不登校児を運動トレーニングで支援! 運動を通してできることを増やし自信回復に

不登校児の増加が問題となって久しい。子どもが不登校になる理由はケースバイケースで、一概に効果的だと言える対策はあまりない。名古屋に拠点を置くケンリハスポーツキッズは、障害児通所支援事業を手がける施設だが、不登校児に身体を動かす時間を持たせることで状況を改善する取り組みを行っている。運動が子どもにどのような効果を及ぼすのか、ケンリハスポーツキッズに話を聞いた。
障害児通所支援事業を学校に通えない不登校児のためにも
文部科学省の調査によると、小中学校で年30日以上欠席した“不登校”状態にある児童は過去11年連続で増加、2024年には34万6482人となり初めて30万人を超えた。“何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない”状況にあること(ただし、病気や経済的な理由によるものを除く)が“不登校”と言われている。子どもが学校に行かず家に閉じこもっていると、学習の遅れはもちろんのこと、精神的なストレスや運動不足も心配だ。そんな不登校の子どもたちを対象にしたトレーニングを行うケンリハスポーツキッズは、障害児通所支援事業を行っている。
「ケンリハスポーツキッズの手がける“障害児通所支援事業”とは、主に発達障がいのお子さん(園児から小学生)を対象に、スポーツを通じて集団行動をしてもらうことで友だちとの関わりや協調性を学び、社会適応能力の向上を目指して療育を行うものです。利用されているお子さんの多くは、集団行動や友だちとの関わりが苦手な方が多く、不登校になってしまうのではないかと心配する親御さんもいます。そんな中で、既に不登校になってしまった方に対しても、力になれないかという思いから、不登校児に対する支援も行うようになりました」
そう語るのは、ケンリハスポーツキッズ上社の責任者・林昌克氏だ。不登校児を対象にしたトレーニングとは、具体的にはどのようなことを行っているのだろうか。
「私たちがやっているトレーニングには3種類あって、平日夕方に10名程度で行うグループトレーニング、土曜日午後に少人数で行うSGトレーニング、そして平日午前中に行っているのが不登校児を対象とした、指導員とマンツーマンで行うペアトレプラスです。準備運動に20分、最後のクールダウンに10分程度、その間に3つないし4つのメニューをこなし、全体で1時間40分のコースになっています」(林氏、以下同)
重要なのはできることを増やし、自分を好きになること
原因はさまざまあるとは言え、学校に行きたくない子どもがジムに行き指導者とのマンツーマンで身体を動かすというのはハードルが高いのではないかと思うが、実際子どもたちはどんな反応を示すのだろうか。
「トレーニングを始めるにあたって、まず保護者と面談をしてお子さんの普段の様子や、どうして学校に行かなくなってしまったのかなどをお聞きします。運動がどのぐらい好きかとか、コミュニケーションの取り方などを伺うことによって、その子どもに合った身体の動かし方というのが少し見えてきます。私たちは、明日明後日にすぐ結果が出るとは思っていません。長い目で見ていますから、最初の1ヵ月ぐらいはコミュニケーションをたくさん取って、空間に慣れてもらい、指導者との信頼関係構築から始めます」
たとえば、ある女子は口数は少ないが跳び箱が大好きで、何度も何度も繰り返し跳んでいるのだという。跳べる段数が上がっていくと嬉しそうにしていて、コミュニケーションも増えていく。ある男子は、学校の雰囲気に馴染めないことが不登校の原因だったようなので、できることはいろいろあるだろうと指導員は判断した。ゆえに子ども扱いせず、対等にひとりの人間として接していくことにより、大きな成長が見られたそうだ。
「お子さんとの関係が構築できたら、“好きなこと”を見つける時間、自信を持つことができるように“できること”をやっていく時間というものをトレーニングメニューのメインとしています。自信を持つためには、自分のことを好きじゃないといけない。自分のことが好きになって、あれはできないけどこれはできるというものが見つかれば、そのできることを活かせる場を私たちが作ってあげればいいのです。自信を持つことができて自分のことを好きになれば、他人のことも好きになれるのではないでしょうか」
先入観を持たず、今日、今の状態を見て認めてあげる
自分のできることを見つけて自信を持ち、自分を好きになるには、どちらかというとチームスポーツというより、跳び箱や鉄棒、縄跳びやマット運動などが適しているのだという。
「縄跳びで、前回し跳びはできるけれども二重跳びができなかった子が、二重跳びができるようになったり、跳び箱も3段までしか跳べなかったのが、4段、5段と跳べるようになると成長を目に見えて感じることができます。ですので私たちは、ゼロか100かではなく、プロセスも褒めるというより認めるようにしているのです。褒めるだけだと、褒められなきゃやらないというようになってしまいますから。たとえば、もし跳び箱を3段から4段にしたときに跳べなかったら、“もう少し踏切を強くやってごらん”と言い、それで跳べなくても“さっきよりも音が良かったよ”とか“ちょっとだけ前に行ったよね”“お尻の位置はいいから、今度は手をもう少し前に出してみようか”などとアドバイスする。事実を伝え認めてあげるということが大事だなと思っています」
前回できたことが今日はできないということも往々にしてあるようだ。だからこそ、林氏が語るように長い目で見ることが重要なのだろう。
「先入観を持ちすぎないことも大事です。今日ここに来たときのお子さんの状態をちゃんと見てあげる。体調やその日の気分がどうなのかを見ながら、今日はこれとこれをやろうねと提案してメニューを組み立てていきます。全部お子さんの好きな運動だけになってしまってもいけないので、好きなものを織り込みつつ、苦手意識があってストレスを感じそうなものも少しだけ入れていったりもします。そうすると、できることが多くなって自信を回復する効果も大きくなります」
基本的には指導者とのマンツーマンだが、同じ時間に来ている子どもがいれば、ちょっとずつ空間を共有して、5分~10分一緒にボール投げをするなどといった時間をもつこともあるそうだ。
「学校や社会では集団での指示が多く、人の話を聞く、ルールを守って活動するなどの社会性が必要になってきます。ですからケンリハスポーツキッズでは、友だちと一緒に体を動かして、協力意識(友だちのために準備を行う)、仲間意識(友だちが頑張っているから僕も頑張るなど)、競争意識(○○君には負けたくないなど)を養っていき、そのような中で人と関わり、友だちとの距離間、空気を読むことを学んで社会性を養い、学校に通えるようになることを目標としています」
ケンリハスポーツキッズは、名古屋市内に8つの事業所がある。その事業所の枠を越えて保護者が集まり、悩みや思いを共有する場も設けているそうだ。
「子育てには正解はありません。ネットでいろいろな情報を知ることは出来ますが、それが自分の子どもにも当てはまるとは限りません。親御さんは試行錯誤を繰り返しています。そういう思いをみんなで共有することで心が軽くなることもあります。運動や社会性を養うといったことは、私たちのような事業者にお任せいただいて、保護者の皆さんは家ではなるべくお子さんと喧嘩をせずにお互いにニコニコしていただきたい。失敗談なども話していただいて、自分だけじゃないんだと思っていただきたいと思います」
不登校児は、今のところ増加し続けている。要因のひとつと言われるいじめなどの対策はもちろんだが、このように運動、身体を動かすというアプローチを通して社会性を養い、再び学校に通おう、友だちとコミュニケーションをとってみようという気持ちになるのをサポートするのも重要な方法のひとつであるようだ。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:ケンリハスポーツキッズ