好きなサッカーができない……体験格差は何をもたらす? 子どもにチャンスを提供する重要性

2025.08.18.MON 公開

世界に数多くあるスポーツの中でも、1、2の競技人口の多さを誇るサッカー。プロサッカー選手を夢見るほどではなくても、ボールを蹴ることが楽しくて仕方ない、サッカー好きな子どもたちは多い。一方で、経済的な理由でサッカーをしたくても諦めざるを得ない子どもたちもいる。そんな子どもたちを支援する活動を行っているのが、love.fútbol Japan(ラブフットボール・ジャパン)だ。2006年にアメリカで誕生した団体の日本支部として2012年に設立され、2018年からはNPOとして本格的に活動をしている。子どもたちの体験格差という社会課題について、彼らの取り組みについて紹介しよう。

サッカーで子どもたちの居場所をつくるプロジェクト

日本各地から子どもたちと選手が参加してサッカー交流。子どもたちの夢がひとつ実現した

まず、経済的な理由でサッカーをしたくても諦めざるを得ない、とはどういうことなのか? サッカーをするには、グラウンドなどの場所、ボールやウェア、靴などの用具が最低限必要になる。場所は、クラブなどに所属していれば普通に与えられるものだが、参加費・会費などの負担がある。ボールやウェアなどを購入するにもお金が必要だ。それを賄うことができないために、大好きなサッカーをすること、続けることを諦めざるを得ない子どもたちがいる。その結果、子どもたちが自分の居場所を失ってしまうことを危惧し、日本でも活動を始めたのが、love.fútbol Japanの代表・加藤遼也氏だ。

「私自身、サッカー少年でした。社会人になり、海外でサッカーを通じた社会活動のキャリアを歩み始めた2012年に、アメリカのlove.fútbolの代表と出会い“サッカーコートづくりは、地域の人が自分の居場所を見つけるプロジェクトだ”という言葉に感銘を受けました。当時、日本では人と人との関係が希薄になる“無縁社会”が話題になっていました。スポーツをする場所を作り、そこを拠点として人の繫がりを豊かにし、地域課題を解決する活動は、日本にも必要だと考えました」(加藤氏、以下同)

経済的な理由、つまり貧困だが、それによって好きなサッカーができない、続けられなくなると子どもたちはどうなってしまうのだろう。

「今まであった自分の居場所を失うことの影響は大きいです。それによって自信を喪失し自己肯定感も低下します。悩みがあっても相談できる相手もいないので、孤立する子もいます。私たちの活動では、過去に非行に走る子もいました。遊ぶ時間、遊ぶ相手が変わったことが原因でした。その結果、子ども時代に必要な心身の成長機会が剥奪されてしまうのです。それは保護者も同様です。私たちが応援する家庭の90%以上は、母親のひとり親世帯ですが、自分の子どもに好きなことをさせてあげられず、親としての自尊心が傷つけられます。子どもの好きなことを応援したいから長時間働く。でも、そうすると、子どもと一緒に家にいられる時間がない。本当にこれでいいのか……というジレンマを抱えている方もいます。一般論ですが、家庭の貧困や格差は、親世代から子の世代へと連鎖することも指摘されています」

経済的な面だけでなく、精神的にも子どもたちを支える仕組みづくり

経済的な状況を理由にサッカーを諦めざるを得ない子どもたちに対し、love.fútbol Japanはどんな支援を行っているのだろうか。

まずミッションとして以下の2つのことを掲げている。

  1. 1.子どもたちが安心安全にスポーツができる環境を残していこう
  2. 2.サッカー界の力で困っている子どもたちを応援していく仕組みを作っていこう

この2つのミッションの下に行われている具体的な活動が3つ。

  1. 1.コミュニティ型のサッカーコートづくり
  2. 2.子どもサッカー新学期応援
  3. 3.1% FOOTBALL CLUB

「1つ目は、子どもたちが誰でも無料で遊べるミニサッカーコートを地域の仲間とつくる活動です。今はサッカーするためにお金がかかりますし、公園でも学校でもボール遊びが難しい。子どもたちが誰でも遊べる場所を次の世代にのこしていけるようこの活動をしています。日本では神奈川県の逗子に1つあります。場所ができたことで、学校前に朝7時からみんな集まって遊んでいますし、サッカーに限らず、いろんなスポーツを楽しんでいます。これから毎年1か所、日本のどこか必要な町につくれるよう、力を入れています。

2番目は、経済的な貧困等を理由にサッカーをしたくても始められない、続けることが難しい小学1年〜大学1年生を応援する活動です。家計の負担が大きくなる新学期に合わせて、サッカーの費用に使える奨励金5万円の給付や用具寄贈をしています。また物理的な支援だけでは補えない心の課題に対して、プロサッカー選手たちと協力して精神的なサポートをしています。合わせて、調査もおこない、この分野の課題とニーズを可視化して、サッカー界と共有しています。これまで5年間で、45都道府県の2100人以上の子どもたちを応援することができ、給付した奨励金は2400万円を超えています」

これらの活動を支える資金となるのが、3番目の1% FOOTBALL CLUBという仕組み。プロサッカー選手が年俸などの1%、サッカーにまつわる活動をしているコミュニティが活動資金の1%を寄付し、その“サッカー愛を、次世代につなぐ”プラットフォームとなっている。現在プロサッカー選手が20名以上、17組のコミュニティが支援に加わっている。さらに、試合観戦に招待したり、オンライン・オフライン共に交流の機会を設けるなどして、プロの選手が精神的なエンパワーメントの役割を持っていることも重要だ。

「love.fútbol Japanに対するサッカー界の受け止め方はいろいろです。自分もひとり親家庭に育ったので支援をしたいという方もいれば、サッカーはお金がかかるのだからしょうがない……と言う方もいます。一方で、支援を受けた子どもたちが選手と交流する中で、『自分も大人になったら同じような境遇の子どもたちを支えたい』と言ってくれることが年々増えてきています。嬉しいですね」

重要なのは、自分たちに何ができるか可能性を見つけていくこと

諦めている子どもたちを支援する仕組みをつくり育て、若い世代へ行動で示していくことが重要

サッカーをしたくても経済的な理由で続けることができない子どもの規模感を知る指標となるのが“貧困率”だ。ある国や地域において、所得の中央値の半分に満たない所得しか得ていない者の割合を示す指標を“相対的貧困率”というが、厚生労働省が2021年に発表した日本の子どもの相対的貧困率は11.5%。約9人に1人が貧困状態にあり主要7カ国の中でも上位である。この数値を見れば、サッカーをしたくてもできない、諦めている子どもがかなりいると推測される。

この実態を踏まえ、love.fútbol Japanと協働するサッカー選手の数、コミュニティの数を多いと見るか少ないと見るか、加藤氏はどのように考えているのだろうか。

「周囲では、もっと多くの人が協力すればいいのにと言う人は結構います。ただ、現状の数字はスポーツ界がこの何十年積み上げてきた歴史を反映した結果だと思っています。社会活動は、競技面やビジネス面ほど積極的には進められてこなかった。今、スポーツ界に生きる者として、選手たちと一緒に仕組みを作り、育て、若い世代に行動を示すことで、たとえば5年後、より多くの人が協力する環境を作っていくことが大事だと考えています」

それには、まず経済的な理由でサッカーをすることを諦めている子どもが少なくないという事実を知ることからだろうか。

「“知ることから始める”というのは(取り組みやすいので)非常に優しい言葉ではあるのですが、社会課題の解決に関しては“知ること”を重要視しすぎる風潮があると感じています。“知ること”(で満足してしまうこと)は、私たちの可能性を制限しているのではないかと。私たち個人個人にできることはもっとあります。ですから、社会課題を知るために伝えるだけではなく、私たちの可能性について話すことで、一緒に考え、議論してできることを増やしていきたいですね」


経済的な理由で好きなことができない、続けられないというのは、居場所の喪失につながり、ひいては自己肯定感の低下や未来への絶望をももたらす。日本の子どもたちはある調査によれば、放課後に週2日以上ひとりで過ごす子が41%(米国18%、ドイツ21%、韓国28%)にのぼり、29.8%が孤独感を覚え、自分に価値があると思える子が9.6%しかおらず、自己肯定感が極めて低いという。この数字に衝撃を覚える方は少なくないだろう。日本の将来のためにも、love.fútbolのような活動は重要だと言えるのではないだろうか。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:love.futbol Japan

『好きなサッカーができない……体験格差は何をもたらす? 子どもにチャンスを提供する重要性』