女性アスリートのパフォーマンスを左右する生理。正しい対処は、身体に及ぼす影響を知ることから

女性アスリートのパフォーマンスを左右する生理。正しい対処は、身体に及ぼす影響を知ることから
2022.04.25.MON 公開

女性の身体の定期的な不調の原因となる「生理」は、肉体のパフォーマンスが勝負を左右する女性アスリートにとっては悩みの種だ。これをどう捉えて、どう改善していけばいいのか、スポーツ庁国立スポーツ科学センター女性アスリート育成・支援プロジェクトのメンバーとして、数多くの女性アスリートのサポートを行っている婦人科医・高尾美穂氏にお話を伺った。

“生理”を普通に語れるようになったのは、なでしこジャパンのおかげ!?

婦人科医・高尾美穂氏

女性特有の“生理”という身体の現象。今でこそ男女年齢を問わず普通に語られるようになったが、アスリートの生理に伴う不調への取り組みが日本で積極的に始まったのは、あの“なでしこジャパン”の活躍が契機だったと知っている人はどれぐらいいるだろうか。

「2011年に東日本大震災があり、落ち込んでいた私たちに元気をくれたのが、その年のサッカー女子ワールドカップでのなでしこジャパンの優勝でした。翌年のロンドンオリンピックでは銀メダルを獲得して、サッカーに限らずスポーツの指導者たちは、女性アスリートにより効果的な支援をすればもっと潜在能力を引き出せるんじゃないかと考えたんですね。その流れの中で生理に伴う不調をどう改善すれば良いか、医科学的な情報を現場に届けようという取り組みが始まりました」

こう語るのは、婦人科医でスポーツドクターとして多くのアスリートを診ている高尾美穂氏だ。女性アスリートは、パフォーマンスを上げるという目指すべきゴールがはっきりしているため、生理による不調に前向きに取り組み、発信をする人も多いので、マスコミなどで取り上げられる機会も増えているのは喜ばしいことだという。そんな生理による不調をどのように改善したら良いかを知る機会は以前より増えてきたとはいえ、チーム競技ではアスリート同士で情報を交換し合う機会も多いものの、個人競技となると情報共有などがなかなか進まない傾向にあるのだそう。

「まず自分の調子が良い時期と悪い時期を、自分なりに把握することが大事です。アスリートの場合は、だいたい7割が生理後に調子が良いと答えます。しかし、1割ぐらいが生理周期は調子の良さにあまり関係ないと答えるので、みんながみんな生理後が調子が良いというわけではありません。逆に調子が悪い時期はいつだろうと眺めてみると、多くの回答が生理前と生理中に集中します」

この生理中の不調と言えば、典型的なものが生理痛。お腹・腰の痛みに加え、ひどい場合は吐き気をもよおすなどの症状に見舞われ、学校や職場に行けないケースもある。

「そういったいわゆる月経困難症には、子宮内膜症や子宮筋腫など、原因となる病気がある場合があります。それに対しては治療が必要ですから、まず学校や練習、仕事に行けないぐらいの不調がある場合は婦人科を受診してほしいですね。ただ、原因となる病気が見つからなくても生理痛が重い方たちが、将来子宮内膜症を発症するリスクは、生理痛がない人の2.6倍。さらには不妊症の原因になったり、妊娠できたとしても早産してしまったり、妊娠合併症を起こしやすくなる可能性もあります。さらに閉経を迎えたとしても、卵巣がんなど発がんのリスクも高いんですね。ですから、生理痛が重いという時点できちんと対策をして、子宮内膜症の発症を抑えたい、という考え方が主流です」

生理前・生理中の不調を改善する2つの方法

では、生理痛が重いけれども、とりあえず病気は見つかっていないという場合は、どんな対策があるのだろうか。

「生理痛の治療にはファーストラインが2つあって、痛み止めと低用量ピルです。生理痛の痛みは、必要がなくなった子宮内膜を体外に押し出すために子宮が収縮するからですが、その働きを促すプロスタグランジンという物質が産生される過程をブロックするのが痛み止めです。ですから、出血が少しでも始まったら早めに飲みましょうということです。一方低用量ピルは、避妊はもちろんのこと、PMS(月経前症候群)や生理痛を軽減させることができます。生理痛が重い人が飲めば子宮内膜症の発症を防げるし、子宮内膜症の状態も進行せずに済む。低用量ピルは月経困難症、子宮内膜症には保険適用がありますから、痛み止めとともに婦人科医としてはおすすめしなければいけない治療法だと考えています」

また、PMSはホルモンバランスの乱れが原因だと思っている人が多いが、きちんとホルモンが分泌されているからこそ起きる不調だということを正しく知ってほしいと高尾氏は強調する。

「生理のリズムは、エストロゲンとプロゲステロンという2つの女性ホルモンの分泌の変動によって形成されます。生理前の不調、つまりPMSはきちんとホルモンが分泌されているからこそ起こるものだという捉え方をまずしていただきたいと思います。その上で、自分が生理前に調子が悪くなると分かったら、その時期には大事な試合、大事な予定を入れないといったスケジュールの調整をする。それにプラスして睡眠や休養、リカバリーを十分にとる、アルコールやカフェインの摂取を減らすといった生活習慣の改善、もうひとつは運動習慣なんですが、アスリートの場合は大丈夫でしょう。それ以外にできることとして漢方の希望が多いのですが、アスリートはドーピングにひっかかる恐れがあるのでお勧めできません。そこでお勧めしたいのがピルです」

たとえば、毎週末試合のあるゴルファーの場合、4週間に1回PMSの症状が出て“もう、今週は無理!”と言ってパターを投げてしまうような状況だったとしても、ピルの処方によって驚くほど改善するのだそう。生理中の生理痛や生理前の不調が気になる場合はピルという選択肢を持つ方が良さそうだ。

生理がこないと、骨が折れやすくなる!?

女性アスリートの生理に関して、高尾氏にはとても気がかりなことがあるのだという。それは過度のウエイトコントロールや、エネルギーの摂取不足により、ある程度の年齢に達しても初潮がなかったり、無月経の状態が続いたりすること。その女性の将来を考えると問題は大きいのだそうだ。

「みなさんご存じだと思いますが、第二次性徴を迎える女の子の身体は脂肪質に変化しており、蓄えられた脂肪細胞が作るホルモンが初めての生理を引き起こしてくれます。そのホルモンのひとつ、卵巣で作られるエストロゲンがたくさん分泌されれば排卵が起こって妊娠できるチャンスを迎えるけれども、妊娠が成立しなければ生理が来ます。ただ、このエストロゲンがアスリートに対して一番大きな影響を及ぼすのは骨です。エストロゲンが十分に分泌されていないと、骨密度が保てないため骨が折れやすくなる。中学校や高校でアスリートの指導をしている方には是非知っておいてほしいことです」

たとえば陸上の長距離走や、身体の美しさが勝敗に大きく影響する新体操やフィギュアスケートなどでは体重が軽い方がよりよい成績を残せる傾向がある。すると、初潮がない、生理が来ないことが長期的に見ればよくないとわかっていても、競技のために無視するような状況がつづいているのが悩ましいという。

「陸上の長距離の選手を、ざっくり20歳ぐらいで分けて、それより前の年代で速く走れていた選手は、身体が軽いため速く走れた可能性があります。でも、多くが生理がない状態であり、そのままの状態を続けるといずれ骨が折れてしまうんですね。たとえば推薦で大学に行って社会人のチームに入っても、骨が脆く、折れやすくなってしまっていると、そこから先タイムは出ないでしょう。そういう選手たちに取って代わるのが、それまでにしっかり身体を作っていて、高校や大学では身体が重い方で、あまり良いタイムが出ないなと思っていた選手たち。20歳を超えて、遅咲きといえるのかも知れませんが、良い成績を残せるようになっていくんです」

高校の陸上の長距離の選手が、高校時代に5回も6回も骨を折ることがあったりしたら、大学でも同じ競技をすることは間違いなく勧めないと高尾氏は語る。

「スポーツってみんな好きで始めますよね? でも、無理をして生理がとまり、骨折を繰り返しているランナーがいたら、私は今も走るの好き? 嫌いになっていない? と聞きたいですね。人間が育っていく過程においては色々な経験をすることが大事で、その中にスポーツも含まれているのは素敵なことですが、それが人生にプラスに作用するものであってほしいという思いが強いです。走るのが大好きという気持ちを、たとえば指導者や周囲の大人のエゴで潰してはいけないと思うんです。自分が指導している選手が高校3年間の間に伸びる選手であるかを見極めて、もしそうではないと思ったら、無理に走らせるのではなく、身体を作ることに注力させるという選択肢もありじゃないでしょうか。この判断によって、運動やスポーツが本当に良い経験として、女性の人生を豊かにしてくれるといいなと思います」

TVなどマスコミに登場するほか、SNSや音声配信プラットフォームでの配信も行っている高尾氏は、悩み多き女性から多大な信頼を集めている。近著『心が揺れがちな時代に「私は私」で生きるには』(日経BP)は、女性たちの悩みに対し高尾氏の答えを集めた1冊だが、身体に関することばかりと思いきや、人間関係、家族、仕事、夫婦関係など多岐にわたることに驚かされた。婦人科が専門であるのになぜだろう? と思ったら、医師として診断が簡単なのは形の問題。つまり、目やエコーで診て分かる形の異常は診断・治療がしやすいが、身体の器官やホルモンの働きの問題は診断が難しいのだという。この「働き」にはストレスが大きく影響する。そこで患者さんの背景、どんなことがストレスになっているのかを知るために、話をよく聞くようになったのだそうだ。婦人科というと、敷居が高いという人もいるとは思うが、よりよい人生のために気負わず扉を叩いてみることも大事かもしれない。

PROFILE 高尾美穂
医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。愛知県生まれ。東京慈恵会医科大学大学院修了後、同大学附属病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て、2013年から「イーク表参道」副院長を務める。婦人科外来に携わるほか、スポーツ庁国立スポーツ科学センター 女性アスリート育成・支援プロジェクトのメンバーとして、女性アスリートのサポートも行う。ヨガの指導者資格も持つ。女性の健康で幸せな人生と前向きな選択を後押しすることをライフワークとし、テレビや雑誌などさまざまなメディアで注目され、幅広い年代の女性たちから絶大な支持を集める。SNSでの発信も積極的に行うなか、音声配信プラットフォームstand.fmの『高尾美穂からのリアルボイス』が390万再生を超える人気に。

text by Sadaie Reiko(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock

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