プロカメラマンが厳選。パラリンピックの魅力が詰まった“この一枚”

プロカメラマンが厳選。パラリンピックの魅力が詰まった“この一枚”
2020.12.17.THU 公開

パラリンピックで観客よりも選手に近い位置にいるカメラマンは、パラリンピックにどんな魅力を感じているのだろうか。パラスポーツを取材するフォトグラファーが切り取った“一枚”とともに紹介したい。

越智 貴雄 <北京2008パラリンピックの開会式>

「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」。この言葉に象徴されるパラリンピックの理念は、開会式から感じさせてくれる。

2016年のリオ大会では、開始直後に、客席の上段からはじまる巨大な滑り台を車いすの男性がものすごい勢いで滑り降り、空中で1回転して見事、クッションに着地。拍手喝采の中で大会は華々しく幕を開けた。
2002年ソルトレーク大会では、視覚に障がいのあるミュージシャン、スティーヴィー・ワンダーが登場。その歌声に会場中が酔いしれた。2012年のロンドン大会では、金色の競技用義足や車いすに乗った演者がワイヤーにつるされてスタジアムの宙を舞い、観客を驚かせたこともあった。
そして、なかでも印象的だったのが2008年の北京大会のこのシーン。最終聖火ランナーを務めた中国のパラ陸上選手が、車いすに乗ったまま地上から40mまでロープを腕だけの力でよじ登り聖火に点火したのだ。

来年開催される、東京大会も、開会式から見逃せない。

Ochi Takao
1979年生まれ。2000年からパラスポーツ取材に携わり、競技者としての生き様にフォーカスする視点で撮影・執筆。パラスポーツニュースメディア「カンパラプレス」主宰。NHKサイトにて「感じるパラリンピックGallery」連載中。近著に『チェンジ! パラアスリートを撮り続けて、ぼくの世界は変わった』


長田 洋平 <ロンドン2012パラリンピックの陸上選手>

パラスポーツに魅了される理由のひとつがギアのカッコよさだ。

例えば陸上競技の車いすレーサーなら、フレームやタイヤのホイールにうまく光が当たることでカッコよく写すこともできるだろうし、ギアを使いこなす選手のパフォーマンスをどうしたらカッコよく切り取れるか試行錯誤することもある。

そんな中で“障がい”というものにどうフォーカスするか。まだ自分の答えが出ていなかったロンドン大会で撮影したのが、“選手と障がいが一体となった”男子走り幅跳びの一枚。
ドレッドヘアーで圧倒的な存在感を放つフランス選手(編集注:写真のArnaud Assoumani選手は、F46クラスで銀メダル)の躍動感を写真に収めた。

写真をよく見てもらうと左手に義手を着けているのがわかるかもしれないが、このときはスポーツ写真の中で障がい部分をさりげなく表現したいと考え、あえて義手をクローズアップすることはせずに全身が写るように撮影。とにかくアスリートとしてのカッコよさを撮りたいという思いがあった。

ちなみに、ロンドン大会のスタジアムは昼間でも超満員。選手たちのパフォーマンスと相まって驚きの連続だった。

Osada Yohei
1986年生まれ。スポーツ専門フォトグラファーチーム「アフロスポーツ」所属。2012年のロンドンパラリンピック以降、リオデジャネイロオリンピック、サッカーロシアW杯などスポーツ報道の現場を駆け回る。ライフワークとして、車いすバスケットボールのクラブチームを撮影している。


依田 裕章 <ロンドン2012パラリンピックの土田和歌子選手>

勝負は時として残酷なもの。4年に一度のパラリンピックも例外ではない。

陸上競技の土田和歌子選手を初めて撮影したのは、2008年の北京大会。日本選手として初めて夏冬両方のパラリンピックを制した実績は知っていたが、実際にスタジアムで見るやそのたたずまいに心を強く揺さぶられた。5000mのスタート前に集中力を高め、わずかな笑みを浮かべた姿が強いアスリートのそれだったからだ。だが、そのレースでクラッシュに巻き込まれて大ケガを負い、メインのマラソンには出場すら叶わなかった。

4年後。ロンドン大会のマラソンレースは、沿道で撮影する僕にも力が入った。リベンジマッチという思いも強く、自ずと勝利を期待した。実際、果敢に前に出て集団を引っ張っていく姿には感動を覚えたが、またもや転倒により順位は振るわず5位。フィニッシュ目前、カメラ越しに捉えた土田選手は、両手で顔を覆い、悔しさを隠さなかった。

そして、土田選手の挑戦は今もなお続いている。

これほど超人的な選手はあまりいないと思うけれど……パラアスリートの競技人生は息が長い。ひとりの選手を長く追い、その紆余曲折から多くの学びが得られるのもパラリンピックの醍醐味かもしれない。

Yoda Hiroaki
神奈川県出身。オートバイのロードレースで活躍した後、31歳でカメラマンに転身。スタジオ勤務を経て、フリーランスになり、広告や雑誌でポートレートなどを中心に幅広く活躍。パラリンピックは、2008年の北京大会から5大会撮影している。

edited by Asuka Senaga
key visual by X-1

プロカメラマンが厳選。パラリンピックの魅力が詰まった“この一枚”

『プロカメラマンが厳選。パラリンピックの魅力が詰まった“この一枚”』