LA五輪採用の注目競技「オブスタクルスポーツ」って? 徳島県に国内初の公認コースが誕生!

2028年に開催されるロサンゼルスオリンピックで、近代五種のひとつとして採用される“オブスタクルスポーツ”をご存じだろうか? オブスタクルとは障害物のこと。いわゆる雲梯や高い壁などさまざまな障害物をきちんとクリアして速さを競うゲームだ。その常設の公認コースが徳島県吉野川市に設置され話題を呼んでいる。どんなコースでどんな人たちが集まっているのか、日本オブスタクルスポーツ協会・四国ブロック長であり、このコースの建設を請け負った会社の代表でもある松島光作氏にお話を伺った。
子どもからプロ・アスリートまで力を競い、自分の得意技がわかるスポーツ

2024年4月、徳島県吉野川市に設置されたオブスタクルスポーツの公認コースは、全長100mの直線上に12個の障害物がある。左右に置かれた斜めに傾いた板(ステップ)を落ちないようにリズミカルに踏みながら前に進んでいくGiant Step(ジャイアントステップ)や、頭上に渡されたバーを左右の手で交互に懸垂しながら前に進んでいくMonkey Bars(モンキーバーズ)、そして圧巻は最後に立ちはだかる4mの巨大な壁Finish Wall(フィニッシュウォール)。これは、手や足を掛ける場所が一切ないので、思い切り助走をつけて駆け上がり、何とか頂上に手をかけて体を引き上げる必要がある。握力や筋力、バランス感覚など、あらゆる運動能力が要求されそうなスポーツだ。腕の力が足りず、途中で落ちてしまったり、壁を登り切れなかったり、なかなかハードルは高い。このオブスタクルスポーツの魅力はどのようなところにあるのだろうか。
「全身を使うスポーツなので、体を鍛えている方々が集まれば、身体能力を競い、自分の力をアピールすることができます。一方、子どもであれば、ここで自分が得意な動きを知ることによって、これから自分はどんなスポーツをしていこうと思うきっかけになるのではないでしょうか」(松島光作氏、以下同)
このコースに設置された12のハードルは、ひとくちに障害物と言っても、腕を使ったり、脚力がものを言ったり、柔軟性が必要なものもある。たしかに大人であれば、自分の力試しの場として楽しめるが、成長過程にある子どもには、自分の得意技を知るツールになりそうだ。
「先日、子どもたちを集めて教室を開催しました。初めてのお子さんたちが多かったのですが、意外にスイスイとコースを進んでいけるんですね。もちろん握力、腕力は大人には敵いませんけれども、体重が軽いので、意外に大人よりハードルが低いのかもしれません」
実際に参加した子どもたちは、「楽しかった、また来たい」「あっという間の1時間だった」という感想が多く、父兄たちからも「説明もわかりやすく、安全にできてよかった。体験会をまた開いて欲しい」という声のほか「子ども達が楽しめる多様なイベントをお願いします」という要望も寄せられたという。指導にあたった日本オブスタクルスポーツ協会テクニカルアドバイザーの白川知明氏は「オブスタクルを知るいいきっかけになったと思う。ここからオリンピックを目指してみたいという子ども達が現れてくれるように指導を続けていきたい」と意欲を語った。
常設の公認コースだからできること

そもそもこのオブスタクルスポーツの日本初の公認コースは、なぜここ吉野川市に設立されることになったのだろうか。
「実は、私が代表を務めている会社・松島組の前社長の知人が、日本オブスタクルスポーツ協会の役員で、新しい競技であるオブスタクルスポーツを日本でも広めていかなければいけない。ついては公認コースを作りたいと相談がありました。そこで、吉野川市での場所探しが始まったんです」
ところが、直線100mの場所というのは、なかなか見つからない。当初は公共の施設、公園や広場で作れそうなところを探したが、なかなか許可が下りなかった。いろいろ伝手を辿っているうちに、現在の場所に出会ったのだという。
「そこは、伐採された木を並べて乾燥させる場所でした。当初は、まず大会を開催するために一定期間借りてコースを作り、終わったら機材を撤去して元通りにするような形で話を進めていたのですが、そのうちに地主の方から、よかったら土地を全部使って常設にしたらどうですか? というご提案があって現在の形になりました」
コースは“公認”なので、障害物を国際的な規準通りに設置しなければいけないのは当然だが、ここ吉野川市にできたコースならではの工夫がある。それは足下の舗装だ。
「セメント、樹脂、土を配合して、選手が地面に足を突いたり、跳ね上がったりするときに反発が抑えられ、膝などへの負担を軽くする工夫をしました。これは、常設コースだから可能なことで、一時的な仮のコースでは撤去の手間を考えるととてもできなかったと思います」
訪れたチャレンジャー同士がコミュニティを形成

このコースが完成して約8ヶ月。県内はもちろんのこと、県外、さらには海外からの訪問客も増えているそうだ。となると問題になるのは、交通アクセスや宿泊場所。コースの周辺にはホテルや旅館などがないため、遠方からの利用者は、徳島市内に宿泊するなどして、ここを訪れるのだそう。
「利用者のみなさんからは、公認コースができて良かったと歓迎の声を多くもらうのですが、交通や宿泊場所などが整備されて、もう少し行きやすくなるといいのにという意見もありますね。そんな声を聞くなかで、地域では民泊を始める方も現れたりしています。ロサンゼルスオリンピックで正式競技に採用されて認知度も高まり、地域も動き出しているのは実感しています」
吉野川市にオブスタクルスポーツの公認コースを作ろうと考えた人々のなかには、このように地域を盛り上げたい、活性化したいという気持ちもあったのだという。そもそも吉野川市は、古代には大和王権の祭祀を担っていた“忌部氏”という氏族が住んでいた地域で、天皇が即位する際の大嘗祭で身に着ける麻で織られた衣・麁服(あらたえ)は、今も吉野川市で作られたものが献上されている。オブスタクルスポーツをきっかけに吉野川市を訪れた人々には、そんな歴史的な背景にも触れてほしいという思いもあるようだ。
地域が、オブスタクルスポーツをきっかけに少しずつ変わっていく一方で、訪れる人たちの間には、一緒に障害物に挑戦しているという一体感、お互いにサポートしあう関係というものが生まれつつあるのだそう。
「オブスタクルスポーツの障害物は、雲梯などは腕の力が必要ですし、高い壁は駆け上がる脚力も重要になります。だからといって力任せに取り組めばいいというものではなく、結構コツもあるようです。それを参加者の方同士で教え合ったりして、できるようになると皆さんで称え合う。互いに競う間柄ではあるんですが、そのようにサポートし合える関係性ができているのはいいなと思います」
吉野川市の公認コースでは、来年もさまざまな大会が予定されており、ロサンゼルスオリンピックが開催される2028年に向けて、問い合わせも増えているという。オブスタクルスポーツは、こうして競技人口が増えていけば大きな盛り上がりも期待できる、これから注目のスポーツと言えそうだ。
夏休みには近代五種に取り組んでいる女子中学生が訪れたり、近頃では毎週のように通ってくる常連も増えているようだ。前回クリアできなかった場所が、今回はクリアできるようになったり、徐々にタイムを縮められることが喜びになるのはもちろんだが、松島氏が言うように、オブスタクルスポーツに取り組む仲間ができることも、この場所がある意義と言えそうだ。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:日本オブスタクルスポーツ協会