【共に戦うパラスポーツギア】激しく衝突するアイスホッケー、氷上で最高のプレーを生み出すスレッジ(そり)の役割

2025.11.04.TUE 公開

パラスポーツの土台には、「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ」というパラリンピック創設者の教えがあります。そこで重要な役割を果たすのが、選手の最高のパフォーマンスを引き出す用具です。ここでは、ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会の花形競技「アイスホッケー」の「スレッジ」にフォーカス。どんな工夫が隠されているのでしょうか。


選手の激しい動きを支えるスレッジ

アイスホッケーは、サッカーのような対戦型の球技。足に障がいのある選手が「スレッジ」と呼ばれるそりに乗り、両手に「スティック」と呼ばれる道具を持ってプレーします。スティックの両はしは形が違い、片方にはパック(ゴム製の円盤)を打つブレードが、もう片方には氷に突き立ててスレッジを漕ぐピックという金具がそれぞれ付いています。選手たちはこの2つをうまく使い分けながら、氷上を漕いでパックを操り、得点を競います。

選手が用意する用具の例
スレッジ
スティック:選手は両手に1本ずつスティックを持ち、パックを操ったり、氷上を滑ったりします
ヘルメットやプロテクター:衝突などから身を守ります

アイスホッケー専用のそり「スレッジ」。座面にベルトなどで身体を固定し、プレーします

ミリ単位の調整で理想のプレーに近づける

スレッジは「バケット(別名はバケットシート)」「フレーム」「チューブ(支柱)」「ブレード(刃)」「ノーズ」の5つでできています。

座る部分がバケット、そのバケットを支えるのがフレームとチューブ。氷と接する面がブレード。ブレードは2枚です。「ノーズ」は、前方でぶつかったときの衝撃をやわらげるほか、バランスを取るのに役立ちます。

日本選手が使用しているスレッジは2パターン

チューブの長さやブレードの位置、バケットの高さや傾きなどを細かく自分の好みに合わせて調整できる、上級者向けのそり「バリスティックスレッジ」が主流です。たくさん練習を重ねて、自分の身体の動かし方やプレーのクセをよく理解している選手が使うと、その力を最大限に発揮することができます。

チューブを長くすると、安定して横からぶつかられても倒れにくくなりますが、同時に折れ曲がりやすくもなります。反対にチューブを短くすると、すばやく向きを変えられたり、ターンしやすくなったりしますが、バランスを取るのが難しくなります。ブレードの位置を前にすると進みやすく、後ろにすると安定しやすくなります。

フレームの下には、2枚のブレード(刃)が付いています

スレッジの設定をほんの数ミリ変えるだけでも滑り方が変わるため、経験を積んだ選手は、その日の体調や氷の状態に合わせてチューブやブレードなどの位置を変えます。チューブに穴を開けてスレッジを軽くするほか、長さを変える人もいます。こうして、自分の動きに合わせて調整しながら、理想のプレーを生み出します。

なお、両足がない選手は、スレッジの高さを少し高くして、上半身でバランスを取りやすくします。

シンプルで初心者向けの「レーザースレッジ」。競技を始めたばかりの選手や、障がいが重い選手が使用します

もっと詳しく
ゴールキーパー(ゴーリー)のスレッジは、パックを運ぶフィールドの選手と違います。横に滑ることを重視し、金属の刃ではなくプラスチックライナーを装着。安定するよう2枚のブレードの間隔を広くするほか、フレームを太くしています。


手前2人はフィールドの選手、奥はゴーリー
写真はフィールドの選手用のスレッジ。ゴールキーパー用のスレッジと刃の素材が異なります

スレッジの機動性にかかわるバケットのフィット感

バケットは、選手の身体を支えるもっとも重要な部分です。フィット感が悪いとバランスが崩れてプレーに影響するため、身体との一体感を高めるためにクッションで微調整する選手もいます。強豪のアメリカでは、「バキューム」という方法でバケットを作っています。柔らかくした樹脂を選手の身体の形にぴったり合うよう成形。さらに密着度を高めるために、シートと身体とのすき間の空気を機械で吸い込むので「バキューム」と呼ばれています。こうして作ったバケットが身体を包み込むように支えることで、一体感のある動きを実現しています。

バケットをフィットさせる工夫を選手それぞれが行っています

チューブは消耗品

スレッジのフレームは軽くて加工がしやすいアルミ製、チューブやブレードの調整に使うボルトはサビに強いステンレス製です。チューブは消耗品で、曲がると進み方が変わるほか、思うようなターンができないため、予備を用意して試合に臨みます。

チューブの長さは、選手の足の長さや障がいによって違いがあります

アイスホッケーでは2本のスティックを両手に1本ずつ持ちます。いずれのスティックにもスレッジを漕ぐピックとパックを操るブレードが付いていて、左右どちらで何をするかは状況に応じて変わります。主流はカーボンファイバー製で、軽く扱いやすい一方、折れやすくもあります。ピック部分も消耗が激しく、1~2ヵ月で交換する選手が多いです。スティックはアメリカ製、ピックはカナダ製が主流。

スティックはプレー中に折れることも
片側にギザギザした金属「ピック」が付いています

トリビア
初心者はチームや競技団体から用具を貸してもらうことが多いですが、自分でそろえる場合の費用は、スレッジが約8万円、スティックが(1本につき)約2万円。このほか、防具・ヘルメットなどを合わせると、合計でおよそ15万円になります。

アイスホッケーでは、氷を削る音や身体がぶつかる衝撃が観る人の心をワクワクさせます。ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会を前に、スレッジの違いや、ゴールキーパーとフィールドの選手用のスレッジの特徴など、用具に込められた工夫にもぜひ注目してみてください。

教えてくれた人

橋本 鉄二(はしもと・てつじ)
パラアイスホッケー日本代表チームのイクイップメントマネージャー。「試合中は激しい衝突に用具がさらされます。試合は基本的に止まらないため、故障したり、壊れたりしたときは試合をしているリンクの横ですぐに修理をします。とくにチューブの曲がりはすぐに交換しないといけないため、緊張感の高い作業になります。『(スレッジやスティックが)壊れないでくれ』と願いながら、試合を見守っています」


text by TEAM A
photo by Hiroaki Yoda,X-1

『【共に戦うパラスポーツギア】激しく衝突するアイスホッケー、氷上で最高のプレーを生み出すスレッジ(そり)の役割』