パラリンピック金メダリスト杉浦佳子が実現させた「日本初のインクルーシブな自転車レース」

2026.04.03.FRI 公開

障がいの有無にかかわらず、みんなが一緒に自転車レースができたらいいのに――。パラリンピック2大会金メダリスト・杉浦佳子が約20年前から温めていた思いがついに実現した。2月21日、自転車レース会場として知られる下総運動公園サイクリングコースにて「杉浦佳子杯・第1回インクルーシブ自転車レース成田下総」が開催された。春の日差しに満ちた会場には、笑顔があふれていた。

千葉県成田市の下総運動公園サイクリングコースで開催された第1回インクルーシブ自転車レース

インクルーシブな大会開催のハードルとは

「全ての人に自転車レースの楽しさを! チャレンジする勇気を全ての人へ!」と謳った今大会の唯一の参加資格は、自転車に乗れること。年齢、性別、障がい、国籍、さらには自転車の種類もブレーキが付いていて高速走行に問題なければ一切問わず、コスプレ参加も可能とした。

「ここまでインクルーシブな自転車レースは、おそらく日本で初めてだと思います」と企画から携わる杉浦は胸を張る。

その狙い通り、参加者は障がいのある人はもちろん、未就学児から大人まで年齢層も幅広く、自転車も本格的なロードレーサーやシクロクロスバイクから、車輪の小さなミニサイクルや2人乗りのタンデム自転車まで集合。さらに、アニメのキャラクターなどに扮した人たちもいて、実に多彩。とにかく自転車レースを楽しもうという明るい雰囲気が会場に満ちていた。

東京2020パラリンピック、パリ2024パラリンピックのパラ自転車競技で金メダルを獲得した杉浦

自転車レースでもっとも気を配ることの一つが、意図せぬ自転車同士の接触や転倒といった事故の防止だろう。クラス別のレースでも事故を防ぎきれないことがあるのに、それをインクルーシブで行うとなれば難易度が高まることは想像に難くない。

実際、障がいがあると危ないから、とレース参加を断られた経験のある杉浦は次のように指摘する。

「自転車自体はメカニックの工夫で一人ひとりの状態に合わせた仕様にできます。また、例えば片足が短いなら段差を利用するなど、工夫すれば乗れるようになります。だけど、健常者は障がい者のことがわからない。何ができなくて、何を必要としてるのかは障がいによって全然違いますから」

そのため、「主催者側は、何かあったときのことを考えて、危ないんじゃないかということが一番優先されてしまう」と、分析する。

実はインクルーシブなレースの難しさは、参加者自身も感じている。もともと杉浦と同じ自転車チームでロードレースの経験もある小森雅之さんは、2024年11月に脳梗塞を発症し手足にまひが残ったが、自転車に乗れるまでに回復。今は多摩川沿いのサイクリングロードを愛車で走ったり、自宅のローラー台でトレーニングメニューをこなしたりするのが生きがいと言うが、集団で走るレースは別物だと語る。

杉浦と走った小森さんはレースならではの楽しさを感じたという

「今でも地面に足を着くタイミングがずれると、踏ん張り切れずにバターンと転ぶ恐れがあるんです。この会場のコースは途中に段差がある。そこで転ぶかもしれないと考えると、集団で走るのはまだ厳しいかな。以前は100人ぐらいの集団でも平気でしたが、今は50人程度でもちょっとこわいですね。健常者に迷惑をかけちゃうことになりますし」

オフロード自転車のレース中にケガをした影響で、今も手にまひが残る多田尚史さんも、「バイクコントロールとかブレーキングとかに難があるので、健常者のレースに入るのは、ちょっとハードルが高いんです」と同調する。

手にまひがあるという多田さん(水色のジャージ)

インクルーシブな大会は生きる希望になる

そうした懸念を承知のうえで、いかにインクルーシブな自転車レースを開催するか。それを考え、実行できたのは、健常者と障がい者、両方の立場を経験している杉浦だからこそだ。

今大会でまず工夫したのは、クラス分けだ。

杉浦はこう説明する。
「さすがに自転車の速度が違いすぎると一緒に走るのは危険では、との意見があったため、まずは一人ずつ1.5㎞のコースを1周する個人タイムトライアルを行い、その後、同じぐらいのタイムの人たちでクラスを分けてロードレースをすることにしました」

小学校高学年以上の参加者は、タイムの速い順に約10人ずつA~Dの4つのクラスに分け、それぞれの距離は30㎞(20周)、15㎞(10周)、9㎞(6周)、6㎞(4周)とした。また、小学校低学年と未就学児はそれぞれ3㎞(2周)、1.5㎞(1周)としたが、タイムを満たしていて本人の希望があれば、上のクラスで出走できることとした。さらに、各レースでは、ペースメーカー役が先頭を走り、杉浦が最後尾の参加者に伴走した。

かつて杉浦と同じチームだった68歳の小森さん

退院後、初めてレースに参加したという小森さんは、爽快な表情でこう語る。
「下から2番目のクラスで10人ぐらいの集団だったので、全然怖くなかったです。結果は一番下だったけど、次は勝負どころで抜いてやろう、このクラスで1位になろう、それができたら次は優勝しよう。そんなふうにいろいろと考えるのも楽しかったです」

参加したクラスで表彰台に立った多田さんも、今後への希望が開けたと充実感をにじませる。

「かつての自転車仲間の活躍を見て、応援はしているけど、本当は悔しいという気持ちもあったんです。今回も自分的にはギリギリな部分もあったのですが、皆さんが容認して、健常者と障がい者が分け隔てなく走れる環境を作ってくださったことに非常に感謝しています。そのうえ表彰台にも上がれて、久々に感動を覚えました。こういった大会で集団走行などのスキルを磨いて、ワールドマスターズゲームズ2027関西に出られればと思っています。さらに、かつて毎年走っていたツール・ド・おきなわにも復帰したいです」

ロードレース経験のある53歳の多田さん

参加者の生の声を直接聞いた杉浦も、「皆さんが喜んでくださったのが何よりうれしい」と感無量の様子。表彰式では、自身が所有するパラリンピックのメダルを入賞者の首にかけ、祝福。パラリンピックのメダルを首にかけるという貴重な体験も相まって、入賞者たちは大きな笑顔を見せていた。複数のメダルを持っている杉浦だからできることであり、メダルが持つ新たな可能性を感じさせる一幕だった。

こうしたインクルーシブな大会を広げるには、実施のためのノウハウの蓄積も必要だろう。だからこそ、2回、3回……と杉浦佳子杯が続いてほしい。

text by TEAM A
photo by Hiroaki Yoda

『パラリンピック金メダリスト杉浦佳子が実現させた「日本初のインクルーシブな自転車レース」』