東京ヤクルトスワローズと新潟県燕市に続く「燕」の「縁」。10年を超える交流で市に起きた変化とは

ものづくりの街として有名な新潟県燕市と、同じ燕(ツバメ)がチーム名に入る東京ヤクルトスワローズとの交流事業が10年以上続いている。これまでにマスコットキャラクターのつば九郎が参加する田植え、稲刈りイベントや選手による地元少年野球チームへの野球指導など数々のイベントを開催。今では「燕」の縁は地域に欠かせない繋がりになっているようだ。交流事業が燕市にもたらしてきた効果について、新潟県燕市の担当者に伺った。
きっかけは燕市産の米「飛燕舞(ひえんまい)」。「縁起がいい!」と話題に

新潟県内の人口1位と2位の自治体、新潟市と長岡市の中間にあり、県のほぼ中央に位置する燕市。人口は約75,000人。工業と農業が絶妙に調和するこの”まち”を市は「都会すぎず、田舎すぎない、ちょうどいいまち」と謳う。
そんな燕市と遠く離れた東京ヤクルトスワローズの交流が始まるきっかけは2010年。市が観光PRの一環で、燕市で穫れた特別栽培米「飛燕舞」を明治神宮野球場で販売したことだった。
「スワローズ」のスワローは英語の燕。球団やファンから「『燕』が空を『飛』んで舞っているようで縁起がいい」と話題になり、交流の話が持ち上がったという。

翌2011年、市は、田植えや稲刈り体験のほか、マスコットキャラクターの「つば九郎」を稲の色によって表現する田んぼアートなどを市内で開催。こうして市と球団がつながるきっかけとなったお米の事業を皮切りに交流が始まった。
田植えや稲刈りのイベントは今も行われる大人気コンテンツで、県内外のファンら200~300人が参加し、定員を超える盛況ぶりという。
「ナンバープレートは都内のものが目立ちますし、東北から来てくださる方もいました。燕市周辺の弥彦村や長岡市の寺泊は観光地としてもメジャーですが、燕市はその2か所に比べると目的地にはなりにくいと思います。そうした中でも首都圏を中心に多くの方に来ていただいていることはありがたいですね」(担当者)
昨年5月も例年通りに田植えイベントを実施。スワローズの旗が田んぼの脇にたなびき、赤のストライプや緑、ネイビーのユニフォーム姿のファンが、OBなど球団関係者と一緒に泥だらけになりながら手作業で苗を植えた。

「真中満元監督も泥をかぶりながら参加してくださりました(笑)。ぬかるみで動くには力がいりますし、結構きついところもあると思いますが、見ていて皆さん楽しそうでした。この田んぼで育った新米は、秋の収穫後に球団にプレゼントしています」(担当者)
「ファン感謝DAY」「燕市DAY」。お米、地場産品求め神宮に長蛇の列!

2011年にはJA越後中央(現 JA新潟かがやき)と協力し「つば九郎米」が誕生した。飛燕舞と同様、市内産の特別栽培米コシヒカリを使用し、パッケージにはつば九郎が描かれた、まさにスワローズと燕市のコラボを象徴する商品だ。市はこうした新しい特産品を足がかりに、スワローズのホームである東京都など首都圏でのPRにも力を入れている。
毎年11月に行われる「ファン感謝DAY」では、秋に穫れたばかりの新米の「つば九郎米」を販売。「早朝から我々が準備をしていると、朝早い時間からすでに行列ができています。午後も物販は行われるのですが、午前中には完売してしまうほどの人気です。お買い求めいただく皆さんには大変感謝しています」(担当者)

他にも年に一回、神宮球場で行われる公式戦で燕市をPRする「燕市DAY」を2015年から催している。昨年はオリジナルうちわや「つば九郎米」を来場者の一部に配布。市の特産品を扱うブースでは燕市の主力産業である金属加工品などを販売した。つば九郎が描かれたアイススプーンやステンレスエコカップは毎年好評だという。

「多くの方にお買い求めいただけるのですが、お越しになられたファンの皆さんからは『すでに持っている』というありがたい声も多くいただきました。新商品の開発が急がれますね(笑)」(担当者)
選手が市内の小学生に野球指導。スワローズを通して宮崎、愛媛、沖縄とも交流

東京ヤクルトスワローズと燕市の間には、野球を通した交流ももちろんある。年に一度、現役選手が燕市を訪れ、市内の少年野球チームの小学生を対象に指導を行っている。
このイベントには、小学校4~6年の100人弱が参加する。担当者は「子どもたちにとってみれば、プロの選手に直接教えてもらえることは夢のような時間です。選手もたくさんサービスをしてくれて、着用している練習着や使っている手袋なんかを子どもたちにプレゼントしてくれていました。終了後にはサイン会も実施してくれて、子どもたちが殺到していましたね」と語る。
また、東京ヤクルトスワローズはキャンプ地として繋がりのある「宮崎県西都市」「愛媛県松山市」「沖縄県浦添市」、そして「新潟県燕市」の少年野球チームの代表を1チームずつ集め、「東京ヤクルトスワローズカップ少年野球交流大会」を主催している。 各地で1年ごとに持ち回りで大会が開催され、全4チームが1位を目指して激闘を繰り広げているという。
「市内の子どもたちが野球を通じて都市間交流ができるのはいいことですし、他の3市のみなさんに燕市を知っていただく貴重な機会にもなります。市を知ってもらうための取り組みとして、燕市で開催したときのレセプションではつば九郎米やソウルフードである『とり肉のレモン和え』を振る舞いました」(担当者)
「悲しいです。とっても悲しいです。」と市長。愛される「燕市PR隊鳥(長)」つば九郎

2月19日、東京ヤクルトスワローズは「つば九郎を支えてきた社員スタッフ」の訃報を発表した。
つば九郎は2013年に「2DAYSつばめ市鳥(長)」を務め、その後「燕市PR隊鳥(長)」に就任。長年、市に貢献してきた。
担当者は「つば九郎は市のイベントにたくさん参加してくれていました。田植えの時は泥の中にこそ入らないですが、汚れないところから参加者に『やれ!!』って合図を出すんです。代名詞ともいえるフリップを使った芸は燕市で披露する際もキレキレで、市長をいじることもありましたね(笑)」
隊鳥就任10年を迎えた2023年に燕市で開催されたトークイベントでは、燕市のいいところを聞かれ、悩んだ末に「つばくろうまいがおいしすぎる(つば九郎米がおいしすぎる)」と書いて、会場を沸かせた。「つば九郎がイベントを盛り上げようと何かするとき、そのどれもが燕市のことを思ってくれていると感じるんです」と振り返る。

訃報を受け、燕市の鈴木力市長は自らのブログで「悲しいです。悲しいです。とっても悲しいです」とコメント。改めて燕市とスワローズの繋がりが伺える瞬間となった。
担当者は「この10年あまりのうちにスワローズやつば九郎の力を借りながら、市は確実に知名度をあげてきたと思います。これからも交流事業を通し、全国の方々に燕市を知ってもらいたいと思っています」と話した。
人口がそれほど多くない地方都市が、全国に情報発信をするのは容易ではないだろう。しかし、プロスポーツチームがその力の一助になり、長い年月をかけてパートナーになっていくことで、本来はリーチが難しい層にもその都市の名前が浸透していく。燕市の例は珍しいかもしれないが、自治体の持つ特徴が全国のどこかのスポーツチームとつながるきっかけを持っている可能性はある。そうした多様な視点で見てみると、地域おこしやスポーツ市場の発展に意外な糸口があるかもしれない。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:燕市