❝307❞の新記録が誕生! 2018ジャパンパラ水泳競技大会

❝307❞の新記録が誕生! 2018ジャパンパラ水泳競技大会
2018.10.01.MON 公開

9月22日から24日にかけて横浜国際プールで開催された国内最高峰の「2018ジャパンパラ水泳競技大会」。10月6日からはじまるアジアパラ競技大会を目前に調子を上げる日本代表に加えて、オーストラリアやアメリカなど水泳大国を含む8ヵ国から40人のトップスイマーが出場し、これまで以上にハイレベルなレースが展開された。

新記録続出の裏側

3日間で生まれた記録は、驚くべきことに、大会新記録「261」、日本新記録「40」、アジア新記録「6」の合計「307」。

400m自由形(S11)でアジア記録を更新した富田宇宙

主催者によると、これまで午前中に予選を行い、13時から決勝を行っていたところを15時30分の決勝スタートに変更し、選手たちがしっかりと休息してより高いレベルで泳げるような日程にしたという。それが選手たちには軒並み好評だった。

「これまで国内大会はどこか緊張感がなかったが、今大会は海外のライバル選手と泳げて楽しかった」と話したリオパラリンピック 50m自由形(S9) 銅メダルの山田拓朗は、「国際大会を標準とすると国内大会のスケジュールには違和感があったが、今大会は違和感がなく(インターバルが長かったことで)決勝にも集中して取り組めた」と言う。
また、大会期間も2日間から3日間に拡大。若手トップスイマーの池あいりは「いろんな種目に挑戦できるし、パラリンピックのシミュレーションができてうれしい」と満足顔だ。

さらに今大会は、各決勝レース前にプールへ入場する選手の名前がコールされ、パラリンピックさながら観客の視線を集める取り組みも。選手たちは、名前が呼ばれる間、ボードの前に立ち止まり、真剣な表情を見せたり、両手を上げてアピールしたりして、個性を際立たせた。

今回は、そんななかで大会を戦った選手たちの「記録」に注目した。

横浜国際プールで開催された2018ジャパンパラ水泳競技大会
決勝時に入場ゲートで名前がコールされた

シーズンベストは順調な仕上がりの証~下肢障がいの小池さくら

「たくさんの海外選手が来ていて、いまから緊張している」
前日記者会見でそう話した高校生スイマーの小池さくらは、大会初日に100m平泳ぎ(SB6)で予選、決勝ともに好記録をたたき出し、1分48秒48のアジア新を樹立した。レース前、選手同士で会話を交わして緊張を解き、リラックスして臨めたと振り返る。メイン種目の400m自由形でもシーズンベストの泳ぎをし、アジアパラでさらなる記録更新を狙う。両下肢が動かないため、体が沈まないよう速いピッチで泳ぐが、この日はピッチよりも大きくかくことを意識したことが好記録につながった。
今大会は、リオパラリンピック自由形(S7)で3個の金メダルを獲得したマッケンジー・コーン(アメリカ)も来日。表彰台の中央に上った彼女を見やり「2020年は彼女と対等に泳げるくらいになりたい」と誓った。

表彰台で笑顔を見せる小池さくら(左)とマッケンジー・コーン(右)

東京に向けて進化途中のアジア新~視覚障がいの木村敬一

「世界一の選手は、水泳に対する楽しみ方が違うんだな」
底抜けに陽気なマッケンジー・コーンを見て小池はそう言った。今大会は日本選手にとって、トップ選手のオンとオフの両面を間近で見られる絶好の機会でもあったが、同様に「リオの金メダリストの練習や生活を見てみたい」と渡米した選手がいる。8月のパンパシで50m自由形、100m平泳ぎ、100mバタフライ、200m個人メドレーの4冠を達成した日本のエース木村敬一だ。今春から、リオで木村の前に立ちはだかり3個の金メダルに輝いたブラッド・スナイダーと同じ練習拠点でトレーニングを積む。これまで自由形で泳いでいた持久力をつけるためのトレーニングをバタフライや平泳ぎでも行うようになったといい、生活も含めて厳しい環境で過ごすことで自らを鍛えているのだ。今大会は100mバタフライで1分1秒35のアジア新記録をマークした。

今大会3冠の木村敬一
力強い泳ぎを披露したアメリカのマッケンジー・コーン

アジアパラにつなぐ大会新&日本新~視覚障がいの辻内彩野

東京パラリンピックに向けて決意を新たにした新鋭もいる。21歳の辻内彩野だ。50m自由形(S13)では28秒72を出して大会記録を更新。だが、8月のパンパシフィックパラ水泳選手権大会で記録した28秒13には及ばず、「もっと冷静に泳げていれば……」と経験不足を口にした。元は健常の世界で戦う水泳選手で、高校時代は400mフリーリレーでジュニアオリンピックに出場。ケガなどで一度は水泳から離れたが、2016年のリオパラリンピックをテレビで見て「またレースに出て戦いたい」とプールに戻ってきた。
約2年のブランクを「まだ引きずっている」と言うが、今大会では「パラの世界に来てから」挑戦するようになった100m平泳ぎでは日本新記録を樹立。アジアパラでのさらなる記録更新に自信を見せている。

自由形を得意とする辻内彩野

ルール改正後の「両手ベスト」~上肢障がいの森下友紀

その辻内の高校時代の同級生であり、彼女に大きく影響を与えた人物がリオパラリンピック日本代表で左前腕欠損の森下友紀だ。 今大会は2位になった50m自由形(S9)などで憧れのエリー・コール(オーストラリア)と泳ぎ「リオでは見えなかったエリーの足が少し見えたし、キックも強く打てた」と成長を口にした。
最終日の100mバタフライ(S9)では、片手のバタフライから泳ぎ方を両手に変え、両手バタフライの自己ベストである1分09秒10で3位。しかし、100m自由形(S9)ではライバルの一ノ瀬メイに日本新記録を塗り替えられ、「自分もよかったが、メイちゃんもいい泳ぎだった。でもすごく悔しい……」と複雑な思いを口にし、あふれる涙をこらえきれなかった。この涙を糧にして、アジアパラではメダルを獲得するつもりだ。

笑顔なきアジア新記録~上肢障がいの中村智太郎

生まれつき両腕がない平泳ぎのスペシャリスト中村智太郎は、今年4月に障がいによって分けられるクラスがSB7からより障がいの重いSB6に変更になった。今大会では1分25秒39のSB6クラスのアジア新記録を樹立したものの、自己ベストの1分21秒97にはほど遠く、レース後も笑顔はない。クラス変更について「有利だとは思うが、自分の記録を出さないとメダルが獲れないので……自己ベスト狙っていくしかない」と前を向いた。現在34歳。2012年のロンドンパラリンピック100m平泳ぎで銀メダルを獲得した。東京パラリンピックで返り咲くことを期待したい。

世界記録を狙って出したアジア新~知的障がいの中島啓智

最終日。100m自由形(S14)の決勝で53秒99をマークして優勝した中島啓智は、レースを振り返ってこう話す。
「予選で(53秒50の)世界新を狙っていた。そうはならなかったけど、ずっと『54秒の呪い』があったので53秒台を出せてうれしい。(53秒99と54秒は)小さな差だけど、大きな一歩だと思う」。記録更新に胸を張った。
その前日、リオで銅メダルを獲った200m個人メドレー(SM14)は、ライバルの東海林大に1位を譲り、2位に終わった。それでも「いつもはすごい差をつけられるが、(4種目目の)フリーで抜き返せる状態だった」と手ごたえを口にする。手足が疲れて理想のラストスパートをかけられないという課題は明確。まだ19歳の中島の進化は止まらない。

リオパラリンピック後も進化を遂げる中島啓智

日本新記録を連発~知的障がいの北野安美紗

知的障がい女子のエースも絶好調だ。北野安美紗は100m自由形と200m自由形(S14)で予選、決勝ともに日本新記録をたたき出した。
得意なのは「ストローク数よりも、大きく泳ぐことを意識した」という200m。「アジアパラでは2分15秒台を目指します」。8月のアジア競技大会で6冠を達成した池江璃花子と同系列の所属クラブのジャージを着る。「中1から高2まで健常者の一番上の選手コースで泳いでいたのが強み。池江さんのような選手になりたいです」。これからが楽しみな15歳だ。

海外勢に食い込む活躍の北野安美紗(左)

さて、今大会は、種目によっては日本人のいない表彰式も多く、「これが現実」(峰村史世日本代表監督)と感じる一面もあった。選手はそれぞれ東京2020パラリンピックを見据えて“世界の中の日本勢の位置”を再確認する好機になったに違いない。次は、10月のアジアパラ競技大会。42人のスイマーを送り込む“トビウオパラジャパン”に注目だ。

200m自由形(S 14)で日本記録の東海林大
日本のS9クラス女子選手の憧れであるエリー・コール
150m個人メドレー(SM4)の名勝負は、予選で鈴木孝幸(左)が勝ち、決勝でキャメロン・レズリー(右)が勝利した ©X-1
中島や小野智華子(S11)の所属企業の応援席は盛り上がりを見せていた

text by Asuka Senaga
photo by Haruo Wanibe

『❝307❞の新記録が誕生! 2018ジャパンパラ水泳競技大会』