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Sports /競技を知る
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「将来、絶対に勝てる」震える手で掴んだ原点から12年。パラフェンシング加納慎太郎がロサンゼルスで目指す高み

パラリンピックに2度出場し、2025年2月のパラフェンシングワールドカップ・ブラジル大会では男子フルーレAで自身初の金メダルを獲得するなど、目覚ましい活躍を続ける加納慎太郎。近年はオリンピック選手と剣を交える機会も増えており、技術や戦術の向上はもちろん、彼らの姿勢から「自分の人生にも活きる時間の使い方」を学んでいる。進化を止めない加納に、普段の生活や思い出に残る大会について聞いた。
加納 慎太郎(かのう・しんたろう)|パラフェンシング
1985年福岡県生まれ。LINEヤフー所属。小学生から剣道を始め、16歳のときに交通事故で左足を切断した後も義足で継続。2013年の東京パラリンピック開催決定を機に、剣道の経験を活かせるパラフェンシングへ転向。以降、カテゴリーAの国内トップフェンサーとして活躍し、パラリンピック2大会に出場を果たした。2028年のロサンゼルス大会では自身初のメダル獲得に挑む。
休日は自転車で「アクティブレスト」
パラフェンシングの国際大会に出場するため、10年間で約50回におよぶ海外遠征を経験し、世界各国の都市を転戦してきた。
加納慎太郎(以下、加納):一番多く行っているのは、ギリシャのアテネですね。あとはフランスをはじめ、ヨーロッパに行くことが多いです。フランスもパリだけじゃなくて、南の方の街に行ったりもして。街を歩いていてとくに素敵だなと感じたのは、やっぱりパリかな。試合だけではなくて、合宿や練習で行くこともあります。
移動には地下鉄を使うことがあるんですけど、競技用の車いすと20㎏以上の大きなフェンシングバッグをガサッと持って移動するので、現地の人たちがびっくりしちゃうんですよ。でも、目が合ったら手伝ってくれたり、こちらからちょっとお願いしたりもします。現地の人たちと交流するのは楽しいですね。
剣を持たない“休日”も、トレーニングに励んでいる加納。
加納: 週に2回休みがあるんですけど、その日は品川でパーソナルトレーニングをしています。1日はゴムチューブを使ったメニューで、もう1日は下半身のトレーニング。あとは、マウンテンバイクも漕いでいますね。自転車に乗ることで、体全体のバランスがよくなるなと感じています。
これもトレーニングの一環というか「アクティブレスト(積極的休養)」なんです。とくに試合前とかって、体が凝り固まることが結構多くて。だから朝や夕方に自転車を漕いでいます。板バネのランニング用義足を着けてランニングをすることもありますが、走りすぎると下半身に負担がかかりすぎてケガにつながる可能性もあるので、自転車とうまく組み合わせて有酸素運動を取り入れるようにしています。
自転車とランニングを取り入れているのは、アスリートとして身体機能をフルに使えるかが重要になってくると思うからです。パラフェンシングは車いすでプレーするので上半身だけを使う競技と思われがちですが、僕自身は下半身を鍛えることこそが最大の強みにつながると信じています。
もともと自転車が好きで、福岡にいた頃も海沿いを毎日10kmくらい漕いでいたんですよ。今は、東京の荒川沿いをよく走っています。
転機となった2014年のアジアパラ
10月には愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会が控える。過去3大会に出場している加納にとって、とくに思い出深い大会とは。
加納: 僕にとって初めての国際大会だった、韓国の「インチョン2014アジアパラ競技大会」ですね。
まず、開会式に出たときに「なんだこれは! すごい!」と鳥肌が立ったのを覚えています。あの興奮を今度は名古屋(パラフェンシングの会場は名古屋市稲永スポーツセンター)で味わえると思うと、絶対にまたあの舞台に出たいと強く思います。自国開催といえば東京2020パラリンピックにも出場しましたが、当時は無観客だったので、今回の愛知・名古屋大会にはすごく期待しているんです。
そしてインチョン大会は、僕がアスリートとしての「覚悟」を手にした大会でもありました。初めての試合は「がむしゃらに相手を引きずり込んででも、どの試合でも勝ってやろう、1勝でも多くもぎ取ってやろう」という気持ちで挑んだんです。結果はフルーレで全敗、エペでようやく1勝という厳しいものでした。でも、試合中にものすごく手が震えた記憶と同時に、「将来はこの選手たちに絶対に勝てるようになる」っていう確信のようなものが芽生えたんですよね。世界で戦う上で、そのとき生まれた負けん気や自信は、今も大切に持ち続けています。
練習拠点のサウナが交流場所
単種目の世界選手権とは異なり、多種多様なアスリートが集う総合大会。そこでは、他競技の選手たちとの強いつながりやチーム感も得られそうだ。
加納: アジアパラやパラリンピックのような総合大会は、他競技の選手からもいい刺激をもらえますね。「あの競技の選手がメダル第1号を獲った」などのニュースが飛び交うので、「自分も負けてられない、絶対にメダルを獲るぞ」という気持ちがより一層強くなります。
選手村では、みんなが人生をかけて戦っているのが表情一つで伝わってくるんです。パリ大会のときも食堂やトレーニング室で一緒になりましたが、なかにはすごく深刻な顔をして落ち込んでいる若い選手もいて。僕は年齢的にも上の方なので、そういう姿を見ると放っておけないんですよね。
とくに視覚障がいの選手はこちらに気づきにくいこともあるので、僕から積極的に声をかけて励ますようにしています。「全然ダメでした……」と落ち込んでいたら、「いや、大丈夫!次いけるよ!」と。
普段からナショナルトレーニングセンターのサウナとかで「合宿頑張ってください」と声をかけ合っているような若い選手たちと、現地でもそうやって励まし合える。そこが、日本チームが一つに結束できる総合大会ならではのよさだなと感じます。
ワールドカップで悲願の金メダルを手にしたとき、涙はロサンゼルスまで取っておこうと心に決めた。普段はフェンシングについて悩み抜くこともあるという加納だが、大事な試合の前こそ「しっかり睡眠をとり、最高のコンディションで臨むこと」の重要性を説く。それこそが、格上の相手を破る最大のカギだと考えているからだ。周囲の人とのつながりを大切にする人柄と、飽くなき探求心を武器に、アジアパラ、そしてロサンゼルスの舞台で最高の輝きを放ってくれるに違いない。
text by Asuka Senaga
photo by Hiroaki Yoda