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Sports /競技を知る
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【共に戦うパラスポーツギア】「雪上のF1」アルペンスキー、高速滑走の秘密は<チェアスキー>のシートにあり!

パラスポーツの土台には、「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ」という“パラリンピックの父”の教えがあります。そこで重要な役割を果たすのが用具。ときに選手の身体の一部ともなって、最高のパフォーマンスを引き出す力になります。ここでは、ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会で日本選手にメダル獲得の期待がかかる「アルペンスキー」の「チェアスキー」にフォーカス。どんな工夫が隠されているのでしょうか。
高速滑走やターンを実現するチェアスキー
チェアスキーは、下半身に障がいのある選手がアルペンスキーで使うスキーです。1枚のスキー板の上にシートを取り付けていて、シートとスキー板の間には、シート全体を支えるフレームや、衝撃を吸収するサスペンションが組み込まれています。選手はシートに座って両手にアウトリガーと呼ばれるストックを持ち、雪の斜面を滑り降ります。
選手が用意する用具の例
・チェアスキー
・アウトリガー:両手に持つストック。先端に小さなスキーが付いていて、バランスを取ったり、曲がったりするときに使います。
・ヘルメットやプロテクター:高速滑走によるケガのリスクを減らすために着けます。
競技用はオーダーメイドで素材も異なる
チェアスキーは大きく4つのパーツに分かれています。
・フレーム:全体を支える骨組み。アルミなどの金属で作られているため、軽くて丈夫です。
・サスペンション:衝撃を吸収する装置。滑走中の衝撃や振動を吸収して滑りを安定させるため、油圧シリンダーが内蔵されています。
・カウル:足を覆う部分。滑り降りるときの風の抵抗を減らします。
・シート(バケットシート):座る部分。お尻や腰にぴったり合うようオーダーメイドで作ります。シートの背面(腰を支える部分)で上体の傾きを、フレームでシート全体の高さを調整します。
スピードの日本モデルか、安定性のフランスモデルか
シートとスキー板をつなぐフレーム。軽いほどスキーの操作がしやすく、動きがスムーズになります。同時に、デコボコした雪面を滑ったときの衝撃やターンの際にかかる、ねじれの力にもしっかり耐えられる強さも必要です。
日本では長野パラリンピックがあった1998年頃からチェアスキーを開発しており、当時は世界のトップ選手の6割が日本モデルを使うほど支持を集めていました。
人気の理由は、ターンの加速力です。日本モデルは、ターンの過程に合わせてシートがリクライニングするように沈み込んだり起き上がったりするのが特徴。スキーを押し出すように滑り降り、ターンの後半や切り返しのときにはシートが起き上がって加速します。そのため、コースが急勾配ではない斜面や雪面が硬くてきれいなとき、ベストな滑りができたときなどには最速のタイムが期待できます。
一方で、ターンの切り返しのときにお尻が跳ねたり、荒れた雪面では身体が前方に投げ出されたりすることもあります。実はパラリンピックでは立って滑る選手のあとに座位の選手が滑るため、コースが荒れていることがほとんど。日本モデルは転倒リスクも高く、乗りこなすには高い技術が必要ともいえるのです。
これに対し、安定感を最大の特徴としたフレームとして、2014年のソチ大会以降に登場したのがフランスモデルです。フランスモデルでは、シートの座面と背面の角度が一定のまま滑走し、ターンの切り返し時も投げ飛ばされることはありません。重心の移動が小さいことで荒れたコースでも揺れが少なく、転倒のリスクも低く抑えられています。そのため、思い切ってコースにアタックできることから、現在は世界の多くの選手がフランスモデルを使っています。
トリビア
競技用のチェアスキーは、フレームだけで50〜60万円、カウルは約100万円、シートも70万円ほどします。さらにバランスを取るためのアウトリガーも数万円から十数万円と、すべてをそろえると、自動車が買えてしまうほどです。
製作後もシートの調整は続く
シートは、型取りして作った後も、滑走中に身体との間に隙間ができないよう部分的に削ったりスポンジを足したりして、フィット感を調整します。また、背面の角度も大切です。背面を立てると上半身が起きるため、腹筋や上半身の力で前方に押し込む力を出しやすくなります。逆に角度を深くして寝るような姿勢にすると、安定感が増します。角度や姿勢はスキー板への力の伝わり方にも影響するため、選手はその日のコンディションに合わせて、何度も座り直してベストな位置を探します。
チェアスキーは、フレーム、サスペンション、リンク、シートなどを選手が自分で調整し、コースや自分のコンディションに合わせて仕上げていきます。F1やバイクが好きな人なら、精密なセッティングと操縦感覚にきっと惹かれるはず。ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会では、人と技術が共に進化するスポーツの魅力を感じてください。
教えてくれた人
text by TEAM A
photo by Hiroaki Yoda,X-1