前回王者が格の違いを見せつけた全日本テコンドー選手権~パラ・キョルギの部

前回王者の3人が格の違いを見せつけた全日本テコンドー選手権
2019.02.20.WED 公開

2月16日、千葉ポートアリーナにてパラテコンドーの全日本選手権大会が開催された。同時期の国際大会に参戦するため、強化選手の何人かは出場しない大会となったが、世界選手権で銅メダルを獲得した工藤俊介と太田渉子は参戦。日本のパイオニアである伊藤力も出場し、昨年の覇者3人が顔を揃える大会となった。

全日本選手権の試合を前に引き締まった面持ちの工藤

【+61kg級】工藤俊介が秒殺で2連覇を達成

2年連続での戴冠を決めたのは+61kg級の工藤。昨年の王者であり、2月5~6日にトルコで行われた世界選手権でも銅メダルを獲得し、勢いに乗る選手だ。決勝戦の相手は昨年の日本選手権で3位の石原和樹。石原は、両手が欠損している阿部正太を相手に声を出しながら連打を決め、決勝へ駒を進めた。

準決勝で声を出しながら力の入った蹴りを繰り出す石原(右)

開始と同時に前足での蹴り(プッチョ)でポイントを先取した工藤は、そこから一気に試合を決めにかかる。「ゾーンに入っているように、体が勝手に動いた」と試合後語ったように、左右の回し蹴り(トリュチャギ)を連打。瞬く間にポイントを重ね、20ポイントを取ったところで相手側からのタオル投入を呼び込んだ。

試合後、「体が反応して動いたようで、試合の記憶はないのですが、予想よりも早く試合を終えられたので、自分の持ち味が出せたのだと思います。連続した蹴りを出したいと練習してきたことができました」と振り返った工藤。先日の世界選手権では世界ランキング1位のアゼルバイジャンの選手に勝てたことで自信を深めたという。「技術では絶対に向こうのほうが上なので、気合いだけでは負けないと、胸を借りるつもりで挑んだのが良かったのかもしれません。これから東京パラリンピックに向けて、1日1日を大切に過ごしたいと思います」とその目はすでに東京大会の舞台を見つめているようだった。

積極的に前に出ながら連続で攻撃を仕掛けていった工藤(左)
1発目の蹴りが当たると、左右の回し蹴りを連発した工藤が試合を決めた

【-61kg級】伊藤力が冷静な闘い方で2年連続覇者に

今大会最多の5人がエントリーした-61kg級を制したのは、やはり昨年の王者である伊藤。世界選手権では思うような成績を残すことができず、コンディションもあまり良くなかったとのことだが、この日はスピードある蹴りと緩急自在の試合巧者ぶりを見せつける。初戦となった準決勝では田中俊佑を相手にフルラウンドとなる3R(ラウンド)まで闘い22-2の大差を付けて勝利。健手の左手を前に腰を落として相手を見る構えも板についていた。

踏み込みも蹴りもスピードを増した伊藤(左)が重水を圧倒

決勝でも、しっかりと相手の動きを見て、蹴りをさばいて返す闘い方は健在。相手が来ないと見るや自分から攻めてスピードある蹴りでポイントを奪うなど、キックボクシング経験者の重水浩次を相手に、試合運びの上手さで差をつける。とくに冴えていたのが、パラテコンドー特有の展開である両者が上体を着けて押し合うような場面からの蹴りだ。離れ際にトリュチャギを決めたかと思えば、そこからポイントの高い半回転しての後ろ蹴り(ティッチャギ)を当てて点差を突き放す。そして試合後半には、焦って前に出てくる重水に対してカウンターのティッチャギを決めてガッツポーズ。試合は3Rまで持ち込まれたが伊藤が20ポイントの差をつけてPTG勝ち(※)。伊藤が時間をフルに使って技術を試しているように見えてしまうほど圧倒的な差だった。

※PTG:第2R終了時、または第3Rで差が12点以上開いた場合、勝利が決まる

金メダルを手に笑顔を見せる伊藤

試合中は大きな声援を浴びていた伊藤。「始めた頃は応援してくれる人もあまりいなかったので、こんな声援の中で試合ができ、勝てたのはうれしい」と試合を振り返る。「相手の出方をきちんと見て返す、必要ならこちらから仕掛けるという動きができていたと思います。テコンドーを始めた頃から練習してきた、出てきたところにカウンターで合わせるティッチャギも試合で使えるようになってきました。その技でポイントを取ったときには、自分を鼓舞するためもあってガッツポーズをしていました」と笑みを浮かべる。しかし「世界の目で見たら、全日本大会はまだまだレベルが低い。自分たちが引っ張って、競技レベルの底上げをしていきたい」と気を引き締めている様子だった。

【女子】太田渉子が体格差を跳ね返して勝利

ステップを使い、相手の正面に立たないようにしながらリズム良く蹴りを当てた太田(左)

参加選手数が3人と少なく、体重によるクラス分けなしで行われた女子の部。決勝は昨年の優勝者であり世界選手権で銅メダルを獲得したばかりの太田と、準決勝で伊藤幸枝を下して勝ち上がった杉本江美で争われた。体格差を活かして積極的に前に出る杉本に対して、太田はステップを使って回りながら蹴りを合わせる作戦でポイントを先取する。杉本も重たい蹴りでポイントを取り返すものの、太田のステップは止まらず、脱力した蹴りで連続してポイントをゲット。動き続けるスタミナと、速く動いたら少し止まって休む冷静さは、冬季パラリンピックのメダリストでもある太田の経験が活きているように見える。杉本の出足を右のプッチョで止め、左右のトリュチャギを連発するコンビネーションでポイントを稼ぎ、28-10とリードした状態で1Rを終えた。

2Rに入ってもリズムよくステップを刻み、そのリズムに乗ったまま蹴りを連発する太田。相手の蹴りを外して自分の蹴りを返すところまでが、1つの流れになっている。杉本も体を使って押して蹴りにつなぐ動きでポイントを取り返すが、34-14と20ポイント差がついたところで太田の勝利が決まった。

表彰台でガッツポーズを見せる太田

昨年10月より現在のソフトバンクの所属となり、道場での練習以外にもランニングやパーソナルトレーニングなど競技中心の生活を送っているという太田。世界選手権ではランキング1位の選手を相手に、ゴールデンポイント方式の延長に持ち込み競り勝ったことが大きな自信になったとのこと。「体が大きな相手だったので、コーチからステップを使った試合をしろと言われていたことができたのが勝因だと思います。やっとテコンドーらしい試合ができるようになってきました」と笑顔を見せながらも謙虚な言葉を続ける。「スキーのときと比べると年齢も上がって体力的には厳しい面もありますが、大きな舞台を踏んできた経験などは私の強みなのではないかと考えています。東京パラリンピックで日本人選手が活躍するところを見せて会場を満員にしたい」と会場となる千葉の地で、決意を新たにしているようだった。

【全日本テコンドー選手権大会 パラ・キョルギの部 リザルト】
男子-61kg級:1位 伊藤力 2位 重水浩次 3位 田中俊佑、鴨脚知永
男子+61kg級:1位 工藤俊介 2位 石原和樹 3位 阿部正太
女子:1位 太田渉子 2位 杉本江美 3位 伊藤幸枝
女子の部準決勝では相手を押して蹴るというパラテコンドーらしい動きを見せた杉本(右)
-61kg級の準決勝で重水は左の回し蹴りを効果的に連発し、大差を付けて決勝進出を決めた

text by Shigeki Masutani
photo by X-1

『前回王者が格の違いを見せつけた全日本テコンドー選手権~パラ・キョルギの部』