「こんなに食べる姿、見たことがない」親も驚いた変化。富山発のアグリスポーツ合宿が、子どもを自然と野菜のとりこにする理由

「こんなに食べる姿、見たことがない」親も驚いた変化。富山発のアグリスポーツ合宿が、子どもを自然と野菜のとりこにする理由
2026.06.24.WED 公開

農業とスポーツ。一見無関係なこの2つを結びつけ、新たな価値を見出し、さまざまな課題の解決を目指すのが「アグリスポーツ」だ。日本アグリスポーツ協会は、昨今問題となっている耕作放棄地の増加と子どもの食育を課題として、合宿で体験できるアグリスポーツイベントを開催している。小学生を対象とする陸上教室から生まれたという同協会の活動について、会長の西村顕志氏に伺った。

きっかけは親御さんの「子どもが野菜を食べない」という一言

最初は土に抵抗を示していた子どもも、あっという間にみんなと走り回りはじめる

日本アグリスポーツ協会を立ち上げた西村氏は滋賀県出身で、富山大学に進学してから富山県内に住むようになった。陸上競技の富山県記録の保持者でもあり、大学卒業後は実業団で陸上競技の選手として活躍後、引退して同県で小学生向けの陸上競技教室を運営する団体を立ち上げた。あるとき、教室に通う生徒の親御さんがこぼす、こんな声が聞こえてきたという。

「親御さんが言うには、『子どもたちが野菜嫌いで野菜を食べない。そもそもカットされた状態の野菜しか知らず、野菜自体に興味を持たない』のだそうです。

僕はアスリートですから、身体づくりのために食事が重要であることはわかっていますし、自分でいろいろ考えてやってきました。でも、今の子どもたちの中にはそもそも野菜や食事に対して意識が向かない子もいる。それなら、子ども向けの食育講座を開催しようと、スポーツ管理栄養士の方を招いて話をしてもらいました」(西村氏、以下同)

ところが、これがものの見事に滑ってしまい、期待したような結果は出なかった。子どもも親も、わざわざ“栄養のお勉強”をしたかったわけではなかったのだ。

「もっとみんなに野菜の大切さを直接伝えられる方法はないか、と考えていたときに、農家の方と話す機会があって、『耕作放棄地を復活させたい。可能なら復活させるだけではなく、持続可能な形で何かできないだろうか』と相談されました。僕も食育の方法について考えていたので、『じゃあ、走る人と農家がいるんだから、畑を走ってみようか?』と。最初はそんな思いつきでしたが、調べてみるとスポーツと農業を組み合わせた“アグリスポーツ”というものがあることを知り、これをやろう! ということになったのです」

子どもたちをとりこにするアグリスポーツ合宿の魅力

スポーツだと思えば、大きなスコップでの作業もつらくなくなる

滋賀県にある西村氏の実家では家の前に畑があり、農業に従事する父親や祖父が収穫した作物が母親に料理されて食卓に並ぶ毎日だった。一方、富山県は米は作っているものの、野菜の生産量は全国最下位。それを知った西村氏は、なおさら子どもたちに野菜について知ってもらいたい、地産地消で健康な身体をつくることの大事さを学んでもらいたいと思ったのだという。そんな想いから協会では様々なアグリスポーツの取り組みを行っている。

「主な活動は、イベントを開催によるアグリスポーツの普及です。さまざまなスポーツ団体と農業のマッチングや、私立小学校のアグリスポーツのカリキュラムのお手伝いをしたり、協会独自の取組としては“アグリスポーツ合宿”を開催しました」

協会が拠点としているのは、富山県射水市にある耕作放棄地。使ってほしいという依頼があり、“アグリスポーツ合宿”はそこで行われている。耕作放棄地の中心にある古民家に、小学生20名近くが集まる。

「最初にするのは、広い土地でのかけっこです。最近は、公園で走り回ったり、大声を出したりするのはNGとされていますが、合宿では何をしても自由、怒られることはありません。だから、みんなものすごく喜んでいますよ。土の上は虫がいて苦手だという子もいます。もちろん無理強いはしません。『見てて良いよ。やりたくなったらおいで』と言って1~2時間もすれば、だいたいみんな一緒に走っています」

合宿は、さんざん自由に走り回った後に農作業をし、収穫した野菜を使って食事をするという流れになる。農作業は草むしりに始まって、土を耕して畝(うね)を作るなど、子どもだからといって簡単なものに止まらない。

「いきなり農作業をしようというとハードルが高くなるのですが、できれば農業の大変な部分も知ってほしいので、全工程をやってもらうようにしています。チーム分けをして、どのチームがいっぱい獲れるかといったゲームにすれば、走り回ることと農作業を含めて、全てが子どもたちにとって“アグリスポーツ”になります。だから、農作業がキツいなどとは言いませんし、『アグリスポーツ、次はいつやるの?』などと楽しそうに訊いてきますよ」

ただのキャベツも自分で収穫すればこの上ないご馳走に

地域の銭湯で汗を流したあとの食事はまた格別

日本アグリスポーツ協会の立ち上げのきっかけは、子どもが野菜を食べないという親御さんの嘆きにあったが、このアグリスポーツ合宿での食事のシーンで、西村氏は驚くべき効果を目にすることになる。

「その日はキャベツの収穫をして、昼食はおにぎりと、獲ったばかりのキャベツをそのまま切っただけのサラダでした。身体を動かしてお腹もすいていたし喉も渇いていたのでしょう。美味しい、美味しいとずっと食べている子どもの姿を見て、『こんなに自分から野菜を食べるのを見たことがない』と親御さんが驚いていました。目の前のキャベツ畑から、自分で収穫し、食べてみたら、こんなに美味しいものはない。そんな体験はお金では買えません。その感動が、もしかしたら将来、自分もキャベツを作ってみようかなというきっかけになってくれたら、うれしいなと思います」

たとえば、米の収穫は通常1年に1回。世の中は“タイパ”の時代と言っても、農作物の成長サイクルは変えられない。ものや情報が溢れ、デジタル化によって何もかもがスピーディになる状況に“待った”をかけるのが農業ではないかと、西村氏は言う。

「農作業をしていると、時間の流れがゆっくりになります。土に触れ、作物の匂いを嗅ぐなどして五感が鍛えられると、騒いでいた子どもたちも落ち着きを取り戻していくのです。身体を動かし、身体が必要としているものを食べるというのは人間の根源的な行為なので、精神に与える影響も大きいのだと思います。親御さんたちもその効果を知って、家にいてゲームやスマホにかじりついているよりよっぽど良いと、子どもを連れてきますよ」

アスリートから高齢者まで、様々な可能性に満ちたアグリスポーツ

昼間汗を流した畑が、夜のキャンプファイヤの舞台に

西村氏がアグリスポーツに取り組もうと思ったのは、実は子どものためだけではない。農業は、アスリートのセカンドキャリアの選択肢のひとつになるのではないかと考えたことも背中を押した。

「職業としてのスポーツ選手は競技や種目によって待遇や収入に格差があり、プロとして生活できるのはごく一部で、あとは実業団という企業の所属選手になる形です。働きながら競技をしていこうと思うのだったら、人手の足りない農業に従事するのもいいのではないでしょうか。農業とスポーツは身体を使うことに加えて、忍耐が必要な局面があるなど、意外に似ている部分がある。農業でしっかり収入を得ることができれば、競技生活の時間を伸ばすことも不可能ではありません。結果的に選手としてのチャンスが増えるのです。スポーツのキャリアとビジネスキャリアを並行していこうと思う方には、農業の選択肢のひとつとして考えてほしいと思いますね」

子どもたちが大きな歓声を上げながら耕作放棄地を走り回り、作業が終わった夕食前に銭湯で気持ちよさそうに汗を流す様子は、高齢化の進む地元の人々にも元気を与えているという。久しぶりに子どもの声を聞いたと、目を細める高齢者も多いそうだ。

「人間関係が希薄になり、地域コミュニティがなかなか成立しにくい状況にあっても、農業で得た楽しい経験、地域の人との結びつきは子どもの心に強く残るはずです。そして大人になってふとした時に思い出して帰りたいと思うこともあるのではないでしょうか。子どもから大人、高齢者までみんなが参加できるスポーツとして、可能性の大きいアグリスポーツを多くの人に広めて行きたいですね」


農業が、かけっこなどのスポーツと結びつくことによって、スポーツの一種になり、つらいものではなくなる。柔軟な子どもだからこそ、その垣根をいとも簡単に跳び越えていけるのだろう。西村氏は、今回紹介したアグリスポーツ合宿だけでなく、今後“婚活アグリスポーツ”や“就活アグリスポーツ”にも取り組んで行きたいと展望を語った。アグリスポーツには、まだまだ可能性がありそうだ。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:日本アグリスポーツ協会

『「こんなに食べる姿、見たことがない」親も驚いた変化。富山発のアグリスポーツ合宿が、子どもを自然と野菜のとりこにする理由』

「こんなに食べる姿、見たことがない」親も驚いた変化。富山発のアグリスポーツ合宿が、子どもを自然と野菜のとりこにする理由