【追っかけコラム】日本女子唯一の100㎏超えパワーリフターの飽くなき向上心

2025.10.10.FRI 公開

2025年3月の全日本選手権。田中秩加香(たなか・ちかこ)は、パラ・パワーリフティングの女子日本選手として初めて100㎏を挙上した。

「キリのいい100kgを挙げられて素直にうれしい。ほっとしました」

そう笑う田中は、コロナ禍でトレーナーに誘われたことがきっかけで競技を始め、競技歴わずか3年で国内トップに定着した、注目のパラアスリートだ。100㎏の大台を突破した女子73Kg級&79Kg級の日本記録保持者は、2025年10月の世界選手権(カイロ)でさらなる記録更新を狙う。

非公認では2024年10月に104kgを、12月に107㎏を挙げており、100㎏挙上は時間の問題だった

もっと吸収したい

パラリンピック競技のパワーリフティングは、障がいのクラス分けはなく、体重別で重いバーベルを挙上した選手が勝者となる。脊髄損傷や切断など下肢障がいのある選手が試合に出場している中で、田中にはさらに視覚障がいもある。そのため、試合でも練習でも人一倍の苦労があるのだ。

肢体と視覚の重複障がい。試技では、うまくいったときの感覚を大事にしているという

重複障がいのアスリートが、試合や遠方の練習に参加するには、他者からのサポートが必要になる。7月、都内でブラジル人コーチを招聘した日本パラ・パワーリフティング連盟の強化合宿があり、田中は自ら付き添い体制を整えてほぼ全日程参加した。座学によるトレーニングメニュー紹介の時間もあった。英語で話すコーチの言葉は翻訳アプリを駆使して理解したものの、モニターを使って紹介される説明を理解するのは、視覚障がい者には難しい。とくに身体の動きの動画は一般の同行者に読み取って伝えてもらうのが難しいため、この合宿には現役のトレーナーやスポーツ歴のある人に日替わりで同行してもらっていた。合宿に参加する田中から、競技に対するモチベーションの高さとともに、苦労が垣間見えた。

多くを学び吸収したい気持ちがある一方、すべての情報を得る難しさという歯がゆさもあるだろう。それでも、「新しいことを取り入れることができて充実している」と前を向く田中からは、しなやかな強さが感じられた。

先天性二分脊椎症の田中は5歳から視覚障がいに。陸上競技(車いす)の競技経験もある

次なる目標

1年前のパリ2024パラリンピックは記録が足りず、出場できなかった。同日本代表の吉田進監督は、「次は110㎏を挙げてほしい。1年ごとに5~6㎏伸ばして、世界上位8位以内に入れればロサンゼルスのパラリンピックに行けると思います」と田中に期待を寄せている。

前回2023年の世界選手権(ドバイ)は記録なしに終わり、悔しさを味わった

本人は、まだロサンゼルスを目指すとは公言していない。だが、目標である100㎏を区切りに、「またさらに上を目指したい」という気持ちが湧いてきたようだ。

女子のエースは、控えめに話す。
「世界を見たら、追いつけるレベルじゃない。引き続き、自分の記録をちょっとずつでも挙げていくだけです」

ブラインドフットボールの東京2020パラリンピック日本代表である夫とともにパリパラリンピック出場を目指していた

そして、まもなくロサンゼルスに出場するために必須の大会である世界選手権を迎える。

「3月に100kgを挙げたときは疲労や風邪などでパワーダウンしていました。今は取り戻せてきたので、世界選手権では最低110kgは取って、取れるなら111kgを取りたいです」

いつもは温和な田中の瞳に、負けん気の強さが映った。

text by Asuka Senaga
photo by Atsushi Mihara

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