「東京パラは終わったが、ここからがスタート」パラスポーツで子どもの人間性を磨き続ける、愛知県の熱血校長の教育哲学と信念|インクルーシブな運動会

2026.07.10.FRI 公開

「東京パラリンピックは終わりましたが、むしろここからがスタート。学校教育なら子どもたちにずっと伝えていくことができる」

そう力強く語るのは、愛知県の半田市立板山小学校の杉江桂校長先生です。
東京2020オリンピック・パラリンピックから約5年が経ちましたが、杉江先生の熱量が衰えることはありません。パラリンピック教育に出会って以来、一貫してパラスポーツを切り口にした「自立と共生」の教育を実践し続けています。

2026年5月、杉江先生が運動会で挑戦したのは、「パラサポ!インクルーシブ運動会」の車いすリレー。しかしそれは、単なる“パラスポーツの体験”ではありませんでした。
杉江先生が目の当たりにした子どもたちの「人間性が磨かれる瞬間」、そして彼の情熱の根源にある「これからの時代を生きる子どもたちへの思い」に迫ります。

パラリンピック教育をきっかけに、今も続ける「自立と共生」の教育

もともと中学校で教えていた杉江先生。異動で2014年度から3年間、愛知県教育委員会・保健体育スポーツ課に勤務していたときに、愛知県ゆかりのオリンピック・パラリンピックの選手を応援する事業に携わり、パラスポーツとの接点ができました。2017年度から小学校の校長として教育現場に戻ったとき、ちょうどパラリンピック教育の教材『I‘mPOSSIBLE』日本版の学校への配布が始まったこともあり、パラリンピック教育に取り組み始めました。

実践を重ねる中で、パラリンピックやパラスポーツから得る学びが、児童の人間性を磨くのにぴったりだと実感したといいます。

杉江桂校長

「当時(2017年度)は、ちょうど新しい学習指導要領に移行するための周知期間で、翌年度から全面実施される、という時期でした。主体的・対話的で深い学びが重視されることになり、教師が一方的に話すだけの授業から脱却し、新しい時代の双方向の授業をしていくという流れがあった中で、子どもたちに何を伝えるべきかを考えて私がたどりついたのが、『自立と共生』。パラリンピック教育は、それを伝えるのにぴったりなテーマだと感じました」(杉江先生・以下同)

以来、パラリンピックやパラスポーツを切り口とした授業を数々実施。東京2020パラリンピックが終わり、杉江先生自身も複数回の異動で学校を移りながらも、子どもたちに「自立と共生」を伝える授業を一貫して実践しています。

「実践を重ねるほどに、子どもたちの人間性を磨いていくことにつながると感じるようになりました。先行き不透明な時代にあって、ますます重要性は高まっていると感じます

2025年度から板山小学校に赴任してからも、周囲の先生を巻き込みながら「自立と共生」の学びを継続。学校の運動会にインクルーシブな種目を導入する「パラサポ!インクルーシブ運動会」をインターネットで知った時も、「ぜひやりたい、やる価値がある」と確信したそうです。そしてこの春、6学年担当の先生と連携し「車いすリレー」を新たに導入しました。

「今年はたまたま6年生には障がいのある子はいませんが、ケガをした子が参加することもあり得るし、いつどんな障がいのある子がいても、運動会に参加できるようにしたいという思いもありました」

「パラサポ!インクルーシブ運動会」とは
日本財団パラスポーツサポートセンター(パラサポ)が運営する、学校の運動会にインクルーシブな種目を取り入れるプログラム。障がいのある子もない子も一緒に取り組める運動会種目を、子どもたちが練習し本番で披露するプロセスを通して、誰もが参加でき楽しめる場をつくる意味を、子どもたち自身が学び気づいていくことをねらいとしています。

事前学習も実施。児童のアイデアも取り入れた「車いすリレー」

これまで「座学」と「実技」を重視してきた杉江先生は、今回も車いすリレーを通じて児童が共生について考える「線」の学びになるような計画にしました。

4月に行った、パラアスリート講師と共生社会を学ぶワークショップ型授業「あすチャレ!ジュニアアカデミー」は、その起点です。車いすユーザーの講師と児童みんなが楽しめる鬼ごっこにするにはルールをどう工夫するとよいかを考える、という内容。グループで話し合い、実際に遊んでみたり、講師ともコミュニケーションをとったりしながら、相手の立場に立って考えるとはどういうことなのか、「インクルーシブ」について考えるきっかけになりました。

5月の連休明けからは車いすリレーの練習がスタート。体育館でも校庭でも使えるよう開発された車いす「パラサポ!ミライ」に乗ってみて、「どうしたら速く進めるだろう?」と、車いすのこぎ方を練習していきました。

ここで一工夫が入ります。「速い人が勝つというだけでなく、こうしたらもっと面白くなるんじゃないか」という児童たち自身の発想で、ルールをアレンジしたリレーをしてはどうかというのです。
話し合いの結果、直線をまっすぐ走る車いすリレーのほかに、車いすに乗って行う障害物リレーと玉入れリレーを取り入れることになりました。「あすチャレ!ジュニアアカデミー」で、みんなで遊びのルールを考えた経験が刺激になったのかもしれません。

運動会直前には、児童が考案した2種類のリレーも含めてリハーサル。練習を終えた児童が書いた感想ノートには、「チームで協力して思い出に残る小学校生活最後の運動会、がんばろうね!」「最後まであきらめずにがんばって勝ち抜こう」といった言葉がありました。

迎えた運動会本番。元気よく登場した6年生は、懸命に走って練習の成果を披露しました。自分たちで発案した障害物リレー、玉入れリレーも大盛り上がり。

真剣に上位を目指しながら、みんなで楽しんだ6年生

一連の学びの集大成として車いすリレーを終えた6年生の姿を、杉江先生はあたたかく見守っていました。

<記事の最後でも、車いすリレーの様子を紹介しています>

車いすリレーから広がっていく、子どもたちと先生の学びと思い

自分たちで考えながら意欲的に取り組み、盛況のうちに運動会を終えた6年生は、「今年の5年生は来年どんなことをするのかな」と、早くも次の世代への期待を口にしていたそう。学びが自然とつながっていきます。

「運動会は、多くの人が集まる場所です。通常の授業だと体験できるのはその学年だけですが、運動会ならすべての学年の子どもたちと教員、さらには保護者や地域の方と、大勢の方に幅広く見ていただくことができます。

今回も、一連の学びの中で6年生が得たものを、運動会という場で他学年の子どもたちや私たち大人に見せてくれました。4年生は秋に福祉の授業も行いますが、最初に『運動会で6年生の車いすリレー見たよね?』と触れたいと思います。そして学びをその後の学習発表会にもつなげたい。経験を積めば積むほど、子どもの発想は無限大にふくらんでいくはずです」

学校の廊下には、杉江先生が撮影した運動会の写真が掲示されています。もちろん車いすリレーの写真も

児童だけでなく、先生にも車いすリレーは気づきを残していきます。杉江先生と共に車いすリレーの実施に携わった6年生の担任の深澤元先生は、このように話していました。

子どもたちから『障がいへの見方が変わった』といった意見が数多くありましたが、自分自身もとらえ方が変わりました。障がいもそれぞれの人によっても違うということも意識するようになりました。

最後の運動会というのもありましたが、子どもたちの中で勝つことだけじゃなくて、『みんなで楽しみたい』という言葉がすごく増えました。インクルーシブ運動会を通して、その考えがより深まったんだと思います。そうした『みんなで』という視点を、これからの学校生活でも大切にしたいと思います」

児童と一緒に今回の運動会をつくりあげた6年生担任の深澤先生(写真右)

「失敗を恐れずに挑戦してほしい」先生方へ送るエール

杉江先生は、残り数年となった教員生活でも、パラスポーツを通じて児童にこれからの時代を生きるうえで欠かせない、「人と共に生きる」ことを伝えていきたいといいます。

「障がいの有無に関係なく、誰もが幸せになる権利をもっています。みんなが住みやすい社会をつくっていくには、お互いに相手の立場になって物事を考えること、すなわち相手への思いやりが欠かせません。『他者意識』といってもいいでしょう。

他者意識をもち、共生をしていくためにはまず、自分を大事にすること。自分が選択権をもつということでもあります。指示されて動くのではなく、自ら判断して意思決定し、行動できる大人になってほしい。一人ひとりが自立し、相手の立場にも立てるようになって初めて、共生は実現すると思います

「自立」と「共生」はセット。そして「共生」は、これまでの学校教育でも大切にされてきた「他者理解」などと地続きなのです。車いすリレーを通して児童がたどりついた「みんなで」という視点も、これにつながります。

これからも「共生」の学びが大事だと語る杉江先生

そして、「相手の立場に立つ」ということが、インクルーシブ教育の入口にもなるのではと杉江先生は話します。

「『何か困っていることはない?』と聞きながら進めていくなど、コミュニケーションをとることが大切ですよね。制度として同じ教室で勉強するかどうかよりも、コミュニケーションを通して他者を意識できているかが、本質的に大切なことだと思います」

運動会の後、杉江先生に共生やインクルーシブな学びに取り組もうとする先生方へのアドバイスを問うと、「失敗を恐れずに挑戦してほしい」という言葉が返ってきました。

「子どもたちには失敗を恐れるな、間違えてもいいんだ、と言いながら、大人が失敗を恐れている節があります。先生方には、まずはやってみましょう、と伝えたいです。もしうまくいかなかったら、何がやりにくかったのか、どこに難しさがあったのかを考えればいいんです」

運動会は終了しても、その学びは今後も続いていきます。
インクルーシブな運動会という一つの場から、「共生」への思いを共有する人が増え、熱量が広がっていくのが感じられました。


当日の車いすリレーの様子
板山小学校の車いすリレーは、校庭に長方形のコースを作り、一人の走者が一辺をまっすぐに車いすで走りました。交代しながら四辺を走りきるまでが1レース。全部で4レースを行いました。

第1レースがスタートすると、練習してきたこぎ方で児童がぐんぐん前へ進みます。次の走者との車いすの乗り換えも、安全かつスムーズに行えるよう息を合わせます。 また、ケガで車いすリレーに参加できなくなった男子児童が実況役となり、臨場感のある実況で会場を盛り上げました。

ひとつでも上の順位を目指して、懸命に車いすをこぐ!

第2レース、第3レースはそれぞれ児童たちが考えた特別ルールで実施。コースの途中に三角コーンを置き、よけながら走る障害物レースと、コースの途中で一度止まり、かごに向かって玉を投げ入れてから進む玉入れレースを行いました。

障害物リレー
玉入れリレー

最後の第4レースは、第1レースと同じ、まっすぐ走る車いすリレー。懸命に車いすを漕ぐ仲間の姿を目にして、応援にも熱が入ります。

声を張り上げて応援しました

4レースの結果、車いすリレーは白組が勝利! 観戦する他学年の児童や保護者からの大きな拍手の中、フィナーレを迎えました。

「パラサポ!インクルーシブ運動会」について詳しく知りたい方はこちら
https://www.parasapo.tokyo/inclusive_undokai/

text by Ayako Takeuchi
edited by Parasapo
photo by Haruo Wanibe
写真提供:杉江桂

『「東京パラは終わったが、ここからがスタート」パラスポーツで子どもの人間性を磨き続ける、愛知県の熱血校長の教育哲学と信念|インクルーシブな運動会』