ミズノが、タクシーサービスのついた「白杖」を販売。D&Iを成功に導く画期的なコンセプトに注目

ミズノが、タクシーサービスのついた「白杖」を販売。D&Iを成功に導く画期的なコンセプトに注目
2022.06.13.MON 公開

ミズノと言えば、創業100年を超える日本を代表する老舗スポーツメーカー。野球やゴルフ、サッカーなど多くのプロスポーツ選手、さらにはオリンピアンやパラリンピアンなど、プロアマを問わず多くのアスリートから絶大なる信頼を得てきた。そのミズノが、スポーツ以外の領域で新たな商品を開発した。それが白杖(はくじょう)だ。今までの「当たり前」を覆した、ミズノの試みとは?

白杖は白くなくてもいい?「持って出掛けたくなる白杖」へ

「白杖」は、視覚に障がいのある人が周囲の情報を把握するために使用する棒状の器具のこと。全盲の人が使っているイメージを持たれがちだが、弱視の人が使っていることも多い(視覚障がいのある人でも、白杖を使わない人もいる)。 視覚障がいの当事者にとっては重要なものだが、課題も多かった。2020年一般社団法人PLAYERSが視覚障がいのある人に行ったアンケート調査によると、広く使われている持ち運びに便利な折りたたみ式の白杖は、自転車や人にぶつかって折れたり曲がったりすることが多く、重さやデザインに対する不満の声もあった。このような白杖のさまざまな課題を、ミズノは自社の持つノウハウによって解決しようという取り組みを始めた。こうして誕生したのが「ミズノケーンST」。まずはその基本的な特徴をご紹介しよう。

■軽くて、地面の状況をキャッチしやすい素材と設計

素材には、ミズノのゴルフクラブやテニスラケットなどにも使用されている軽くて丈夫なカーボンを使用。重さはスマートフォンとほぼ同程度と軽量でありながら、しっかりと地面を捉える機能性も実現。さらに持ち手に近い手元側を堅くし、地面の凹凸を感じやすい設計に。地面と接地する先端部にはティアドロップ型の石突きを採用することで、路上のひっかかりを抑制できる仕様となっている。

■持つことが楽しくなるデザイン

杖の地模様は角度によって見え隠れする三角形が配置され、先端部分は鮮やかなブルーを配している。スポーティーで爽やかな印象を与える。

安心して外出できるよう、破損時のタクシーサービス付き!

2022年3月15日に行われた「ミズノケーンST」プレス発表会

ゴルフクラブなどに使われる素材を使い、デザイン性が高い杖というだけでも十分にこれまでの白杖とは異なり画期的だ。しかし、自社の素材を別の分野に転用するというのは、今までにもあった話。ミズノの開発はそれだけでは終わらなかった。「ミズノケーンST」には、購入後の特別なサービスが付帯しているのだ。

白杖の課題のひとつに、外出先での破損があった。万一白杖が折れたりしてしまうと、視覚に障がいのある人は、場合によっては移動することが困難になってしまう。それを怖れて白杖を使わない、外出を控えるという人もいるそうだ。そこで「ミズノケーンST」は、東京海上日動火災保険株式会社の協力により、外出時に破損してしまった場合に電話で依頼することで、第一交通産業株式会社のタクシーが使用者を目的地まで送り届けてくれるというサービスをつけたのだ(配車不可能のエリアもあり。詳しくは公式サイトでご確認を)。これならば、予備に折りたたみの白杖を持つ必要もなく、安心して外出することができる。

なぜスポーツメーカーであるミズノが、障がいのある人のためにここまで踏み込んだものづくりをすることになったのか。そのきっかけは、講演会で一般社団法人PLAYERSリーダーのタキザワケイタ氏の話を聞いたことだった。PLAYERSは、企業と連携しながらプロダクトやサービスの社会実装を推進することで、社会問題を解決へと導いていく集団。これまでにも、LINEと連携させた点字ブロックなどを開発している。そんな取り組みに感銘をうけた数名の社員がPLAYERSに参画し、社内の新規事業開発のコンテストに共同で応募したことが始まりだった。

PLAYERSが開発した発信機内蔵の点字ブロック「VIBLO BLOCK」。点字ブロックに近づくとLINEに場所情報などが届き、視覚障がい者の外出を「声」で支援することができる

ミズノケーンの開発チームメンバーのひとり、ミズノ株式会社営業統括本部営業統括部の長谷川知也氏は開発にいたった経緯を次のように語ってくれた。

オンラインで取材を受けてくれたミズノ株式会社営業統括本部営業統括部の長谷川知也氏

「PLAYERSさんは、社会課題を解決する色々な取り組みをされていますが、当事者の方の声を聞き一緒に製品やサービスを作り上げていくといったところが魅力的でした」(長谷川氏)

実際、ミズノケーンの開発チームのPLAYERS側のメンバーには視覚障がいの当事者である中川テルヒロ氏らも参加。その他、多くの視覚に障がいのある方や歩行訓練士などに協力してもらい、使い手の声を反映している。

企業が「ダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みを成功させるには?

オンラインで取材を受けてくれた一般社団法人PLAYERSのリーダー、タキザワケイタ氏

企業が社会課題を解決するという取り組みがここまで早く形になったケースは稀だとタキザワ氏。

「企業の場合、リサーチや実証実験で終わってしまうことが結構あります。でもミズノさんの場合、手探りではありましたが、『白杖を作る』という方向性が比較的早く決まりました。白杖は言ってしまえばただの棒ですが、実現したい世界を思い描きながら、細部にとことんこだわり、ミズノさんのテクノロジーを最大限に活かすことに集中できたので、進め方としてはとてもスムーズだったと思います。それは、ミズノさんがブランドスローガンとして掲げている『REACH BEYOND』、新しいイノベーションに取り組もうという動きが、今回の白杖プロジェクトにうまくはまったのではないでしょうか」(タキザワ)

このような「ダイバーシティ&インクルージョン」に繋がるような企業の試みは会社の利益に直接的に結びつきづらいため、なかなか形にすることが難しいという側面もある。

「こういうプロジェクトって現場レベルの共感や熱意といったボトムアップから始まるケースが多いのですが、どこかでトップダウンというか、『会社ごと』にして、ビジネスデザインをしていかないと、途中でスタックしてしまうことも多いと思います。『それって儲かるの?』という一言で簡単に潰されてしまうので…」(タキザワ氏)

タキザワさんの言うとおり、ミズノではチームメンバーの熱意もあったが上司を含めた社内の理解も大きかったと長谷川氏。

「この提案をした時に、当時のものづくり部門の役員が『これは可能性もあるし、ストーリーもあるから、ぜひやってみるべきだ』というようなことを言ってくれて、強烈な後押しをしてくれたんです。それもあって、非常に早く進んだということもありますね」(長谷川氏)

オンラインで取材を受けてくれた一般社団法人PLAYERS理事、視覚障がい者の中川テルヒロ氏

ミズノケーンは3月29日に発売となったが、好評を得ているそうだ。開発メンバーのひとり中川氏も利用しているが、周囲からの反応は上々だと言う。

「コンセプトを議論している段階で、白杖もかっこ良かったり、可愛かったり、おしゃれなものがあったらいいよねという話があったんです。ですからこの白杖を持って、まだ利用していない視覚に障がいのある知人に会うと『持たせて』とか『触らせて』とか『欲しい』などと言われます。ただ、利用している人からは、せっかくミズノケーンを持っているのに晴眼者の人からは話題を振って貰えないのが残念だと言われました(笑)。僕も街中で『お手伝いしましょうか』と言われた時、ミズノケーンについては触れてもらえなかったので見かけたらぜひ声をかけてほしいですね」(中川氏)

実は「ミズノケーンST」のデザインには中川氏が言ったように、新たなコミュニケーションを生み出すきっかけになってほしいという願いが込められている。「その靴おしゃれですね、どこのブランドですか?」という会話と同じように「その白杖素敵ですね」と気軽に声をかけられる社会。それこそが真の意味での「ダイバーシティ&インクルージョン」なのではないだろうか。街中でミズノケーンを持っている人を見かけたら、ぜひ声をかけてみてほしい。

多様性のある社会を実現したいというのは、多くの人の願いだ。道のりは長いかもしれないが、それを実現するヒントはタキザワ氏がいった「会社ごと」という言葉にあるのかもしれない。まずはあらゆることを「他人ごと」ではなく「自分ごと」「会社ごと」として考え、課題を見つけたら自分の得意分野を生かしてそれを解決する方法を考える。何か特別なことをしなくても、世界中の人や企業が、今回のミズノのように自分たちの持っているスキルやノウハウを生かして、一歩前に踏み出せば多様性社会は実現できる。ミズノケーンの誕生はそんな希望を与えてくれるニュースだった。

text by Kaori Hamanaka (Parasapo Lab)
画像提供:ミズノ株式会社

『ミズノが、タクシーサービスのついた「白杖」を販売。D&Iを成功に導く画期的なコンセプトに注目』