消防団にサッカー部員が加入→隊員の充足率が100%に! 神奈川大学サッカー部が地域貢献を続ける背景

日本消防協会によると、消防団の減少は全国的な問題になっている。背景には地域コミュニティへの帰属意識の希薄化や少子高齢化など、様々な原因があるようだ。そんな地域の課題解決に貢献しているのが、神奈川大学サッカー部。以前の記事でも、同大サッカー部が高齢化団地で行っている地域活性化の様々なアイデアを紹介した。今回は、取り組みが始まって2年という地元の消防団との連携、そしてそこから部員たちが何を学び得たのかについて紹介する。
大学サッカー部が自主的に消防団に?

高齢化が進む横浜市の緑消防団は、特別職の公務員で定員が定められているが、これまで隊員の欠員が常態化する問題を抱えていた。しかし、2023年度から神奈川大学サッカー部の部員が隊員として消防団へ加入したことから、充足率は100%になったという。なぜ大学のサッカー部員が、地元の消防団に入ることになったのだろうか。
そのきっかけは、同大サッカー部が寮のように使用させてもらっている高齢化団地とのつながりだった。高齢化率45%という竹山団地にサッカー部が住み始めたのは2020年。3月に神奈川県住宅供給公社と協定を締結し、5月から部員たちの新たな生活が始まった。今は2DKと3Kの部屋に3人ずつが住んでいて、全21部屋に63人の全部員が入居。共同生活を営んでいるという。

竹山団地での生活がスタートして以来、サッカー部は「竹山団地プロジェクト」と銘打ち、様々な取り組みを行ってきた。その活動は多種多様で、介護予防教室や高齢者を対象にしたスマホ教室、耕作放棄地や休耕地での農業、地域行事のサポートなども行っている。部員たちはそれぞれ参加したい活動を選び、サッカーと両立しながら活動しているそうだ。
サッカー部3年生の井原心人さんは「一般的に下宿でイメージされるような大学生のアパートでの一人暮らしも楽しいだろうなとは思います。ただ、この団地は様々な経験をしながら成長できる環境が申し分なく揃っていると思いますし、恵まれている環境だと感じています」と竹山団地での生活の意義を強調する。
そんな地域との交流を日々深めていく中、元消防士として指揮官を務めた経験のある吉川勝竹山連合自治会長とのつながりができたことが、今回の消防団加入のきっかけになったそうだ。吉川自治会長から「(団体行動に慣れている)組織で動く若者が、地域防災の初動にあたる消防団に加入してくれるならうれしい」と提案があり、部は加入することを決めたという。
消防団での活動。まずは地域を知ることから

実際、サッカー部として消防団への加入は強制ではないのだが、どれくらいの部員が参加しているのだろうか。
加入初年度には1期生として7人が参加し、翌年度も21人が活動を実施。昨年度に加入した4年生の淺沼李空さんと3年生の井原心人さんは入学後に先輩が活動していることを知って興味を持ち、自ら参加を名乗り出たという。
これまでの活動で火災現場に立ち合うなどの実働はしていないというが、救急救命の講習を受けて資格を取得したり、地域の防災訓練に参加したりしている。 2024年11月には防災啓発イベントにも出席。活動服に身を包んだ学生が、心肺蘇生や地震体験車などを通して消防のPR活動を行った。
大森酉三郎監督は「放水訓練に参加したこともあります。始まって2年の活動ですから、まだまだこれからだと思っています。消防・防災活動は地域を知ることが大事なので、今は部として地域により密着できるような存在になれるよう努める時期だと思います」と話す。
消防とサッカーの意外な共通点

サッカー部の部員たちにとって、消防団へ入ることは、実際どんな価値があるのだろうか。
大森監督は、団体スポーツであるサッカーと消防団の活動には共通点があり、相乗効果が得られると説く。

「“消防”と言ったとき、最前線でホースをもって消火活動をしている人を想像される方は多いのではないでしょうか。同様にサッカーもボールを持っている人やゴールやシュートに目線が行くと思います。ただ、サッカーの試合の90分のうち、ボールが動いているアクチュアルプレイングタイムは60分程度と言われているんです。さらにそのうち、一人ひとりの選手がボールを持つ時間は1分30秒くらいです。では、残りの時間はあまり意味がないのかというとそうではありません。攻守が激しく切り替わるサッカーは残りの58分30秒の“主役ではない時間”の動きが非常に重要になるんです。消防の放水一つとっても、マンホールを外し、ホースを接続し、ノズルで水が撒けるようにします。それを指揮する人も入れると放水には最低4人が必要になります。人との連動が必要になる消防での活動は、サッカーにも適用ができますし、同じようにサッカーで培ったことも消防、防災に適用できると思っています」
部員の浅沼さん、井原さんも日々その意味を感じているようで、それは彼らのサッカーでのポジションとも連動している。

井原さんは「私のポジションはボランチと呼ばれる守備的なミッドフィールダーです。黒子のような存在なんですが、いないと試合が成り立たなくなるような、チームをまとめる仕事です。消防で例えるなら、消火する仕事ではなく、水を運ぶ仕事かなと思いますが、その重要性を理解するうえで、サッカー以外の活動も役に立っていると思っています。
消防団自体の活動はまだまだ少ないですし、消火活動をしているわけではないですが、皆さんが逃げようと思ったときに逃げられる体力づくりに携わることで、いざというときの防災に一役買えていると感じています」と語る。

また、浅沼さんは自身のポジションであるゴールキーパーについて、“縁の下の力持ち”だと語る。「シチュエーションにもよりますが、私がビッグセーブをするよりもフォワードがゴールする方がインパクトが大きいですよね。華やかなポジションではないですが、誰にも見られていないところの活動を大切にできるのは、サッカーと課外活動のおかげだと思っています」
選手の取材をしているとき、地域との関わりがあまりなかった自分の学生生活を思い出した。地方から都市圏の大学に出た時、そこで地域住民のコミュニティに入るのは簡単ではないだろう。しかし、神奈川大学のサッカー部の部員は地元に関わるだけでなく、自分たちからコミュニティの防災をけん引したいという意欲すら感じた。一連の活動を通し、地域への貢献だけでなく、自分たちのサッカーにも気づきや学びがあることを考えても、彼らの取り組みは多くの価値を生み出しているのではないだろうか。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:神奈川大学