レース最中に配られるのは水ではなく、うどん!? 香川の驚きの町おこし「マラニック」とは

「うどん県」としても知られる香川県で、うどんを食べながら県内の名所などを巡る「うどんマラニック」の大会が人気を集めている。マラニックとは、マラソンとピクニックを合わせた造語で、スピードではなく開催地の文化や風景などを楽しみながら走ることを目的にしたスポーツイベントのことだ。 そのオリジナリティーが話題を呼び、全国から香川に参加者が殺到。今年の開催では先着順の出走枠が数分で売り切れるほどの盛況だった。町おこしのために始まったというこのイベントは一体どのようなものなのか、主催する一般社団法人ランニングドランカーズ代表の栗原浩一さんに伺った。
給水ではなく、うどん!タイムを競わず景色を楽しむレース

ウルトラうどんマラニックは2018年に産声を上げた。 例年は高松市で開かれているが、今年(2025年4月5日、6日開催)は坂出市をはじめとしたうどんの名店が多い香川県の中讃エリアの8市町で開催。県内で毎年1回、桜の景色を楽しむことができる可能性が高い春に開かれる流れが定着している。
イベントの内容はいたってシンプル。ジョギングのスピードで1日50㎞街を巡り、水などが提供される補給所(エイド)の代わりにうどん店に立ち寄りながら、ゴールを目指すというものだ。栗原さんは「食べて走れるのか心配になる方もいるかもしれませんが、香川のランナーの中には、程よい塩分のうどんを補給食に食べている人もいます」と語る。
高松市は例年1日開催で、計5店舗をコースに配置する。範囲の広い2025年は丸亀城を中心としたコースで2日間に分けて開催し、計8店舗を巡る。訪れる店はおよそ10キロ間隔で配置されているといい、平均すると約1時間半に1回うどんを味わえることになる。

「このイベントの目的はゆっくりと香川を見て回って堪能してもらうことなので、厳密なタイムは出していません。もちろんタイムを書く”完走賞”の証書も渡してますが、それよりも力を入れているのは”完食賞”です。各店舗でうどんを食したことを証明するステッカーやバッジなどをお配りしていて、全て揃うと完食賞になります。レースとしてではなく、香川を満喫するために参加してもらいたいという気持ちの表れです」(栗原さん)
参加チケットは6分で完売。関東からの参加者も増加!

「今年の参加者は150人で、北は北海道。南は宮崎からお越しいただきました」と栗原さん。
開催間もない時期はご当地イベントの色合いが強く、県内の参加者が半数だったというが、面白い大会があると口コミなどが広がり、今では徐々に全国的に知名度が向上。関東を中心に7割は県外からの参加者になっているという。
栗原さんは「参加は先着順で受け付けていますが、今年は6分で定員が埋まってしまいました。数年前にも募集開始直後にサーバーがダウンしてしまうという事態が起き、ご迷惑をおかけしました。元々の枠が少ないのもありますが、これほど好評をいただいていて大変ありがたいです」と語る。

栗原さんは、根強い人気の背景には地元民の想像を超える「香川=うどん」という県外からの強いイメージがあると見る。
「このイベントの内容を初めて聞かれた方は、『は?』と言うことが多いです(笑)。ただ、我々県民が思っている以上に、県外では讃岐=うどんのイメージが強いので、インパクトはありますし、興味を持ってもらいやすいのではないかと思います」と話す。
企画のとっつきやすさだけではなく、マラニックのコースにも運営側のこだわりがあるという。
「香川は全国で面積が一番小さく、海から山までの距離が近いです。そのため、短い距離でもいろいろな景色を楽しめるという特徴があり、コースの50㎞の中にぜひ見てほしいと思うスポットを十分入れ込むことができています。レースの速度も遅い人ですと1㎞約10分で計算していますので、車で移動するのでは見えない景色をゆっくりお楽しみいただけます」(栗原さん)
毎年多く出てしまう落選者の中には、大会後に個人的に香川県を訪れてマラニックのコースと店舗を周る人もいるのだという。
香川を盛り上げたい!の志から始まったイベント

当初、このイベントの発起人となったのは香川県出身の森田桂治さんという男性だった。彼が「香川にしかできない町おこしをしよう」と考え、着目したのがうどんとマラニックという異色の組み合わせだった。
プレ開催をしたところ好評だったことから、本大会の開催が決定。その後、他の事業などで忙しかった森田さんから、ランナー仲間の栗原さんが大会の主催を引き継ぐことになった。
栗原さんも香川県の出身。ランニングに関連するイベントでうどんマラニックのように地域の課題解決を試みる一般社団法人ランニングドランカーズの代表を務めている。

「ランニングドランカーズでは、人口が減ったために十分に整備が行き届かなくなってしまった中山間地域で、未舗装の道を走るトレイルランニングを実施しています。山や森の中にあるコースは、ランナーを中心とした有志の人たちによる整備やランナーが走ることで踏み固められ、荒れ果てることなく維持されるようになっていくんです。この活動により人口減少が進む山林の整備や維持をランニングで解決することが可能になりました」と栗原さんは語る。
全国最小面積の県。大きくなりすぎず、ランナーに楽しんでらえるイベントを目指して

うどん店の選定は、大のうどん通という森田さんが今も手がけている。
香川に来なければ食べられない個性的なうどんを食べてもらうため、チェーン店ではなく、できるだけ個人店に絞って参加を呼び掛けているという。

栗原さんは「地元では有名でも、インターネットの検索ではなかなか出会えないお店もあります。どこでも食べられるものではなく、香川に来ないと食べられないご当地のうどんを食べていただきたい。一軒一軒、お店の特色や個性、麺の違いなどを感じてもらいたいですね」と話す。
また、参加店舗は事前に公表しているが、何のメニューを食べてもらうのかはスタート前まで知らされない。栗原さんも含めてスタッフも事前に知らされないといい、ドキドキしながら発表を待っている時間はうどんマラニックのお決まりの光景になってきているそうだ。
「うどんマラニック限定のメニューが出ることもあります。お店のまた違った一面を見られるという点で、地元民のスタッフとしても楽しみなんです。今までで一番びっくりしたのはコロッケうどんですね。コロッケがうどんの上に浮いているのを想像するかもしれませんが、逆だったんです。コロッケの中にうどんが入っていたのですが、おいしかったですね」(栗原さん)
全国的な関心を集め、定員がいっぱいになるほどに盛況となっているウルトラうどんマラニック。ただ、栗原さんは今後も大会の規模を大きくするつもりはないのだという。

「我々ランニングドランカーズは他のイベントも香川県内のみで実施しています。香川の良さを知っている我々地元のランナーがスタッフを務め、手の届く範囲で参加者一人ひとりに満足いただけるようなイベントにしていく。それが香川の交流人口の増加につながると考えています。私たちが関東でそばマラニックを開いてもきっとうどんマラニックのようにはならない。決して大規模なイベントではないかもしれないですが、細かいところにたくさんこだわっています。例えば、リタイアされた方のお迎えは、提灯部分がうどんのどんぶりになっているうどんタクシーでお伺いしたり。リタイアしても最後まで香川を満喫してほしい。いろいろな仕掛けをしているので、ぜひ楽しんでいただきたいです」
見かけのインパクトが強いうどんマラニックだが、地域の良さをしっかり知ってもらい、交流人口の増加につなげたいという主催者のこだわりを感じた。また、取材の中でこのイベントの副次的な効果を感じた瞬間もあった。例えば、スタッフとなる地元ランナーたちは、大会の運営の一環で配膳なども担当することがあるという。「おいしかった」など県外の人が香川のソウルフードを食べた感想を間近で聞ける機会があれば、地元愛を強くすることだろう。そうした面で、このイベントは県内外で香川の良さを再認識する場になっているのかもしれない。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:一般社団法人 ランニングドランカーズ