岐阜県美濃市が部活の地域移行にいち早く成功した理由。指導者はボランティア、予算も最低限で実現

岐阜県美濃市が部活の地域移行にいち早く成功した理由。指導者はボランティア、予算も最低限で実現
2026.02.02.MON 公開

少子化や教員の働き方改革をきっかけに、中学校の部活動を学校ではなく地域の人々、団体で担っていこうという“地域移行”が文部科学省、スポーツ庁の提言によって進められている。必要性は理解されているものの、進捗は地域によってさまざまな“地域移行”を、いち早く実現しているのが岐阜県美濃市だ。それはどのようにして進められたのか、美濃市教育委員会にうかがった。

元々スポーツ振興を地域で取り組んでいた美濃市

「もともと美濃市では、中学生の保護者と指導者によるボランティアによって育成会の活動がずっと続けられていました。必要経費を家庭で負担して支えるうちに、保護者の中には後に指導者になる方もいらっしゃいました。その取り組みに大人対象のバドミントンや卓球なども加わって、地域全体でスポーツを振興していこうという土壌が美濃市にはありました」

そう語るのは美濃市教育委員会教育振興課課長の芝田純也氏だ。美濃市では地域全体でスポーツに取り組むという空気になっていた中、2000年に文部科学省が青少年の体力向上のため、家庭、学校、地域の連携、そして学校の部活動に地域社会人の力を活用するというスポーツ振興基本計画を策定した。

また、新しい学校づくり推進室の小野木卓氏は、こう語る。
「その文科省の提言により美濃市では、保護者や育成会が平日夜や土日の部活動の指導を地域社会人にお願いをして、自主的に運営するという流れができました。ですから文科省が部活動の地域移行を計画した2020年の段階で、美濃市では既に部活動を保護者が運営するという素地はできていたので、それを背景に体制を整えていったという形です。現在、中学校の部活動は100%地域によって行われていますが、文科省に言われて急いだとか、頑張って無理矢理やったということではないのです」

美濃市の地域移行を加速させた様々な要因

小野木氏自身、2000年のスポーツ振興基本計画が発表された頃から地域社会人として部活動に関わることになり、地域移行が正式に決まってからは、教育委員会の一員として地域や学校をうまくつないでいくコーディネーターとしての働きを担っている。

「中学校の部活動は、昭和20年代後半から続いてきたという長い歴史があります。小学生が中学校に進学するにあたっては、勉強とともに部活動にも打ち込むというのが成長に欠かせない過程だというのが、生徒や保護者はもちろん地域の人全体の共通認識でした。しかし、時代の流れにくわえて文科省が部活動は全員参加ではなくてもいいという方針を打ち出したことにより、部活動に参加する生徒たちはどんどん減っていき、2023年度に中学校に入学した生徒ではとうとう3割を切りました」(小野木氏)

部活に参加するのは生徒の3割でも、教師は部活の指導に当たらなければならないとすると、どういうことが起きるのか。

「放課後になると、部活に参加していない多くの生徒は、さようならと言って帰っていきますが、先生は部活を見なければいけませんから、帰って行く子どもたちとコミュニケーションをとることはできません。そして、教師の会議がある場合は、部活後の5時過ぎ、6時過ぎに始まる。会議が終わって、やっと授業の準備など自分の仕事に取りかかることができます。そうして延々と働く時間は延びていくのです」(芝田氏)

このような状況と、元々あった地域でスポーツ振興を支える動きを背景に、美濃市の部活の地域移行は進んでいくのだが、完全に中学校が部活にタッチしなくなるのには、もうひとつ要因があった。

「以前は、部活に地域社会人の指導者と、学校の先生の指導者のふたりが並立していることがありました。しかし、監督というのは二人も必要ありません。お互いに言うことが違えば、生徒にとっては混乱の元ですから。また、先生の方は部活の得手不得手があり、異動もあります。異動した先では、人員の都合などから必ずしも得意なジャンルの部活を担当できるとは限らない。以上のような状況も、部活の完全な地域移行を進める後押しになりました」(小野木氏)

壁を乗り越えた先に、学校にも大きな変化が

すでに美濃市では、部活の地域移行は進んでいたが、環境を整え皆にとってより良い状況を作り、完全な地域移行を遂行するためにはいくつかの壁があった。学校長との話し合いや社会人指導者の体制づくりなど、移行の旗振りをしたのは教育委員会だが、委員会の中ではそれぞれ担当部署が違うため、コーディネーターの小野木氏はさまざまな方面の理解を得るために動いた。

「地域移行は、よりよい学校体制づくりには必須のことで、決して教師が楽をするためではないということを教育長が社会人指導者や保護者の方に説明をしました。すると不安や不満の言葉はぴたりと止みましたね。もし地域の方が部活動を担う中で何か問題が起きたら、教育委員会が窓口としてより健全な子どもたちの育成にアドバイスや指導をしていきますということも言いました。地域移行をしたのに、そこに学校が口を出すのも変な話なので、教育委員会は指導者や保護者の方を下から支えてはいますが、牽引役として上から引っ張る役割もしますよということをお伝えしています」(小野木氏)

こうして部活の地域移行が完全に行われた結果、学校にも大きな変化が起こる。

「放課後、先生は全ての子どもたちと関わる時間ができるので、会話が格段に増えます。先生同士でも“今日は子どもたちがこんな風だった”などと会議以外の場でも自由に交流することができるようになりました。それは学校の活性化にも繋がり、穏やかな学校生活、柔らかい雰囲気の学校づくりができているように感じられます」(芝田氏)

地域の特性に合った進め方を見極める

地域移行には必須の社会人指導者だが、実は基本的にボランティアだということに驚く人は少なくないだろう。

「地域移行に成功したということから取材を受け、視察に来られる方もいらっしゃいますが、みんな驚かれます。年間で数千円から1、2万円程度の謝礼を受け取っている指導者もいますが、基本は無償で交通費も受け取りません。みなさん、好きでやっているからなんです。子どもが好きでスポーツが好き。スポーツの楽しさを子どもたちに伝えたい、広めたい、スポーツ好きな子が増えてくれたら嬉しいという思いでやっている。教師に勝るとも劣らない、指導熱、教育熱を持った方が多いです」(小野木氏)

こういった美濃市のいち早い部活の地域移行の状況を視察するために、各地から人が訪れることも増えているという。ただ真似をするだけでは難しいのではないかと小野木氏は語る。

「美濃市の場合は、エリアが小さいとか、学校の先生方が既に関わらなくなっていたという特質・特性がありました。それを踏まえて進めていったわけです。そういった特性は地域によって異なりますから、“美濃市流”を真似するのではなくまずは地域の良いところを見極めて進めた方が良いのではないかというお話はしました。指導者への報酬や市の予算に関しても少ないのでみなさん驚かれますが、美濃市ではそれが精一杯だったわけですので、できる範囲で地域移行を進めていったということなのです」

“美濃市流”という話が出たが、美濃市ではこの部活の地域移行に限らず、小学校1、2年生は通知表がないなど、教育でさまざまな画期的な取り組みが行われている。

「ある先生のオンライン講演を教師全員で聞いたことがきっかけで生まれた、“ここから始まる未来の学校プロジェクト美濃”という教育構想によるものです。自分たちが当たり前と思っていたことを見直そうというスローガンの下に、運動会で全員がかけっこ、全員が玉入れしなくてもいい、得意な子だけがやるようにするとか、不登校の子どものケアのために医療と連携するなど、さまざまな取り組みを行っています。これも、よそに先んじてやろうということではなく、目の前にいる子どもたちのために、先生や保護者、地域の方と共に一緒に考えて美濃市の未来を作っていくためです。何年か先には、時流に合わないことも出てくるでしょうから、常に見直しをしながら取り組んでいきたいと考えています」(芝田氏)


地域にはそれぞれ特色があり、歴史背景も一様ではない。最後に話題に上った美濃市の教育の未来を作ろうとする教育構想の骨格となった“当たり前を見直す”ことが、部活の地域移行を完成させ、よりよい教育環境を作っていったのだろう。地域それぞれの特性を財産として進めていくことが大事というのは、教育に限らないのではないだろうか。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:美濃市教育委員会
photo by Shutterstock

『岐阜県美濃市が部活の地域移行にいち早く成功した理由。指導者はボランティア、予算も最低限で実現』

岐阜県美濃市が部活の地域移行にいち早く成功した理由。指導者はボランティア、予算も最低限で実現