パラアスリートとトランスジェンダー活動家が語るダイバーシティ&インクルージョン

2023.08.04.FRI 公開

100m(T64)日本記録を持つ義足のスプリンター井谷俊介と、フェンシング元女子日本代表であり日本オリンピック委員会(JOC)理事も務めるトランスジェンダー活動家の杉山文野。異色ともいえる二人が「誰もが参加できるインクルーシブな大会」を目指した陸上競技大会である「NAGASEカップ」の特別企画で顔を合わせ、“多様性”をテーマに語り合った。

井谷俊介
20歳のとき交通事故によって右足の膝から下を切断。その後、義足で走る楽しさを知り、パラリンピックを目指すように。レーシングドライバーの脇阪寿一氏、仲田健トレーナーとの出会いをきっかけに本格的に競技を開始。専門は100mと200m。2018年には競技を始めてわずか10ヵ月でアジアチャンピオンに。目標としていた東京2020パラリンピック出場はかなわなかったが、現在はパリ2024パラリンピックを目指している。

杉山文野
フェンシング元女子日本代表。トランスジェンダー。メディア出演や講演会などでLGBTQの啓発活動を行う。NPO法人東京レインボープライド共同代表理事。日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ制度制定に関わった。2021年6月からは日本オリンピック委員会(JOC)理事、日本フェンシング協会理事も兼任。パートナーとの間に2児をもうけて子育てにも奮闘中。

友人の言葉がチカラになった

事故で足を失うこととなった井谷と、幼少期から自分の性別に違和感があったという杉山。心が折れそうなときに、力となったのは周囲の声だった。

井谷俊介(以下、井谷) 「20歳のとき交通事故で足をなくしました。バイクに乗っていて車との接触事故に遭い、意識が戻ったのは3日後で右足は壊死が始まっていて真っ黒な状態。医師の方に『義足を履けば元の生活に戻れる』と言われた言葉を頼りに、事故の10日後に足の切断を決意しました。ただ、義足で歩くためのリハビリは大変で、初めて履いたときは痛くて、ソケットの部分に体重をのせることもできなくて。『無理だ。こんなんじゃ歩けない』と思いましたが、友人たちの『そんなに焦らなくていいんじゃないか』という言葉に支えられて、続けることができました」

杉山文野(以下、杉山) 「私は杉山家の次女として生まれ、幼稚園から小中高と日本女子大の付属校に通っていたのですが、幼稚園の入園式でスカートを履くのが嫌で逃げ回った記憶があるくらい、当時から自分の体に対する強い違和感がありました。『何か違う。絶対違う』と思いながら、それは言葉にしてはいけないんじゃないかと幼心に感じていたのを覚えています。世にいう女子中高生だった頃が一番大変で、第二次成長期の体が男性としての自我との間で引き裂かれる思いでした。当時はLGBTQをオープンにして生きている大人も知らなかったので、大人になった自分がイメージできず、苦しみました。そんな中で友人に言われた『性別はどうあれ文野は文野だから』という言葉。それをきっかけに、少しずつ自分を取り戻していくことができました」

フェンシング元女子日本代表である杉山文野。数あるスポーツからフェンシングを選んだ理由は、ユニフォームの男女差がないことだったとか

ダイバーシティはインクルージョンとセット

パラアスリートとトランスジェンダー活動家、置かれた立場は違えど、今の社会の中ではマイノリティに属する二人。多様性(ダイバーシティ)のある社会とは、どんなものであるべきかについても言葉を交わした。
陸上競技だけでなくカーレースにも取り組む井谷俊介。競技の枠にとらわれない活動を行っている

杉山 「実は何年か前にひどいぎっくり腰になって、車いすで出かけたことがあったのですが、そのときに『恥ずかしい』という感情があって『普段は歩けるんですけど……』と聞かれてもいないのに言い訳をしていました。普段はマイノリティの話を散々していながら、自分の中にも障がい者に対する偏見があったことに気づいてショックでしたが、自分には偏見がないと思い込んでしまうことのほうが怖いです。そういう知らないことや、気づいていなかった偏見に目を向けることがダイバーシティの実現には大切だと思います」

井谷 「義足を使うようになった当初は、街を歩くと周囲の眼が痛かったおぼえがあります。何か見てはいけないものを見てしまったような顔をする人、子どもに対して『見ちゃダメ』と言うような親御さんもいました。ただ、パラスポーツの世界に足を踏み入れると、足がない人、手がない人など障がいの種類も様々ですが、競技会場などでは自然に助け合っている。何も言わずとも車いすでは届かないところのものを取ってあげるとか、多様性を認め合う価値観が根づいていると感じましたね。何かをしてほしいということではなく、そういう人がいるということを知ってほしい。メガネをかけている人を見ても何も思わないように、義足の人がいるのが当然の社会、でも何か困っていたら自然に手を差し伸べられる社会になればと考えています」

日常用の義足を見せる井谷。「足の切断を乗り越えた人、ではなく競技の魅力を伝えたい」と話す

杉山 「知らないということが、大きなハードルになっていると感じます。先日、LGBT関連の法案が議論されましたが、明らかな無理解に基づくデマも多かった。不安を煽るような言葉の方が耳目を集めやすいということもありますが、事実に基づいた知識が広がってほしい。ダイバーシティとインクルージョンはセットで進めることが必要です。車いすの人も一緒に飲みに行こうというのは簡単ですが、行ったお店に段差があったら車いすの人は一緒に入れないですから。そういう、インクルージョンを含めない議論になってしまっていると感じることは多いですね」

マイノリティの中にも多様性がある

障がい者もLGBTQも、カテゴリーで見られがちな属性だが、その中にも多様性は存在するし、一人ひとりは個性を持った人間だと二人は話す。

井谷 「パラ陸上の選手の中には、義足でオリンピックにも出たいという人もいて、僕もそういう眼で見られることも多いのですが、実はオリンピックに出たいとは思わない派なんです。その辺りには選手個人の考え方の違いがある。もっと言えば、パラリンピックを見て一般の車いすの人に『同じようにできるはずだ』と声をかける人がいるようですが、それもおかしな話です。なぜなら、桐生祥秀選手の走りを見ても、一般の人に『100mを9秒台で走れるはずだ』とは言わないですから。パラリンピックを目指すかどうかも個人の自由のはずですが、障がいがあるとなぜか同じカテゴリーに扱われてしまうこともあります」

JOC理事となったことで「見えてきた課題も多い」と話す杉山。「オリンピックやパラリンピックのあり方も変わっていかなければ」

杉山 「LGBTQも一言でカテゴライズされがちですが、中身は千差万別ですからね。カテゴリーではなく、人として見てほしいのですが、マイノリティだとなかなかそう見られない。私はJOCの理事もしていますが、これは東京2020大会前の森喜朗氏の発言がきっかけでした。ある意味、カテゴリーで降って湧いたような話でしたが、意思決定の場に当事者が入る、インクルードされることの意味はあると思っています。それまでは”いない”ことが前提に決定されていたことが、当事者が座っているだけでも”いる”ことに前提条件が変わりますから。そうやって少しずつでもアップデートを進めていくことが大切だと思います。ダイバーシティもインクルージョンも『ここまでやったから終わり』ということはなくて、こぼれ落ちる人がいたら範囲を広げていけるように、常にアップデートを続けていかなければならない。難しいことですが、やり続けるしかないと考えています」

トークディスカッションは誰もが参加できるインクルーシブな大会を目指す「NAGASEカップ」の特別企画として行われ、”多様性”をテーマに語り合った

※この記事は、6月に早稲田大学で開催されたトークイベント『視野を広げ、深める“多様性”のすすめ パラアスリート×トランスジェンダー活動家』より構成しました。

text by TEAM A
photo by X-1

『パラアスリートとトランスジェンダー活動家が語るダイバーシティ&インクルージョン』