日本選手権で優勝! 世界のトップシーンで活躍する知的障がいスイマーのいま

日本選手権で優勝! 世界のトップシーンで活躍する知的障がいスイマーのいま
2025.07.02.WED 公開

6月29日に横浜国際プールで日本知的障害者選手権水泳競技大会が開催され、413選手が出場。日本新10、大会新19、大会タイ1の記録が誕生した。

日本一をかけて争う本大会は、世界で活躍する選手たちの大切な通過点でもある。4月に日本で初めて開催されたパラ水泳のワールドシリーズ(静岡県富士市)で金メダルを獲得した知的障がいのあるスイマー2人の勇姿も光った。

24歳の世界王者が存在感

ワールドシリーズの100m平泳ぎで自身の世界記録を更新する1分02秒64をマークした山口尚秀は、今大会でも世界記録を狙っていた。

世界記録保持者の山口

力強いストロークでぐんぐん進み、他の選手を大きく突き放した山口は、1分02秒82(大会新)でフィニッシュ。

世界記録更新ならず、客席から「惜しい……」とため息が漏れた後、拍手が湧いた。

惜しくも世界記録更新とはならなかった

大会を大いに盛り上げた、この日の主役は「世界記録を出したかったけど、(1分)02秒台が出せたからよかったかな」と振り返った。

100m平泳ぎの4連覇が期待されるシンガポール2025WPS世界選手権では、100m平泳ぎ、100m背泳ぎ、200m個人メドレーで日本代表に選出された。日々コーチと相談しているというコンディション調整がうまくいけば、再び世界記録更新も夢ではない。

ワールドシリーズで世界新をマークしたときは「(29秒57で折り返した)前半は思うようにいかなかった」と言うが、「今回は(29秒07で折り返した)前半から調子がよかったんじゃないかなと思うし、後半もそこまで慌てることなくしっかり粘ることができた」と自己評価も悪くなかった。記録更新のためには、レース戦略がカギになるようだ。

ワールドシリーズでの世界記録を称えてトロフィーが贈られた

東京パラリンピックの金メダリスト。昨年のパリでは大会直前に左足を骨折し、本調子ではなかったものの銅メダルを獲得した。

その後も、モチベーションを保って上腕の筋力アップなどに励み、今なお進化の過程にいる。本人も「昨年のパリパラリンピックで世界記録を出したかったけど、まだまだ速くなれるという実感はもちろんあります」と話しており、2028年のロサンゼルスで世界記録と金メダル奪還の期待が膨らむ。

山口は笑顔で写真撮影に応じた

知的障がいを伴う自閉症と診断された幼い頃から活発だったという山口。体を動かすことが好きな一方、囲み取材では読書家ぶりを垣間見せることがある。インターネットや図書館の本で情報収集していると言い、この日もオリンピック・パラリンピックの歴史について話してくれた。

「昭和7年のロサンゼルスオリンピックは、各競技が金メダルラッシュですごい快挙だった。今度のロサンゼルスパラリンピックは屋外のプールということで、昭和7年のオリンピックのような感じでポジティブに捉えていけたらいいかなと思うんです」

ベテランの風格漂う24歳。輝かしい水泳のキャリアはまだまだ続いていきそうだ。

思い出のプールで漂わせた充実感

100mバタフライで自身3度目になるシンガポール2025WPS世界選手権の代表入りを決めた松田天空(あんく)は、今大会は、100バタフライ、200mバタフライ、400m自由形の3種目に出場。タフなレースを泳ぎ切り、「一番いいパフォーマンスではなかったけど、速い選手たちと泳いでいい情報が取れた」と充実した笑顔で振り返った。

スタート前の松田

ワールドシリーズでは、100mバタフライを57秒75の好タイムで泳いで金メダル。この日は58秒20(大会新)だったが、「今大会のメインである200mバタフライ(編集注:非パラリンピック種目。8月に開催される2025Virtus水泳世界選手権の実施種目)を見据えて力みすぎないで泳ぐことができた」と納得の表情で語った。

100mバタフライの表彰は自身がデザインしたウエアで登場した松田(中央)

200mバタフライは同じNECグリーンスイミングクラブで練習に励む村上舜也に自身の持つアジア記録を塗り替えられたものの「最後の50mがよくなったし、目標にしていたラップを刻むことができた。勝負は2位だったけど、パターンはつかめた。8月の大会ではアジア記録を出したい」と話し、Virtus水泳世界選手権で記録を取り返すことを誓った。

400m自由形も、同じスイミングを拠点とする片足切断の川渕大耀の隣のレーンで泳ぎ、同レースでアジア新を更新した川渕の泳ぎに刺激を受けた。

「自分は中盤を抑え気味に泳いでしまうところがあるんですが、川渕選手のレース配分を見ると、いつも練習でやっている通りにレースでも泳いでいる。それを参考にしてやってみているのですが、今回のレースも参考になりました」

障がいは違うがチームメートとして交流がある川渕(左)のアジア新を喜んだ

松田はスペシャルオリンピックスに参加したことがきっかけで競技に出会い、14歳で日本知的障害者水泳連盟に登録。今や国際大会の常連だが、パラリンピックに出場したことはない。東京大会は派遣標準記録を突破しながらも、国際クラスを持っておらず、選考対象にならなかった。そして、パリ大会は落選して“補欠”。昨年の選考会後は水泳の大会から離れ、日本選手権も出場しなかったが、今年は2年ぶりに戻ってきた。

「いつもこの時期にどんどん調子が上がっていったりするので、それを久しぶりに味わえたかなと思っています」

バタフライが得意種目の松田

2022年に今回と同じ横浜国際プールで行われた日本選手権では、200mバタフライで当時の世界記録を更新。「一番好きかもしれない」と語る、思い入れのあるプールで、多くの収穫を手にした松田は、最後にこう語った。

「たとえ苦手なことが多くても、どんな道をたどっても必ずチャンスがあるというのを示せるアスリートになれたらいいなと思います」

23歳の松田は、これからも自分らしく輝く。

text by Asuka Senaga
photo by X-1

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    水泳

    己の残存能力を活かして水をとらえる

『日本選手権で優勝! 世界のトップシーンで活躍する知的障がいスイマーのいま』

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