修学旅行の定番「まくら投げ」で伊東市を元気に。13年間、地域とともに大会を育ててきた仕掛け人の足跡
地方自治体にとって、「若者への魅力発信」は長年の課題だ。観光資源があっても、イベントを打っても、単発の来訪で終わってしまう。観光担当や首長が変われば企画も途切れ、積み上げたはずの手応えがゼロに戻ることもある。そんな悩みを抱える自治体は少なくない。
その課題に、まったく違う角度から風穴を開けた町がある。静岡県・伊東市だ。伊豆半島の東側に位置し、温暖な気候と海、そして豊富な温泉が魅力の観光地であるこの地は、バブル崩壊や社員旅行の減少によって危機に瀕した時期もあった。しかし今、「全日本まくら投げ大会in伊東温泉」という、修学旅行の夜を思い出すような遊びが、13年以上続く“地域の看板イベント”へと育っている。
面白いのは、それが単なるお祭りで終わらず、ルールと役割を備えた「スポーツ」として磨かれ、参加者が自ら広げていくコミュニティまで生み出していることだ。
仕掛け人は“ミスターまくら投げ”こと大塚眞さん。まくら投げを、いかにして官民連携のプロジェクトとして成立させ、若者を惹きつける仕組みに変えたのか。その経緯を大塚さんの言葉からひも解いていく。
参加者は初回から6倍に!

「若者を呼びたい」「町を知ってほしい」と自治体がイベントを企画するケースは多い。だが、課題はその先にある。「人が来た」で終わらせず、関わりを継続させるのは難しい。担当者が変わったり、予算がつかなかったりと、継続を阻む理由は数えきれない。
伊東温泉で始まった「まくら投げ大会」も、最初から完成されたプロジェクトではなかった。大塚さんは、その出発点をこう振り返る。
「私が地方活性化に取り組んでいた中で、伊東市から『活性化のために若者を集客するイベントを企画してほしい』という相談がありました。『タライ乗り競走』や『尻相撲大会』など、いろいろな企画を行っている中で、まくら投げは日本人なら誰もが知っているし、温泉町とも相性がいい。町おこしのコンテンツにできるのではないかと考えたのがきっかけでした」
そうして2013年2月、伊東市で第1回「全日本まくら投げ大会」が開催された。伊東市民だけでなく首都圏からも参加チームを募り、1チーム8人、合計18チームが参加した。しかし大塚は、ここで課題に直面する。
「単なるイベントだけだと、継続性がどうしても難しい。次も参加したいと思わせるようにしなくては、と終始考えていました」
参加者は「楽しい思い出」になるが、継続参加を促すことは難しい。大塚さんも同じ課題に直面した。参加者の意見や実証実験を積み重ねていく中で、ようやく光明が見えてきたのが3回目の大会だったという。そこには大塚さんの思いがある。
「まくら投げを『楽しかった』だけで終わらせないようにするためには、楽しいだけではなく、『上手くなりたい』『成長したい』という気持ちが大事。スポーツ化することによって、継続が生じると思ったんです」
まくら投げをスポーツにする
参加者が上達を実感でき、また挑戦したくなる構造。その構造を支えるのがスポーツ理論だった。大塚さんは、まくら投げをスポーツ化する理論を学ぶため、大学教授や専門家に話を聞いたり学術書を読んだりと、自ら知識を得ることを始めた。要件として挙げたのが「役割」と「レギュレーション」だ。
「無秩序にただまくらを投げるだけだと、遊びの枠を出ない。スポーツとして成立する要件としてチーム制と“役割”がある。ユニフォームの定義や反則、スポーツマンシップや独自のかけ声の文化など、まくら投げにおいては、その役割とレギュレーションをしっかり定義することが大事だと気づいたんです」
役割とレギュレーションが生まれると、ゲームは「考えるもの」に変わる。戦術が生まれ、勝ち筋が見え、悔しさが次の改善につながる。役割を定義することは、競技を面白くするだけではない。「上達できる設計」そのものなのだ。

スポーツには、負けたら次は勝ちたくなるという摂理がある。勝てたら次はもっと上手くなりたい。上達のループは、自然とリピートを生む。地方行政にとって求められている「単発で終わらない集客」「関係人口の創出」は、まさにこのループをどう生むかにかかっている。まくら投げは、そこにスポーツの答えを持ち込んだ。
「大将というリーダー、ガード専門のリベロ、まくらを投げるアタッカー、そしてサポーターという、まくらを戻す役割があります。時間制限による戦況の変化によってプレーヤーの行動を変えて、ゲームチェンジをする。プレーヤーの数と枕の数にもポイントがあります。」
試合で使うまくらは10個。多すぎず少なすぎない数だから、油断すると一方にまくらが偏る。例えばアタッカーが前に出て無計画にまくらを投げ続ければ、守備一辺倒になり、戦況が一気に傾く。
こうした「流れ」が生まれること自体が、まくら投げを競技にしている。観戦しても面白いし、やればもっと面白い。そして負ければ、次は勝ちたくなる。
参加者の人生をも変えたまくら投げの魅力

まくら投げが続いてきた理由は、競技として成立したことだけではない。その体験が参加者の人生の中に持ち帰られ、別の場所で再生産され始めている。
「学生時代にまくら投げに参加した方が、就職先の会社でまくら投げサークルを始めたことがありました。他にも、先生になって学校でレクリエーションとして取り入れた方もいる。驚いたのは、結婚式でブーケトスの代わりにまくらを投げた方もいたことです。この広がりは意外でした(笑)」
ここで、地方行政が抱えるもう一つの課題に戻ろう。担当者が変わることで施策が途切れ、積み上げた手応えがリセットされる問題だ。
この点で大塚さんが強調するのは、まくら投げが「イベント」ではなく「政策」として成立していることだ。
「まくら投げ大会は、あくまでも伊東市の活性化です。伊東市の政策としてまくら投げは行われているので、職員が変わったとしても、伊東市の中で欠かせない大会になっていることが大切です」
全国に広げて「どこでもできるコンテンツ」にしてしまえば、まくら投げは伊東市としての優先度が下がってしまうかもしれない。あくまで伊東市のPRという目的に紐づけるからこそ、行政も動き続けられる。
「伊東市として全国大会を行って、我々はプロモーションやコンテンツの質、権利を管理しながら、全国・全世界へと広げていき、また伊東市へ還元するするという形で協同ができています」
官民連携がうまくいかない時、課題は「熱意」や「予算」だけに見えがちだ。しかし本質は、その施策が何のためにあるのかが政策として固定されているかにある。まくら投げは、その軸をぶらさない。
「継続」を支えたのは「制度」だけではなく「人」

官民連携は、契約や役割分担だけで回るものではない。最後に残るのは、やはり信頼関係だ。大塚さんは、伊東市観光協会の担当者の存在を挙げる。
「第1回から一緒にやってくれていて、気づいたら最初から携わっているのは私と担当者の方だけになりました。何かあればいつでも相談に乗ってくれますし、『大塚が言うならやってみるか』と考えてくれています。とても信頼の置ける方が伊東にいるのは心強いです」
では、若者を惹きつけるには何が必要なのか。大塚さんの答えは明快だ。
「やっぱり楽しさです。楽しさが一番大事。それと、主体的に考えてもらえることが大事ではないかと」
観光客として参加して帰るだけではなく、参加を通して「自分の物語」になる。まくら投げに参加した人は「ピローファイター」と呼ばれるが、その呼び名一つが、参加者を「ただの来訪者」から少しずつ変えていく。
「まくら投げに参加したことがちょっとしたネタになる。自分ごと化してくれる。そこでまくら投げの“関係者”のようになり、伊東市が心を寄せる地域になってくれる」
取材の最後、大塚さんは伊東をこう表現している。
「官民が一緒になって観光を本気で考えている町。魅力は数多くありますが、『本気で伊東に来てほしい』という思いを皆さんが持っています。だからこそ、ユニークなイベントでも官民が本気になって続けることができた。そういった意味で、まくら投げ大会は伊東の魅力そのものを体現していると思います」
まくら投げは、奇抜さだけで続いたわけではない。遊びをスポーツへ磨き、役割を定義し、上達を設計し、リピートを生み、参加者が主体的になるコミュニティへと育っている。
社会の課題を、スポーツで改善する。その実例は、畳の上で飛び交うまくらの中に、確かな答えとして存在している。
PROFILE 大塚 眞|ミスター枕投げ
1991年北海道生まれ、神奈川県育ち。全日本まくら投げ大会インストラクター。学生時代に伊豆で起業し、地域PRに取り組む。スポーツまくら投げの伝道師として、各地でイベントやまくら投げ社員研修等を実施。仕事の傍ら、公共政策大学院に在籍し、官民連携や地方活性化を研究。
text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
写真提供:全日本まくら投げ大会






