甲子園優勝の慶應高校球児が「本当のエンジョイ・ベースボール」に気づいた日。彼らの価値観を揺さぶった、特別支援学校の野球プロジェクト

甲子園優勝の慶應高校球児が「本当のエンジョイ・ベースボール」に気づいた日。彼らの価値観を揺さぶった、特別支援学校の野球プロジェクト
2026.07.06.MON 公開

2023年夏、全国高等学校野球選手権大会で「エンジョイ・ベースボール」をスローガンに掲げる慶應義塾高等学校が107年ぶりに優勝した。そんな同校野球部のメンバーに「今日まで本当の意味でエンジョイしていなかった」と言わしめた野球プロジェクトがある。2021年から始まった特別支援学校の生徒たちが甲子園出場を目指す「甲子園夢プロジェクト」だ。

同プロジェクトに参加していた都立青鳥特別支援学校が、2023年夏、東京で初めて甲子園大会の予選に出場。さらに、2025年春には参加者のひとりが甲子園よりも先にプロ入団を果たすという快挙も達成した。「できない」という社会の先入観を打破し続ける、このプロジェクトの2代目代表・玉川大学教育学部教育学科の、阿部隆行准教授に話を聞いた。

なぜ甲子園を目指すことさえできないのか?

甲子園夢プロジェクトの代表を務める玉川大学教育学部教育学科の阿部隆行准教授

「甲子園夢プロジェクト(以下、夢プロ)」は、特別支援学校に通う知的障がいのある生徒たちに硬式野球をする機会をつくり、甲子園を目指すことを目的に2021年にスタートしたプロジェクトだ。「甲子園」は夏の全国高等学校野球選手権大会と、春の選抜高等学校野球大会(以下、いずれも「甲子園」)のことだが、実はこれまで特別支援学校に通う知的障がいのある生徒たちは、そもそも硬式野球をする機会が少なく、甲子園を目指す以前の状態だった。

「特別支援学校には硬式野球をやるという文化がありませんでした。硬式野球は危ないというイメージがあり、怪我をするような危険なスポーツは障がいのある子たちには向いてないという判断もあったのでしょう。また、制度上、学校の硬式野球部として高野連に登録しなければ甲子園の予選にも出場できません。ですから特別支援学校に通う生徒たちは、どれだけ望んでも、甲子園を目指すどころか、硬式野球をすることさえできない状況が長く続いていました」(阿部氏、以下同)

同プロジェクトは、東京都立青鳥特別支援学校の主任教諭・久保田浩司氏が、硬式野球をやりたい特別支援学校に通う子どもを集めるプロジェクト発足の記者会見を行い、それが新聞に掲載されたことからスタート。プロジェクト発足から遡ること15年ほど前、久保田氏と阿部氏はそれぞれ別の特別支援学校でソフトボールを指導していたが、特に久保田氏が監督を務めるチームは特別支援学校の中では敵無しと言われるほど強く、健常者のソフトボールチームと練習試合をすることもあったという。障がいのあるなしにかかわらず、一緒にスポーツを楽しむ子どもたちの姿を目にした久保田氏は「これくらいのレベルならば、硬式野球もできるのではないか」「もしかしたら全国に硬式野球をやりたいと思っている子どもがたくさんいるのではないか」と考えたのだ。

甲子園出場の前にプロ野球選手を輩出

2024年に読売ジャイアンツ球場で行われた「読売ジャイアンツ×甲子園夢プロジェクト コラボ練習会」

プロジェクトが発足して第1回の練習会に集まった参加者は11名。その後も、協力してくれる高校や大学を探し、グラウンドやバットやボールといった道具も借りて、その学校のチームと合同練習をするなどの活動を継続。6年目を迎えた現在はメンバーは約50名にまで増え、関東だけでなく、東海や関西地区などさまざまな学校で合同練習会を開催できるまでになった。しかし、この夢プロは高校の野球部ではないため、このメンバーで甲子園を目指すことは出来ない。

「彼らが甲子園を目指す方法はいくつかあります。たとえば彼らが通っている学校に硬式野球部を作って、高野連に登録する。部員がたった1人でもそういう人数が少ない学校で合同チームを作れば甲子園を目指すことは可能です」

県大会出場第1号の林龍之介選手

実際にこの方法で、プロジェクトの2年目には愛知から参加していた特別支援学校の生徒が県大会に出場した。以降、東京都、大阪府、静岡県、沖縄県などで夢プロから巣立った選手たちが甲子園予選出場を果たしてきた。さらに、2025年春には夢プロジェクトの参加者の工藤琉人選手が独立リーグ・北海道フロンティアリーグのKAMIKAWA・士別サムライブレイズに入団。なんと甲子園出場の夢を叶える前にプロ野球選手を輩出したのだ。

「彼は通っている特別支援学校に野球部がないため陸上部に所属していましたが、ずっと硬式野球がやりたいと、独立リーグのトライアウト試験を受けてプロ野球選手になりました。もしかしたら彼のような逸材が、全国にまだ埋もれているかもしれません。そう思うと、夢プロをやっていく意味があるのかなと思います。子どもたちが特別支援学校に通っているというだけで、硬式野球ができない、甲子園を目指せない、ましてプロ野球選手なんて無理、というふうに諦めてしまう社会は、すごく嫌だなと思うんです」

障がいがあるから無理と最初から諦めるのではなく、やりたいと思ったら誰でも挑戦できる、そんな社会を目指して夢プロは活動を続けている。

エンジョイ・ベースボールの本当の意味

甲子園夢プロジェクト、慶應義塾高校野球部、都立青鳥特別支援学校の3チームによる合同練習会

夢プロは障がいのある子どもたちの夢を叶えるだけでなく、周囲にも大きな影響を与えているという。たとえば、夢プロの選手たちと慶應義塾高校野球部が合同練習会を行った時のことだ。

「慶応義塾高校の野球部はエンジョイ・ベースボールを標榜していますが、合同練習後に『僕たちは今まで本当の意味で野球をエンジョイしていなかった。今日、本当のエンジョイに気づきました』という感想を書いてくれたんです」

阿部氏自身も夢プロの選手たちを見ていると改めて野球の楽しさに気づくのだそうだ。

「こんなに心から野球を楽しむ人たちがいるんだ、というのが最初の感想です。私は、ある公立高校で野球部の監督をやっていたことがあり、部員たちには『みんな、楽しんでいけよ!』と声がけしていました。でも、当時の部員で夢プロの選手たちのような、あんな笑顔でやっていた選手はいませんでした。夢プロの選手たちは純粋に野球を楽しんでいますし、感情をストレートに表現してくる子たちが多いので、一球一球、笑って泣いて、野球を本当に楽しんでいます。私自身としてもやりがいがありますし、気づかされることがたくさんあります」

慶應義塾高校の野球部に関しては、さらに阿部氏の記憶に残る出来事があったという。

慶應義塾高校野球部の選手たちと練習に励む夢プロと都立青鳥特別支援学校のメンバーたち

「実は甲子園で優勝したメンバーと夢プロのチームは、優勝した大会前に練習をさせてもらっていました。その時に取材を受けた慶應義塾高校の選手が『僕たちが戦う理由が今日ひとつ増えました。僕たちが勝つことで甲子園夢プロジェクトの取り組みが広がるのであれば、僕たちは勝つしかないです』と言ってくれたんです。そして実際に優勝してくれましたし、優勝した時のインタビューで森林監督が『多様性』という言葉を使っていたのですが、夢プロのことも念頭に置いてくれたんじゃないかと、嬉しくなりました」

野球が壊した「できない」の壁

すっかり意気投合した夢プロのメンバーと阿部准教授のゼミ生の大学生たち

障がいのある人と触れあう機会が少ない人は、彼らに対してどのように接したらいいのか分からず不安になることがある。夢プロでも同じで、健常者のチームの選手たちは夢プロの選手たちと初めて練習をする際、どう話しかけたらいいのか、どんな球を投げればいいのかと戸惑うことが多いそうだ。しかし、あえて特別なことはしなくても一緒に野球をするうちにお互いの間にあった壁は消えてしまうという。

「たとえば最初にキャッチボールをしてもらうと、相手チームの選手は気を遣ってものすごくゆっくりした球を投げてくれます。ところが、逆にそういう球の方が取りづらかったりします。でも、キャッチボールという言葉を使わないコミュニケーションを取ることで、どういう球なら相手が取りやすいかといったことを自然に学んでいくんですね。キャッチボールが終わってグラウンドから戻ってきた頃には、みんな笑顔で下の名前で呼び合ったりしていて、すごくいい関係を作ることができます。そんな風に障がいに関係なく、一緒に野球をやるということに意味があると思っています」

最近ではこうした学びを得たいと、合同練習の申し込みが後を絶たず、日程調整が大変なほどになっているという。さらにこれまでは甲子園を目指してきた夢プロだが、昨年からは男女混合5人制の手打ち野球「Baseball5」(B5)でも世界を目指すという夢が加わった。

2025年、「ベースボールBaseball5」ユース日本選手権関東予選に出場。健常者の大会に特別支援学校や特別支援学級などに通う中高生のみで結成したチームで出場するのは、おそらく世界初と言われている

「たとえ学校に硬式野球部がなくても、甲子園を目指せなくても、障がいのある子どもたちにベースボール型のスポーツを通して、より良い人生を送ってほしいと考えるようになりました」

そんな中、阿部氏はB5の日本選手権で初代王者に輝いた「ジャンク5」の代表で、日本代表を監督としてアジアカップ優勝、W杯準優勝へ導いた第一人者である、桜美林大准教授・若松健太氏と知り合う。若松氏の協力のもと、昨年9月に夢プロ参加者を含む特別支援学校の生徒たちで「パラジャンク5エレメンツユース」を結成。夢プロの第二章がスタートした。夢はパラチームが健常者のチームにまじってユース日本選手権で上位に入ること、障がい者の日本代表チームをつくり世界大会に出場すること。たった5年でここまで大きくなった夢プロだ、きっと新たな夢も叶えてくれるに違いない。


夢プロがたった5年間でここまでの成果を出せたのは、創設者である久保田氏や、阿部氏、協力してくれた高校や大学の努力のおかげでもある。しかし、そもそも夢プロの選手たちには、他の高校球児と同じポテンシャルがあったのに、ただそれが見過ごされてきたということもあるのではないだろうか。「できない」と諦めるのではなく、「どうしたらできるのか」を考えれば夢は叶えられるかもしれない。夢プロはそんな希望を私たちに与えてくれている。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:甲子園夢プロジェクト

『甲子園優勝の慶應高校球児が「本当のエンジョイ・ベースボール」に気づいた日。彼らの価値観を揺さぶった、特別支援学校の野球プロジェクト』

甲子園優勝の慶應高校球児が「本当のエンジョイ・ベースボール」に気づいた日。彼らの価値観を揺さぶった、特別支援学校の野球プロジェクト