移籍は挑戦。国内外12クラブを渡り歩いたサッカー元日本代表・大黒将志氏が語る「逆算力」

2025.06.23.MON 公開

ガンバ大阪でキャリアをスタートさせた、大阪府出身のサッカー元日本代表のストライカー、大黒将志氏。2005年2月に行われたワールドカップアジア最終予選の北朝鮮戦では、後半ロスタイムに劇的な決勝点を決め、その姿が脳裏に焼き付いているサッカーファンも多いことだろう
22年間の現役生活で、国内外合わせて12クラブに所属。2022年の引退後は現役時代に所属していなかったJ1川崎フロンターレのコーチを務め、「数試合に1回は古巣に当たるんちゃうかなと思う」と笑いながら話す。
「いつでも、どこでも、誰とでもプレーできるように」。ユース時代に教わったというこの言葉を体現してきた大黒氏の半生からは、新しい環境に飛び込んでいく人、新しい挑戦に臨む人を支えるようなヒントを学べるはずだ。新しい場所、新しい人との出会いの中で結果を出してきた大黒氏が大切にしてきたものは何なのか、お話を伺った。

移籍後2試合以内で得点につなげる驚異の「逆算力」とは?

選手にホワイトボードで戦術指導する大黒氏 ©KAWASAKI FRONTALE

フォワードに求められるものは「得点」と断言する大黒氏。数々のクラブでゴールを量産してきた大黒氏は、得点をとる上で大切なのは「ゴールから逆算するカ」だと語る。

「重要なのはゴールまでの流れを考え、そこに自分を入れて考える逆算力です。フォワードはシュートをするためにゴールに近い位置でパスを受ける側なので、ボランチだったり、サイドバックだったり、トップ下だったり、センターバックからのロングフィード(長距離パス)だったり、自分に向かってパスをする人の特徴をしっかり知っておくのが前提です。そして、その上で自分がどう力を発揮すればいいのか考えていく」

そのため、移籍先のクラブに合流する前から試合を見て、チームメイトの特徴を把握していたという大黒氏。逆算したイメージを目標に、仲間との連携を微調整しながら順応していったのだという。

練習で選手にボールを蹴る大黒氏 ©KAWASAKI FRONTALE

「パスが欲しくても要求するばかりではダメで、相手に合わせることも必要です。練習をするときにチームメイトがトラップからボールを蹴るまでにどれくらい時間がかかるのかなどを観察するんです。そうすることで仲間が出せるタイミングが分かるようになる。チームメイトの状況に合わせて自分も動くようにしていましたね。そして、パサーになる選手とは一緒に練習して一緒に上手くなっていく。そうすることで逆算してイメージした流れが試合でもできるようになっていくんです」

人種も国境も関係ない。「オープンな」性格でコミュニケーション

ファンとハイタッチする大黒氏 ©KAWASAKI FRONTALE

ともに戦う仲間とは普段どのように接し、関係性を作っていたのだろうか。

「チームメイトとの会話は、もちろんサッカーについてまじめな話をすることもありますが、ほとんどは冗談を言い合ったりふざけているものです。無理に話しかけたりすることはなかったですが、いつもの自然体のままチームに溶け込んでいくようにしていました」

取材の最中も、笑顔を交えながら関西弁で話しやすい雰囲気を作り出してくれていた大黒氏。「オープン」と称するその性格は、大阪、札幌、横浜、東京、京都、山形、栃木と、国内のチームを渡り歩く中で、輪の中に溶け込む力となったのかもしれない。そしてそのスタンスを、国内にとどまらず、文化や言語に違いのある海外でも貫き続けた。

2005年にガンバ大阪で得点を重ね、リーグ優勝を果たした大黒氏は、勢いそのままに翌年フランスのクラブへ移籍した。「日本ではなかなか見ることがなかったですが、黒人の選手と白人の選手が仲が悪かったんです。もちろん試合では協力していたものの、ロッカーに戻ったときに喧嘩が起きることもありましたね。そういった日本では経験しないような環境の中でも、自分は自分のまま、黒人の選手とも白人の選手とも分け隔てなく仲良くなりました。フランス語は分かりませんでしたが、通訳を介して話したり、ご飯に誘われれば行くようにしていました。確かに言葉は通じなくても、試合では良い動き出しをして、ボールを持っているチームメイトの名前を呼べばちゃんとボールを出してくれました」

イタリアのクラブに移籍後、一度日本に戻り、2013年に中国のクラブに移籍。再び海を渡った。当時の日中関係の状況もあり、さすがの大黒氏もチームメイトとの関係性に一抹の不安を抱えていたという。「何か言われるのではないかとか思っていましたが、全然そんなことはなかったです。素直な選手が多くて、すぐに仲良くなれました」。サッカーを通じて個人同士が仲良くなっていくことで、国境を超えた関係を築いていくことができた。

失敗、プレッシャーすら楽しむ。新しいことに挑戦をしよう

選手のアップを指示する大黒氏 ©KAWASAKI FRONTALE

自ら進んで移籍を重ねてきた大黒氏。長年一つのクラブに在籍し続ける選手もいる一方、なぜクラブを渡り歩く道を選んだのか。

その答えは自らの進化のためだった。

「プロキャリアを続けていく中で、挑戦しないことがリスクになることだってあるし、日々進化することが重要だと思っています。現状維持は後退になるし、長く選手キャリアを続けられた人は進化し続けているんですよ。その意味で、移籍するということは、それ自体が環境を変えるということであり、そこに適応していくことで進化になっていくと思っています」

12クラブを経験した大黒選手は、そのたびにチームに適応していき、いつでも、どこでも、誰とでもプレーし、得点をできるようになった。日本代表の様な、招集されてすぐに試合になるような環境でもその力は発揮された。それはまさに成長であり、進化だった。

家長昭博選手と話す大黒氏 ©KAWASAKI FRONTALE

「移籍をして新しい環境に入ることはそのたびに楽しかったし、マイナスになることは何もなかったですね。今も今年から任されたセットプレーコーチを楽しみながらやっています。最初は興味がすごくあったというわけではなかったですが、楽しみながらやるという自分のサッカー観でやっています。選手からいろいろなアイデアが出るようになってきていて、話し合いながら進めていますね。何事も真剣にやって困難なことがあれば改善して、この繰り返しのうちに楽しくなるんです。新しいことですから失敗することもありますが、それは学びになる。人生に無駄はありません」

選手を迎え入れる大黒氏 ©KAWASAKI FRONTALE

先日のAFCチャンピオンズリーグエリートでクリスティアーノ・ロナウド選手らが所属するアル・ナスルFCを破るなど、快進撃を見せた川崎フロンターレ。中東の絶対的なアウェイの中、惜しくも決勝で敗れたが、大黒選手は確かな選手たちの進化を感じている。

「今のフロンターレには代表を経験した選手が少ないですから、サウジアラビアで6万人が入ったスタジアムのアウェイは大きな経験になったでしょう。私は代表戦で12万人のアウェイを経験したことがあるので『半分やな』としか思いませんでしたが、彼らにとっては初めての体験になったはずです。それもあってか、日本に帰国以降は国内のJリーグの試合でも気持ちに余裕があるように感じるんです。もちろん結果が出なくて歯がゆいところは選手もあるでしょうが、歯車がかみ合えばきっと上手くいくでしょうし、どんな相手でも勝てるようになると信じています」

挑戦し、経験していくことに意味がある。だからこそ大黒氏は、全ての人に向けてエールを送る。

「何にしても新しいことを楽しんでほしい。そういう考え方の方が結果が出る。フォワードはシュートを外すと責められるし、その都度プレッシャーも感じる。だけど、そのプレッシャーすらも『プレッシャーかかってるで』くらいで楽しむ。それくらいの気持ちで挑んでほしいですね」


違う環境に行くことは不安が付きまとう。新しい環境でなじむのに苦労した経験を持つ人も多いのではないだろうか。大黒氏の場合、多くのクラブを転々とし、移籍の度に周りの環境がまっさらになる感覚を体験してきたことだろう。その中で大切にしてきたという「逆算力」は、サッカー選手はもちろん、新しい環境の中でどういう役回りをすべきかを考えるという点で、サッカー以外の生活でも当てはまるのかもしれない。大黒氏の言葉は、新しい環境や挑戦と向き合う人の背中を押してくれるのではないだろうか。

text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真:©KAWASAKI FRONTALE

『移籍は挑戦。国内外12クラブを渡り歩いたサッカー元日本代表・大黒将志氏が語る「逆算力」』