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Sports /競技を知る
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デフリンピックを現地観戦! パラリンピック金メダリスト・杉浦佳子が語る自転車競技の未来
パラリンピックの東京とパリの2大会連続で自転車競技・ロードで金メダルを獲得した杉浦佳子。デフリンピック4大会連続日本代表であり、トルコのサムスンで開催された2017年夏季デフリンピックで日本選手団の主将を務めた早瀬久美とは古くからの知り合いだ。東京2025デフリンピックを現地で応援した杉浦は、早瀬と同じようにだれもが一緒にレースができる世界を目指している。

現地での応援は選手の力になる
東京2020パラリンピックは無観客開催となったが、今回のデフリンピックは有観客。競技によっては入場制限がかかるほどの盛況ぶりだ。
杉浦佳子(以下、杉浦):今回のデフリンピックの放送は、基本、YouTubeですよね。もっとたくさんの人に観てもらうためには、テレビで放送したり、メダルを獲ったらトップニュースで扱ったりしていただけるとうれしいのですけどね。
それでも、競技によっては現地観戦をしている人がたくさんいるとのことで、私もうれしいです。無観客の東京2020パラリンピックを経たからこそ、パリ2024パラリンピックで感じたのですが、やはり現地で応援してもらえると、すごく力になります。だから、私も少しでもパワーを届けられたらと、22日にロードレースの応援に行ってきました。

久美さんは、4回目のデフリンピックです。私はパラリンピックに2大会出場しましたが、どんなに自転車に乗るのが好きでも、日本代表になるってすごいプレッシャーなんですよ。私自身、パリ大会は本当に苦しくて苦しくて、最終日に金メダルを獲れて、やっと明るさを取り戻したんですけど。そう考えると、デフリンピックに出続けているって、すごいことです。久美さんはもともと明るくてポジティブな人ですが、本当に尊敬できます。

落車したレースのスタート地点でグータッチ
杉浦が早瀬を知ったのは、薬剤師という職業が共通していたからだという。
杉浦:久美さんとの出会いは、10年以上前にさかのぼるのですが、実は会うより前に久美さんのお名前は知っていました。2013年にアンチ・ドーピングの知識を持つ薬剤師「公認スポーツファーマシスト」の資格を取ったところ、自転車の実業団レースに出ているデフの早瀬憲太郎さんの奥様もデフで、しかも公認スポーツファーマシストだと、自然と耳に入ってきたのです。
私が薬剤師の勉強をしていたころは、薬剤師法という法律に「薬剤師は必ず目が見えて耳が聞こえること」というようなことが書いてあったんですよ。だから、久美さんが薬剤師と聞いて、最初はどういうことだろうって思ったんです。それで調べてみたら、久美さんがきっかけの一つとなって法が改正されたようだと知って。すごいことですよね。その後、実業団レースを応援に行く中で久美さんと顔を合わせるようになり、話をするようになりました。
私がロードレースに初めて出たのは2016年2月のことで、選手登録をしていない選手でも出られるレースでした。その後、もっとしっかり取り組もうと、2ヵ月後の4月3日のレースにエントリー。そのレースには久美さんも出ていて、スタート地点でお互いにがんばろうねとグータッチをしました。しかし、私はそのレース中に落車し、高次脳機能障害と右半身まひが残りました。

デフの自転車レースはここが難しい
事故で三半規管を損傷した杉浦は、自転車競技における耳の大切さを実感したという。
杉浦:回復後、また自転車に乗ろうとしたところ、ふらついて乗れませんでした。耳の奥にあり、バランスを取る役割を担う三半規管を損傷した影響です。
ならば、デフの選手も同じような人がいるかもしれない。その人はどうやってバランスを取ってるのかなと思って、久美さんにSNSアプリのMessengerで質問したこともあります。久美さんからは、「三半規管が損傷していると大変だよね。(デフの選手の中では)やめてしまう選手もいるよ」と教えてもらいました。
私の場合はその後、ドクターから、三半規管に頼らずにバランスを取る方法として目と体幹を使うとよいとアドバイスをいただき、トレーニングを重ねることで、2017年にレースに復帰しました。そんないきさつがあったことから、東京パラリンピックのロードレースで金メダルを獲った際、ボランティアで参加していた久美さんがハグで祝福してくれたときは感無量でした。

では、三半規管の機能が低下していなければ、デフの選手も聴者(きこえる人)と同じ感覚で自転車レースができるのかな、と思う人もいるかもしれません。でも、きこえない・きこえにくいと、自転車競技をする上で特有の難しさがあるんです。例えば、ロードレースでは、集団の後ろの方にいる選手がアタックをかけて一気に抜き去ろうとします。それ以外の選手は、アタックをかける際のギアを変える音やだれかの「行った!」という声を聞くことで「アタックがかかった」と察知して反応するのです。でも、デフの選手は音が聞こえないため、気がつくとだれかがダッシュしている状態になっていて、それを追わなければいけません。これはかなりきついと思います。

だれもが一緒にレースができる世界に
杉浦は、障がい者になったことで健常者と一緒にレースに出る難しさに直面した。
杉浦:私は現在、実業団レースに参戦していますが、障がいのある選手が健常者と一緒にレースをしたいと思っても、なかなか受け入れてもらえない現実がまだまだあります。それを最初に知ったのは、20年ほど前のことです。当時、調剤専門薬局に勤めていたのですが、ある日、障がいのある患者さんが「健常者と同じ大会に出られることになった!」って報告に来てくれたんです。それを言うためだけに薬局に来るなんて、よほどうれしかったんだなとすごく印象的でしたし、そんなに喜ぶ人がいるなら、もっと健常者と障がい者が一緒に出られる大会があればいいのになあと思ったことを覚えています。
とはいえ、実感がわかなかったことも事実です。ところが、自分も障がい者になったら、やはり「危険だからやめて」と出場を断られたことが何回かありまして。それで、本当に障がい者が出られないレースがあるんだ、と身に染みてわかったわけです。
レースにエントリーして現地まで行っているのに、スタートさせてもらえなかった選手を実際に見たこともあります。しかも、その選手は当時のパラ日本代表クラスの選手で、あのときはなんとも言えない気持ちになりました。
そうした経験から、だれでも参加できる自転車レースを開きたいと、2026年2月21日に「杉浦佳子杯・第1回インクルーシブ自転車レース成田下総」を開催することにしました。参加資格は、自転車に乗れること。聴覚障がいはもちろん、ほかの身体や知的障がいがあっても構いませんし、年齢も問いません。ママチャリでもOKです。どんな人にも対応できるよう、準備を進めているので気軽に参加していただきたいです。
ちなみに、早瀬さんご夫婦は、ずいぶん前から「デフ」と書いてあるジャージで健常者の大会に出ているんですよ。その場で大会側から連絡事項があったりすると、まわりの人たちが肩や背中をトントン叩いて伝えたりしています。そういう世界を作り上げた早瀬さんご夫婦は本当にすごいなと思います。

杉浦も早瀬も、だれもが一緒に自転車競技を、ひいてはスポーツを楽しめる未来をつくるために、全力でペダルを漕ぎ続ける。
text by TEAM A
photo by X-1






