東京パラ1年延期が生んだパワーバランスの変化と若手の台頭~ジャパンパラゴールボール~

2021.02.10.WED 公開

2021ジャパンパラゴールボール競技大会が2月6日から2日間にわたって千葉ポートアリーナで開催された。新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言下で、音の世界でプレーする選手たちの背中を押す観客の姿も声援もなければ、強力な対戦相手となる海外勢の姿もない。それでも、女子は11ヵ月ぶり、男子は14ヵ月ぶりの競技会実現に、選手たちは「久しぶりに試合の緊張感を味わえた」(女子のキャプテン天摩)、「感謝の気持ちで戦うことができた」(パラリンピック3大会出場の浦田)などの収穫を口にした。

「海外選手のボールを受けることができない不安はあるが、できることに注力している」とキャプテンの天摩

若手がぐんぐん力を伸ばす男子日本代表

オンラインで観戦したファンは、迫力ある男子の試合に引き込まれたに違いない。これまで同大会は、東京2020パラリンピック金メダル候補の女子代表の強化試合を中心に行ってきたが、今回初めて男子の公式戦が行われた。男子日本代表は世界ランキング10位。東京パラリンピック代表内定者は若手を中心としており、競技歴わずか2年の宮食行次を筆頭に急成長を遂げているチーム。パラリンピック本番でもダークホースになる可能性を秘めている。

182㎝の長身から繰り出すダイナミックな投球が持ち味の宮食(写真左)

男子の試合は強化指定選手をAとBの2チームに分けて2試合行われた。初日は、序盤、日本代表Bの両ウィングが速いテンポで攻撃を仕掛けたが、センター田口侑治を中心とした日本代表Aもレフトの宮食と、ライトの佐野優人が「相手がサーチしにくい」という移動攻撃で左右に散らして10得点。日本代表Bに10-3でまず1勝。

2日目、日本代表Aは山口凌河をライトに置く攻撃的布陣で臨んだが、日本代表Bもキャプテン川嶋悠太を中心に守り、試合は均衡した展開に。そんな中、日本代表Aは宮食が海外勢に太刀打ちできるよう磨いてきたというバウンドボールで相手の手先を弾いて得点すると、後半、山口に代わって入った佐野が緩急をつけた攻撃で得点を連取。日本代表Aが5-1で白星を飾った。

安定した守備でゲームメイクしたセンターの田口

「東京パラリンピックで全力を出し尽くし、金メダルを獲得する目標は変わっていません。去年からウエイトトレーニングを取り入れて、プレーの瞬発力などがアップしていると実感しているし、攻撃も守備も新しいことを選手同士で話し合い、すごくいい感覚があります」(田口)

昨年10月、女子チームの指揮を執る市川喬一監督が男子チームの監督も兼任するようになると、女子との格差を埋めるかのごとく男子の練習環境が変化。NTCイーストで長期の合宿を行えるようになり、宮食が「海外と試合をしていないこの間、僕たちは世界で一番成長していると思う」と語るなど、充実ぶりがうかがえる。

市川総監督は「東京パラリンピックが延期になった1年で日本代表の中のパワーバランスが変化しているが、長い期間一緒に練習を重ねている選手の成長を感じられたし、若手がガンガン動いていてよかった」と評価する。

攻守にわたって活躍した佐野。市川総監督がマンツーマンで指導しているという

さらに「俊敏性のある攻撃やスピーディな切り返しのスタンスを持った移動攻撃は、世界でも十分戦えるものを持っている」と市川総監督。

1年延期の期間は、パラリンピックに初出場する男子代表にとって大きな期待をもたらしている。

東京大会延期で再構築を迫られた女子日本代表

一方、「胸がときめくプレーなかった」と、市川総監督がコメントしたのが女子日本代表だ。

女子日本代表はすでに6人の選手が東京パラリンピックの日本代表に内定しているが、今大会の内容などを参考に、そのうち3人を見直す可能性があるという。

崖っぷちにいる一人の浦田は言う。

ロンドンパラリンピックでは鉄壁の守備の中心にいた浦田は43歳。「いつでも明るく引っ張るのが私の強味」

「パラリンピックは世界一を獲りに行く大会なので、直近で一番いい選手で構成されるべきと思っているし、チームとしてもそう認識している。私自身はチームの勝利のために、自分の役割をどれだけできるか。いいパフォーマンスをするということに集中して臨んでいます」

そんな中で行われた日本代表Aと日本代表Bの試合は、互いに決定力に欠け、延長戦でも勝敗が決まらず、0-0でエクストラスローに突入。2巡目で日本代表Aのエース欠端瑛子がクロスボールを枠から外したのに対して、日本代表Bの小宮正江が鮮やかに決めて試合を決めた。

ケガもなくコンディションを維持しているベテランの小宮(左)

その小宮は、2012年に日本がロンドンパラリンピックで金メダルを獲得したときのキャプテンだ。コンディションの面で選考見直しの対象になっているが、長いキャリアで培った、ここぞという場面での勝負強さは健在だ。

移動攻撃を強みとする45歳は、ライトに加えて、レフトの守備も強化しているといい、「誰かがケガをしてもしっかり守れるようにしたい」と献身的に取り組んでいる。

女子は2日目、海外トップ選手のスピードに対応できるように、男子クラブチームを中心とした混成チーム「Tsukuba tec」とそれぞれ対戦した。

日本代表Aは欠端が得意の回転投げで待望の得点を挙げたほか、20歳の萩原紀佳が2得点で勝利したものの、Tsukuba tecの安藤勇二のスピードに対応できず3失点と課題を残した。

センターの高橋は、以前よりも密なコミュニケーションを図ることができているという

守備の要として日本代表Aのセンターを守った高橋利恵子も、代表見直しの渦中にいる。

コロナ禍の自粛期間中にオンラインやメールで代表メンバーやクラブチームの仲間と連絡を取り合い、ゴールボールの楽しさを再認識したという。市川監督には不安定さを指摘されているが「ライバルであり大先輩の浦田選手と、センターとして日本チームを高め合っていけたらと思っている。メンバーに入れるように頑張っていきたい」と前向きに決意を述べた。

一方、前日は相手を無失点に抑えた日本代表Bは、Tsukuba tecとの対戦で激しい点の取り合いを演じた。残り4秒6で小宮がハイボールのペナルティを与えてしまい、それを安藤に決められ1点ビハインドに。万事休すかと思いきや、レフトの高田朋枝が対角のバウンドボールで同点ゴール。延長戦では交代で入った安室早姫が一投目でゴールを揺らし、劇的な勝利を収めた。

今大会でベテラン2人の奮起と若手・高橋の成長に期待した市川総監督は、今大会の内容を振り返り、現時点では決め手に欠けるとして頭を抱え「女子については、(延期前の)2020年の8月にやりたかったというのが僕の正直な思い」と複雑な胸の内を明かす。今回学業のためにエントリーしなかった男子の金子和也、女子の若杉遥を加え、最終的に男女各6人が東京パラリンピックで日の丸を背負う。日本代表は遅くとも4月に確定する見込みだ。

東京パラリンピックへのチャンスが残される萩原。得意の攻撃に加え、ひとりでゴールを守る「スタンディング」を強化中だ

伸び盛りのゴールボール男子日本代表と、延期の1年が重くのしかかる女子日本代表。国内の熾烈な代表争いを経て、ともに大舞台で金メダル獲得に挑戦する。貴重な実戦で課題と収穫を手にした選手たちは、残り半年も成長を続け、表彰台まで一気に駆け上がるつもりだ。

主催者のJPSAは「せっかく盛り上がった機運を盛り下げるわけにはいかない」と無観客での開催を決め、試合の模様をインターネットで配信した
【2021ジャパンパラゴールボール競技大会 出場チーム】

女子日本代表A(☆天摩由貴、☆欠端瑛子、佐藤アキナ、萩原紀佳、☆高橋利恵子
女子日本代表B(☆小宮正江、☆浦田理恵安室早姫、神谷歩未、高田朋枝)
男子日本代表A(☆宮食行次、☆田口侑治、☆山口凌河、☆佐野優人、萩原直輝)
男子日本代表B(☆信澤用秀、伊藤雅敏、小林裕史、辻村真貴、川嶋悠太)
男子クラブチーム(Tsukuba tec)(安藤勇二、穴見亘、窪野一輝、岸良隼人)

☆は現時点での東京パラリンピック内定選手

text by TEAM A
photo by Hideyuki Imai

『東京パラ1年延期が生んだパワーバランスの変化と若手の台頭~ジャパンパラゴールボール~』