自転車競技・全日本トラックで見た、片足サイクリストたちの存在感

2023.05.19.FRI 公開

5月12日から15日まで4日間にわたって開催された自転車トラックレースの国内最高峰・全日本自転車競技選手権大会。大会3日目にはパラサイクリングのタイムトライアル(男子1㎞、女子500m)が、最終日には3㎞個人パーシュートが行われ、パリ2024パラリンピックを目指す選手たちが出場した。

現在、世界ではパリパラリンピック出場権獲得に向けたポイント獲得レースが繰り広げられており、日本代表トップ選手はワールドカップを転戦している。重要なレースが続くなか、走り慣れた伊豆ベロドロームで行われた全日本は、自身のコンディションを確かめる意味で選手たちにとってやはり大事なレースだ。

舞台は、東京2020大会の会場・静岡県の伊豆ベロドローム

パリで金メダルを狙う片足のエース

ロードのワールドカップから5月10日に帰国した日本代表のなかで、最も元気だったのが全日本で2種目ともに大会新をマークした川本翔大(C2)。26歳の川本は、パラリンピック2大会出場を経て日本代表のエースへと成長を遂げた。来年のパリではパラサイクリングの顔となる存在だ。

「もう時差ボケはないけれど、多少疲れは残っていて。寝る前に電気を当てたり、自分なりにできることをやって挑みました」

東京パラリンピックでは“一瞬”の世界記録保持者に。「また世界記録を出したい」と意気込む川本

今大会を2種目共に、第一人者であり、障がいの軽いクラスに区分される藤田征樹よりも速いタイムで制した。もともと片足ながらスムーズなペダリングに定評がある川本だが「一日一日を大切に」練習を積み重ねていることで、レースでも好タイムをマークすることができている。

東京パラリンピックで自転車競技・日本代表チーム監督を務めた権丈泰巳氏も、川本の変化を口にする。
「例えば3本走る練習の場合、以前は3本目に全力を出すような感じだったが、今は3本共に全力で漕いでいる。練習に対する姿勢が積極的になりましたよね」

昨年10月にパリパラリンピックと同じ会場で行われた世界選手権。川本は4種目に出場し、3種目で銀メダルを獲得。世界選手権では自身初めてのメダルを手にした。

川本の言葉に覚悟が宿る。
「銀メダルを獲り、次は(もうひとつ上の)金メダルを、ということ。練習のモチベーションが上がったというより、今は『やらなくてはいけない』という気持ちです」

さらに川本は東京パラリンピックで4位入賞した3㎞個人パーシュートのみならず、片足では不利とされる1㎞タイムトライアルやロード種目でも活躍を誓う。
「全種目狙えるぐらいの実力の選手がやっぱり強いので」

全日本といえば藤田(左)と川本(右)の勝負も見どころだ

その世界選手権では3㎞個人パーシュートで3分34秒134、1㎞タイムトライアルでも1分10秒843の日本新記録を樹立した。

会場のサン・カンタン・アン・イブリーヌは楕円形の伊豆ベロドロームとは異なり、正円に近い形。コーナーが穏やかで、川本にとっては走りやすいバンク(走路)だったという。

「めちゃめちゃ相性がいいと思う。あの会場をイメージしながら鍛えていきたいです」

片足のオールラウンダーは、パリの表彰台をしっかりと捉え、再び世界で戦う。

片足女子の競争が激化!?

3人が出場した女子の(2輪自転車を使用する)Cクラスは、東京パラリンピックでロード種目2冠の杉浦佳子(C3)が2冠。2位は東京パラリンピック代表の藤井美穂(C2)、3位は昨年全日本デビューした新鋭の中道穂香(C2)だった。

自己ベストをマークし、観客に手を振る藤井

川本と同じ大腿切断であり、日本国内で片足サイクリストの認知度を高めてきたのが藤井だ。東京パラリンピック以降、腕のしびれもあり不振にあえいでいる藤井。そんななか、「最後の大会かもしれない」と今回の全日本に臨んだ。

500mタイムトライアルこそ平凡なタイムに終わったものの、最終日の3㎞個人パーシュートでは意地を見せて、実走タイム4分31秒890の自己ベストをマーク。自らも驚きを隠せないといった表情だ。

パリに向ける焦りものぞかせつつ、「みんな(トップ選手)が海外で戦う間、しっかり治療してまたがんばりたい」と前を向いた。

片足の女子選手は、藤井だけではない。先天性による右下肢欠損の中道は、パラ水泳でドバイ2017アジアユースパラ競技大会などに出場したアスリートだ。

トライアスロンへの挑戦を視野に入れ、2021年から自転車競技を始めた。

「片足の選手のなかで“世界一のペダリング”と言われる川本選手の技術をお手本にしてています」

そんな中道は、テレビ局で働く社会人1年目。練習不足により、500mタイムトライアルは前回のタイムより遅れたが、少しずつ練習環境を整え、今後はロードの大会にも挑戦するつもりだという。

3㎞個人パーシュートでは靴底のクリートが外れるアクシデントもあったが、「水泳でゴールすることが大事だと教わってきたので走り切った!」と中道

「スポーツ選手としてパラリンピック出場などの競技結果を求めたい気持ちもありますし、同時にひとりのスポーツ好きとしていろんな競技でいろんな体験をしたいという私もいます」

本人は控えめに語るが、女子選手の少ない日本のパラサイクリングにおいて待望の新鋭であり、世界への挑戦を期待せずにはいられない。

当面の目標は、「先輩の藤井さんに近づくこと」と中道。
「同じクラスの藤井さんの記録という、すごく目指しやすい目標がありますので、近づいていきたいです。すごくよくしてくれるので、優しくしてくれた先輩にこそ戦いを挑むことで恩返しをしていきたい。しっかり、倒しに行きたいな思います」

現在3番手の片足サイクリストは、インタビューの最後に、負けん気の強さを見せた。

text by Asuka Senaga
photo by X-1

『自転車競技・全日本トラックで見た、片足サイクリストたちの存在感』