「運動が苦手」を変えたのは練習じゃなかった。子どもの“自己肯定感”を育てる意外なアプローチ

2026.08.17.MON 公開

2020年にユニセフが発表した調査で、日本の子どもの精神的幸福度は38カ国中37位だった。背景にあるとされるのが、自己肯定感の低さだ。そうした子どもたちの自己肯定感を“運動”によって高めようとする企業がある。株式会社リィの代表取締役・廣瀬あゆみさんに、体を動かすことが子どもたちの心にどんな影響を与えるのか、どうしたら子どもたちの自己肯定感を高められるのかを聞いた。

なぜ今、子どもの自己肯定感が揺らいでいるのか

株式会社リィ代表取締役・廣瀬あゆみさん

文明が進化して世の中が便利になり生産性が上がるにつれ、人の身体活動(運動量)は減り、それが「心身の不調」に繋がっている。そう警鐘を鳴らすのは、株式会社リィのCEOである廣瀬あゆみさんだ。

こうした現状を打開しようと、同社は「80億人に運動を届けることで人類の心身を健康にする」という目標を掲げ、フィットネス事業を展開している。その事業のひとつとして2020年9月に児童発達支援「Lii sports studio」をオープン。わずか6年ほどの間に全国48店舗(2026年8月現在)をオープンするまでに成長した。

「1店舗目をオープンしたとき、想像以上の反響をいただき、こんなにも困っている子どもや保護者の方がいるんだと、びっくりしました。わざわざ遠方から高速道路を使って車で通ってくださるご家庭があったり、この地域にも作ってくださいと署名を集めてくれる方がいたりしました」(廣瀬さん、以下同)

文部科学省によると、「幼児が毎日、体を動かして遊ぶことは、身体的な側面だけでなく、精神面を含めた社会性の発達や認知的能力の発達などに対するよい影響も報告されている」という。特に6歳までの運動習慣は、その後の人生においても、とても重要な意味を持つのだそうだ。

しかし、一方で運動が苦手、集団行動ができないなど、さまざまな理由から運動をする機会に恵まれず困っている子どもたちもたくさんいる。

「子どもは放っておいたら勝手に走り出すくらい、本来は運動が好きな子がたくさんいます。ところが、運動を評価して成績をつけたり、順位を競い合ったりといった教育のかたちによって、運動が苦手、嫌いと自認してしまう子どもがすごく多いと感じています。

特に発達に課題のある子どもは、体育の先生の指示を聞けない、ルールを守って何かをすることが難しい、友達と一緒に同じことをするのが苦手といったことから、そうなりやすい。そこで、発達に課題があっても良質な運動の機会が得られるように事業展開を急いでいるところです」

保護者から自分の住む地域にも展開してほしいと要望される「Lii sports studio」だが、未就学児を対象とする運動発達支援を基本とした児童発達支援事業所のため、利用するには受給者証(正式名称:障害児通所受給者証)を取得する必要がある。しかし、同社が行っているプログラムは、どんな子どもにも応用できる要素を含んでいる。その一部を紹介していただいた。

自己肯定感を育てる4つの“やりたくなる”仕組み

4つのコーチングポリシーを活かした運動プログラムで笑顔になる子どもたち

まず、同社には4つのコーチングポリシーがある。その4つとは「リスペクト(Respect)」「エコロジカルアプローチ(Ecological Approach)」「Pump(パンプ)」「Sports(スポーツ)」なのだが、それぞれの頭文字をとって「REPS(レップス)」と呼ばれているそうだ。この4つを廣瀬さんに解説していただいた。

1.リスペクト(Respect)――子どもにもリスペクト(尊敬)の心を持って人として対等に関わる

「大人は子どもができないことがあると、周りの子どもや、自分が子どもだった頃と比べて焦ったり悩んだりします。でも、子どもは無理強いされると恐怖や危険を感じてしまい、それがストレスになってしまいます。結果として、その後の長い人生において運動から遠ざかってしまうということに繋がります。子どもは体が小さいですし、未熟ですが、うまく言葉にできないだけで、彼らなりに思っていることや考えていることがたくさんあるはずです。ですから子どもといえどもリスペクトの心を持って接する、彼らの気持ちを尊重するようにしています」

2.エコロジカルアプローチ(Ecological Approach)――個ではなく環境にアプローチ

「日本の運動教室はメディカルアプローチをしているケースが多く見られます。たとえば、ボールをより遠くまで投げられるように肘をしっかり上げましょう、などのフォームを改善するような身体的なアプローチです。 一方、エコロジカルアプローチは、子どもが自らやりたくなるような環境を設定するアプローチです。たとえば集中できない子どもに、指導者の方を見させる、やっていることに集中させる場合、極端な話をすると、周りに何もない状況を作ってあげる。そうすれば集中力のない子どもでも、指導者の方を見て、指導に集中できるというわけです」

3.Pump(パンプ)――バクバク、ドキドキ、ワクワクをつくる

「ドキドキするくらい心拍を上げようということです。たとえばウォーキングをする場合、何歩歩きましょうとか、何キロ歩いたかなど、歩数や距離にフォーカスしがちだと思うんです。もちろん歩かないより歩いた方がいいんですが、距離や歩数よりも心拍を上げる方が脳への刺激となり、脳から分泌されるセロトニンやオキシトシン、ドーパミンなどといったホルモンが活性化して、さまざまな作用が期待できます」

4.Sports(スポーツ)――好きなスポーツを増やす

「大人になっても運動習慣を持ち続けることは重要です。しかし、誰もが自分の意思でランニングや筋トレを習慣化できるわけではなく、できない人にとっては運動を継続すること自体が苦行のようになってしまいます。でも、定期的にジムに通うのは大変でも、自分が好きなスポーツだったら、エンタメとして続けられるんですよね。私もジムだと『仕方ない、行くか』と修業するみたいな気持ちになりますが、大好きなバレーボールならば行くのが楽しみだなと思えるんです。ですから、子どものうちにさまざまなスポーツに出会い、見たことがある、このボールに触ったことあるといった体験を積むことが、運動の習慣化には、とても重要だと思います」

跳び箱が怖かった男の子が変わった瞬間

子どもたちが楽しく運動できるように考えられた「Lii sports studio」の室内

こうしたコーチングアプローチに基づいた運動をしていくと、子どもたちに明らかな変化が見られるという。1つは気持ちの変化。たとえば、ある男の子の場合。その子は保育園で跳び箱を見るだけで教室から出て行ってしまうほど苦手意識を持っていたそうだ。そこで廣瀬さんたちは、彼が大好きな恐竜を使ったアプローチをした。卵に見立てたボールを持たせたり、草に見立てたマットなどを避けたりしながら、恐竜になりきって走り回ってもらう。そのうち慣れてきたら岩に見立てた跳び箱を1段追加。すると、恐竜になりきったその子は気がついたら跳び箱を跳んでいたという。さらに、その場面を動画で撮影して本人に見せたところ、「あれ? 僕、跳べてる!」と嬉しそうにしていたそうだ。

「それまでは気持ちのブロックが大きかったようなんです、でも自分が跳び箱を跳べている様子を視覚的に認識することで、そのブロックが外れたのだと思います」

その後、なんと彼は保育園で跳び箱の時間に見本を見せるまでになり、保育園の先生もびっくりしたという。こうした「自分はできる」という自己肯定感を持たせるようなアプローチのコツはどんなところにあるのだろう。

「失敗しても大丈夫」と思える子に育てるには

「Lii sports studio」ではどの子も楽しそうに身体を動かしている

自己肯定感を養う上で、「自分は失敗しない」と考えるのではなく「自分は失敗しても立ち上がれる」「自分は何があっても大丈夫」と思える「自己効力感」が重要だと廣瀬さんは語る。

「子どもの頃のスポーツ経験は、うまく投げられなくてももう一回やってみよう、次はこんなふうに投げてみようと、失敗しながら少しずつできるようになっていく、すごくいい機会です。そうした失敗から立ち上がる経験を重ねることで、自己肯定感も養われていくのではないでしょうか」

実際に「Lii sports studio」の中でも、どんな失敗があってもまずはチャレンジしたことを褒めるようにしているという。たとえばキャッチボールをしたら、まずはキャッチボールに取り組んだことを褒める。そこでたとえボールをうまくキャッチできなくても、ボールを追いかけたことを褒める。さらにもう一度チャレンジしたら、そのことを褒めるのだそうだ。

「スポーツの試合となるとそうはいきませんが、子どもの運動遊びの場においては『もうこの1球しかない、失敗したら終わりだ』ということはないので、9回失敗しても10回目で成功すれば、それが成功体験になる。しかも周囲も『諦めずに10回チャレンジしたね』とか『こういう工夫をしたからできるようになったね』などと、褒めポイントを見つけやすいという利点があります」

運動を通じて自信を育み、自己肯定感につなげるという方法は、発達に課題がある子どもに限らず、どんな子どもの成長にも応用できそうだ。


廣瀬さんたちは、児童発達支援の取り組みを海外でも展開しようとしている。その際、現地視察で訪れたドバイで興味深い出来事があったという。ドバイには世界中のあらゆる国のあらゆる文化、習慣を持った人が集まっているため、現地の学校では、宿題を忘れても、授業中に歩き回っても、日本ほど大した問題とは捉えられないのだそうだ。
日本の子どもたちの精神的幸福度も、良質な運動の機会を得て自己肯定感を持てるようになれば、おのずと上がるのかもしれない。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社リィ

『「運動が苦手」を変えたのは練習じゃなかった。子どもの“自己肯定感”を育てる意外なアプローチ』