功哲学ではない。悩みながらも自分で選び続けてきた角田さんだからこそ語れる、とことん考え抜いた決断との向き合い方なのかもしれない。
text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
photo by Chiemi Kitahara
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https://www.parasapo.tokyo/topics/130417






