車いすバスケットボール世界選手権「男子日本代表9位」が秘める可能性

車いすバスケットボール世界選手権 現地レポート
2018.08.31.FRI 公開

8月16~26日の11日間にわたって、ドイツ・ハンブルクで行われた車いすバスケットボールの世界選手権。男子はイギリスが優勝、女子はオランダが初優勝した。今大会、東京パラリンピックへの“最後のリハーサル”として臨んだ男子日本代表は、グループリーグ1位通過を果たしたが、決勝トーナメント1回戦でスペインに2点差で敗れ、「ベスト4以上」という目標を達成することはできなかった。これで2012年ロンドンパラリンピック、14年世界選手権、16年リオパラリンピックに続いて4大会連続で9位に終わった日本。しかし、そこには東京でのメダル獲得に向けて力強く前進している姿があった。

男子日本代表は「ベスト4以上」を目標に挑んだ

重苦しい空気を変えたチーム最年少・鳥海の存在

「ほっとしました」
初戦のイタリア戦に勝利した後、及川晋平ヘッドコーチ(HC)は開口一番にこう答えた。思わず笑みがこぼれたところに、指揮官が抱える責任の重さがひしひしと伝わってきた。

4年に一度の「世界一決定戦」の結果がもたらす意味は、2年後に迫った“本番”にとって非常に大きい。その初戦での勝利が、チームを勢いづけたことは間違いなかった。

2ヵ月前、国内で行われた「三菱電機ワールドチャレンジカップ2018」では、強豪であるオーストラリア、カナダ、ドイツを相手に4戦全勝し、完全優勝を遂げた。その時のことについて、エース香西宏昭はこう語っていた。

「とにかく初戦のドイツに勝てたことが大きかったと思いました。『あぁ、こうやって勢いに乗っていけるんだな』と。逆にドイツは、僕ら日本に初戦で敗れた後、全敗。やっぱり初戦に勝つか勝たないかでは、大きな差があるんだなと感じました」

日本のリズムを作った最年少の鳥海

しかし、今回の世界選手権では大事な初戦でチーム全体の動きに硬さが見られた。そんな重い空気を払拭したのが、鳥海連志だった。第2クォーターに入っても硬さが取れない中、2分過ぎ、鳥海がコートに入ったとたん、空気が一変した。「誰がキーマンなのか、どういうプレーが相手にとって嫌なのかを考えながらベンチで声を出していた」という鳥海は、コートに出るや否や世界トップクラスのクイックネスを惜しみなく発揮。その動きに合わせるかのように、試合はスピーディな展開へと変わっていった。これが日本に流れを引き寄せることになった。

「この試合は(鳥海)連志がギャップを作ってくれたよね。『あぁ、連志はやっぱりこういうところでちゃんと自分の仕事をしてくれる選手なんだな』と思いました」と及川HC。大舞台でもいつもと変わらぬアグレッシブにプレーをしたチーム最年少を称えた。

怖い者知らずの強さを発揮した秋田

そして、もう一人、初戦での勝利の立役者となったのが昨年から台頭してきた秋田啓だ。初めての「世界一決定戦」の大舞台にもひるまず、秋田はフィールドゴール(FG※1)を83%という高確率で成功させ、エース香西に次ぐ12得点を挙げる活躍を見せた。

※1 FG:フリースロー以外のゴールのこと
リオパラリンピック後から日本代表として活躍する秋田

すると、その秋田がグループリーグで最も強敵とされた第2戦、ヨーロッパ王者のトルコ戦でも魅せた。この試合も53%でFGを成功させ、チーム最多の18得点をたたき出した秋田。極めつけは、最後のフリースローだった。アンスポーツマンライク・ファウルを何度も取られ、イライラ感を募らせるトルコ。審判員への抗議を意味していたのだろう、スタンドに向けてブーイングを促すようなしぐさに、トルコの大応援団がブーイングの嵐を巻き起こし、終始会場は騒然としていた。

そんな中、第4クォーター残り7秒で秋田がファールを受け、フリースローを得た。会場中の視線がフリースローライン一点に注がれ、そしてトルコのスタンドから大ブーイングが巻き起こる中、秋田は見事に2本ともに決めてみせた。これでスコアは67-62。残り7秒で、トルコは少なくとも2本のシュートが必要となり、事実上、日本が勝利を手中に収めた瞬間だった。

ヨーロッパ王者のトルコに日本が初勝利を挙げたという快挙。その立役者となった要因について、秋田はこう語った。
「無知って強いなって実感しています(笑)。僕自身はこれが初めての世界レベルの大会。トルコにやられてきた過去を知らないだけに、意識せずにやれたことが大きかったのかなと思っています」

第3戦のブラジル戦に負けはしたものの、日本はグループリーグを堂々の1位で通過。「ベスト4以上」への可能性は十分に見出されていた。

決勝トーナメントで覚醒したベテランの藤本

力強いフィニッシュを見せたベテランの藤本

続いて行われた決勝トーナメント、日本が1回戦で対戦することになったのは、不運にもリオパラリンピック銀メダルの強豪スペインだった。グループ1位の日本は他のグループの最下位と当たるが、そのスペインはグループリーグでまさかの全敗を喫し、グループ最下位となっていたのだ。

だが、その強豪スペインに対しても勝算は十分にあった。1ヵ月前のイギリス遠征では、エース香西を欠いた中、さまざまなラインナップを試しながら、ディフェンスが機能し、オフェンスも後半に向けて得点力が増すなど、しっかりと手応えを掴んでいたからだ。

実際、この試合でもディフェンスはしっかりと機能し、守備力では明らかに日本が上回っていた。そんな中、若手の活躍に背中を押されるようにして奮起したのが、チーム最年長の藤本怜央だった。この日もベンチスタートとなった藤本は、第1クォーター残り2分のところでコートに立つと、そのわずか10秒後にはビッグマンたちに囲まれた中でのタフなショットを決めてみせた。それは久々に見た藤本らしい「力づくでねじこんだ」得点だった。

実は藤本はスペイン戦の前日、自ら及川HCと京谷和幸アシスタントコーチと話し合いの場を持ったのだという。
「グループリーグ3試合はチームに貢献できていなくて、このままでは決勝トーナメントに入ってもダメだと思ったんです。なので、自分の良くないところをはっきりと言ってもらおうと。いろいろとアドバイスをもらったことで、ゲームプランと自分の感覚とのズレを修正し、モヤモヤ感を吹っ切って臨めたのが良かったのだと思います」

しかし、今大会を通して課題の一つに挙げられていたチームの得点力は、この試合でも露呈し、第2クォーターでの日本の得点はわずか5点にとどまった。これが最後の最後に大きく響いた。第3クォーターを終えた時点で、両者の差は15点に広がっていた。

それでも日本に諦めのムードは一切なく、第4クォーターでまさに怒涛の追い上げをみせた。香西のミドルシュート、鳥海のレイアップシュート、豊島のフリースロー……次々と得点を積み重ねていく日本。そしてここでも躍動したのが藤本だった。藤本はスペインの厳しいマークにあいながらも、得意のティルティング(※2)で高さを出し、ベースライン際からの難しいシュートを倒れながら見事に決めてみせた。これで日本は残り3分で同点に追いついた。

結果的には、その後の一進一退の攻防に敗北し、50-52とわずか2点差で涙をのんだ。それでも、2年前のリオでは39-55と完敗を喫した相手との距離は確実に縮まったと言える。そして12人中11人をコート上に送り出し、どこからでも得点を取れるチームとなった日本に対し、スペインはスターティングメンバー5人がほぼフル出場という内容を見れば、今後の状況が厳しいのはどちらであるかは一目瞭然。リオ以降、日本が積み上げてきた成長は、パラリンピックの銀メダルチームを脅かすほどのものだったことが証明された試合だった。

※2 ティルティング:より高い位置でプレーするために、車いすの片輪を浮かせる技術
9位で世界選手権を終えた男子日本代表

最後は、9-10位決定戦でオランダとの接戦を制し、9位という成績となった。若手とベテランとの融合で“全員バスケ”を突き進む。日本にとって、この順位は決して停滞を意味するものではなく、今後への“希望”に映った。

<世界選手権・男子の最終順位>
日本車いすバスケットボール連盟・公式Facebook参照(8/30投稿欄に掲載)
https://www.facebook.com/JAPANWHEELCHAIRBASKET/

text by Hisako Saito
photo by X-1/JWBF

『車いすバスケットボール世界選手権「男子日本代表9位」が秘める可能性』