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56歳の進化! パワーリフティング三浦浩9位に終わるもあこがれのステージで“リオ越え”

56歳の進化! パワーリフティング三浦浩9位に終わるもあこがれのステージで“リオ越え”
2021.08.27.FRI 公開

やはり三浦浩には、大舞台が似合う。

自身3回目となるパラリンピックで、親指を正面にグッと突き出すルーティーンで試技に入った。舞台俳優のような堂々とした佇まい。1964年、東京オリンピックの年に生まれた56歳の三浦は、パワーリフティング男子49kg級の出場選手の中では最年長だ。3回目の試技で127kgを挙げ、東京2020パラリンピックを締めくくった。

あこがれのアーティストと同じ舞台で納得の試技

結果は9位の最下位に終わったが、「一生懸命やって、リオの記録は1kg越えられましたよ」という顔に、納得した表情が浮かぶ。

常に進化を求める三浦が、この結果に及第点を出したのには理由がある。今年6月末のドバイワールドカップ最終戦、三浦は西崎哲男との出場権争いに勝つため、すべての力を注いで自己ベスト138kgで勝利した。しかしこの激闘を終えてから再びピークを作るには、本番までの時間が短すぎた。

127kgに成功した三浦浩=東京国際フォーラム

「ドバイ後、2週間の自主隔離があって、うまくトレーニングできなかった。若ければ違うんでしょうが、50歳を超えると1ヵ月じゃ戻らなくて……」

それでも、8位のポーランドの選手を追う意地を見せ、試技を終えると観客席に「ありがとう!」と手を振った。

「アーティストの方がシーンとなった会場に向かって、生声で『ありがとう』っていうのを自分もやってみたかったんです。気持ちよかったですね(笑)」

かつてアーティストの長渕剛さんなどのライブスタッフをしていた三浦にとって、会場の東京国際フォーラムは、勝手知ったる場所。今回の裏方にも知り合いがたくさんおり、支えてきた人たちへの感謝も込めたかった。

3度の手術を乗り越えて「すべてを見直した」

ここまで歩んできた道のりは険しかった。とりわけ臀部(でんぶ)の褥瘡(じょくそう)には悩まされた。リオ大会以前に1回、2019年と2020年にも1回ずつ、これまで計3回お尻の肉を移植する手術を受けた。2020年1月の全日本選手権では、記録は110kgまで落ち込んでいる。原因は、オーバートレーニングといえるほどの練習量だ。

「僕は挙げるとき、背中のアーチを思い切り組むので、お尻を思い切りベンチ台に押し付ける。それが続くと……。『強くなる=練習量』だと思っていたので、そうなっちゃったんです」

とりわけ焦ったのは、2020年の3回目の手術のときだ。パラリンピック出場権がかかる時期にもかかわらず、手術後は半年間何もできない状態。「そこで、すべてのやり方を見直すことにしたんです」と三浦。

これまで「“超回復”の時間はいらない」というほど、練習にのめり込んできた三浦だが、まず練習日を週6日間から3日間に減らした。さらに、試技前のルーティーンも変更。腕の動かし方を変えることで、肩甲骨の位置を微調整し、バーベルを挙げやすい体の使い方を追求した。

海外選手に言わせてみたい「お前、まだ来てるのか」

すると、少しずつ調子は上がり始める。ケガからの復帰戦となった今年1月の全日本選手権では西崎哲男に及ばず2位にとどまったが、前述の6月のワールドカップ最終戦では見事な逆転劇を演じた。

大切な時期に自分のスタイルのすべてを変えるという大勝負に打って出られる強心臓。パラリンピックでは、今の自分ができる最大限のことは何かを見極め、心に誓った「リオ越え」を達成する実行力もあった。リオ大会から1kgの“前進”は、 56歳になってもなお、限界は突破できるのだということの証明でもある。

夢の舞台で試技を終え、客席の拍手に応える三浦

今後は2024年のパリ大会、2026年に愛知で開催されるアジアパラ競技大会、そして2028年ロス大会にも現役で出場したいという三浦は、「まだまだいろんな国の選手に『お前、まだ来てるのか』と言わせたいですね」とニヤリ。これからも人間の可能性を示し続けてくれる。

edited by TEAM A
text by Yoshimi Suzuki
photo by Kyodo

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