エスコンフィールド建設担当者の秘めた想い「多様な人を結び付け、次の世代に良いものを残したい」

エスコンフィールド建設担当者の秘めた想い「多様な人を結び付け、次の世代に良いものを残したい」
2023.08.18.FRI 公開

日本中の注目が集まる北海道日本ハムファイターズの新球場、エスコンフィールドHOKKAIDOと、周辺エリアを含めた北海道ボールパークFビレッジ。バリアフリーを軸に、そこに込められた理念、思想に迫ります。
今回は、主に設計を担当した株式会社ファイターズスポーツ&エンターテイメント事業統轄本部 企画統括部 ファシリティ&デベロップメント部部長の小川太郎さんに、自称「日本で一番、球場で野球観戦している車いすユーザー」のブッキーこと伊吹祐輔さんがインタビュー。
主にバリアフリーについてお伺いした前編に引き続き、後編ではボールパークの背後にある想いを深掘り。多様な人々を結びつけるために、スタジアムやスポーツはどんな可能性をもっているのでしょうか。

何回も繰り返し来て、それぞれの楽しみ方が見出せる場所

伊吹祐輔さん(以下、ブッキー):今回は主にバリアフリーの視点から球場を見させていただきましたが、小川さんはエスコンフィールドの“強み”は、何だと思いますか?

小川太郎さん(以下、小川):“強み”と言い切れるほど完成してはいないと思っていますが……(笑)。1回の来場では見て回り切れないほど、野球以外のことも含めて色々楽しめる場所がたくさんある、そういう選択肢の多さではないかと思います。まだまだ足りない部分はありますが、1回来て終わりというよりは、何回も繰り返し来て、それぞれの楽しみ方が見出せる、発見できる場所になっていければいいなと思っています。

ブッキー:いいですねぇ。

株式会社ファイターズスポーツ&エンターテイメント事業統轄本部 企画統括部 ファシリティ&デベロップメント部部長の小川太郎さん(右)と伊吹祐輔さん(左)

小川:例えば、こんな飲食がたくさんあるよと野球に興味のない友だちを誘ったり、子どもの遊び場がたくさんあるよと家族を連れてきたり。それぞれで楽しみながら、「また来ようね」と少しでも思ってもらえるといいですよね。

根幹は、エンターテインメントの価値をどう日々の生活に提供できるか。「楽しかった」「また来よう」と、楽しみを体験しに来る場所として皆さんのなかに(Fビレッジが)根付いてくれればと思っています。

ブッキー:そういえば、エスコンフィールドの車いす席は150区画くらいあるとのことですが、同行者も含めて座席指定ができるんですよね?

小川:はい、その通りです。

ブッキー:これがいいんですよ。“選べる”ってすごくいいことなんです。野球観戦に行くときは、どなたも「今日はこのメンバーだから座席はこの並びで」って考えたりしながら座席を選ぶと思うんですよ。車いす席というと、一か所にしかなかったり、人数によっては同行者と一緒に座れなかったり、選択肢が少ないことがよくあります。車いすユーザーでも一般の座席と同じように席を選べるというのは、すごく素敵だなと思いました。

小川:多様な観戦環境をつくるということを命題にしていたので、座席に色々なバリエーションや選択肢をきちんと用意するのはすごく意識していたことです。当然、車いす席とか、一般の席でもそうなのですが、グループでゆったり座れる企画シートのほか、ペットと同伴できるシートも常設してあります。これまではワンちゃんを球場に連れてくるというのはあまり一般的ではなかったと思いますが、多様な方々に楽しんでいただくという思想の中で、エスコンフィールドでは観客席として常設にすることにしました。また、6月にはCoca-Cola GATEの前にドッグランをオープンしました。ドッグランで思い切りワンちゃんと遊べる場所があれば、犬好きの方に「行ってみようかな」と身近に感じていただける。色々な人がハードルを下げて遊びに来られるという取り組みの1つです。

ブッキー:いいですねぇ(笑)。ただ、1つ気になったのは、点字ブロック。Fビレッジの中を見て回っても、点字ブロックはあまり見かけませんでした。

小川:そうなんです。おっしゃる通り、すべての箇所に点字ブロックがあるわけではありません。現時点では、Fビレッジ内の駐車場のうち、エスコンフィールドに近い箇所の駐車場の区画から球場の近くまで点字ブロックを設置していて、そこからは係員が来てご案内するという体制で対応しています。

ブッキー:そこの情報保障を今は人で対応しているということですね。今後はどのようにされていく計画ですか?

小川:点字ブロックに関しては実際にお客様のお声としてもいただいていて、今後どのように改善していくのがいいのか、議論しています。障がいのある方の視点だけではなく、球場全体の景観などをすごく細かく統一性をもって作ってきたので、視力の弱い方などにサインが分かりづらい、見にくいというお声も上がっています。

また、エレベーターのボタンに点字を付けた方がいいのではないかというご意見もいただいているので、できることはどんどん改善していこうと検討中です。

エレベーターは車いすユーザーが何人か一緒に乗れる大きめのサイズ。ただ、視覚に障がいのある方にとっては改善ポイントがいくつかありそうです

エスコンフィールド、Fビレッジが担う社会の役割

――このインタビューの中でも多様性が1つのキーワードになっていますが、今後、社会の中で多様な人々を結びつけるためにスタジアム、スポーツはどのような役割を担うと思いますか?

小川:非常に難しい質問なので、個人的な思いとして述べさせていただきますね(笑)。もともと、僕はスタジアムオタクで、スタジアムの良いところ、社会における大事な機能というのは、色々な人を惹きつけて、人々が集まって、楽しく過ごせることだと思っているんです。

かつ、我々が目指しているところは、野球ファンが野球を楽しむことは根幹としてありつつ、野球に興味がなくても、一人でも全然いいですし、友だちや家族、仲間と一緒になって楽しめる機会を提供することだと思っています。エンターテインメントとはそういうものであるはず。色々なコミュニティ、無数の仲間・グループが敷居低く来ることができて、それぞれ居心地良く和気あいあいと楽しんでいる――それが理想です。

それが球団経営の理念でもありますし、球場という機能が持つべきもの。色々なコミュニティが自然とできて醸成されていくということが、これからの社会において必要だと思いますので、それを促進する一つの形として、球場を起点とした街づくりとか、エンタメ施設と周辺のものが上手く連携するという方法があっていいのかなと、私は思っています。

ブッキー:ハードの環境が人を育てることもあるのではないかと、その可能性を凄く感じています。当たり前のように障がいのある人もない人も一緒になって行く場所があって、そこに小さいころから行っている子どもたちが大人になった時の社会って、きっとどこでもそうした街づくりを当たり前のように捉えることができると思うんです。そして、小川さんのように次の時代の球場を作るような人たちが次世代からいっぱい出てくると、とっても素敵だなと思いますね。

小川:そうですね。子どもたちにあえてフォーカスしようと、全社的に強く打ち出しているのもそれを考えてのことだと思います。これからの社会を作っていく世代は、今の小さいお子さんたちだと思いますし、ウチのボス(前沢賢氏)は「大人がつまらないから、いい社会にならないんだ」とよく言っています。これからは、我々がどうやって次の世代に少しでも良いものを残せるか。そのために、お子さんにとって良い学び、発見、環境を作っていかなければ!と思いつつ、できているかなぁと問いかけながら日々頑張っているところです(笑)。

ブッキー:今後の小川さんの夢をお話いただいてもいいですか?

小川:また難しい質問ですね(笑)。全然関係のない話にもなってしまうかもしれないのですが、この場所を良くしたいというのはもちろん、これまでもずっと思っていて今も変わらないのは、「スポーツ施設と街づくり」ということをより良く整備して、それを広めていきたいと思っています。

手前味噌ですが、エスコンフィールドを含むFビレッジは、今動いている中では一番可能性のあるプロジェクトだと思っているんです。ブッキーさんのような車いすユーザー、障がいのある人やない人、野球に興味ある人・ない人も含めて、「こういう場所があると社会は良くなるね」と思っていただけるように、このプロジェクトをどんどんグレードアップして、色々な意味での価値を上げる努力をしていきたいです。

将来的には、街づくり・地方創生の面で、これからの社会で望ましい発展の一つとして認知されて広まっていき、社会の中でも楽しい・良い場所だなと思っていただけるようになってほしいですね。

車いすユーザーへもっと発信し、より開かれたボールパークに!

――最後に自称「日本で一番、球場で野球観戦している車いすユーザー」であるブッキーさんに対して、小川さんから聞いてみたいことなどはありますか?

小川:このプロジェクトはどんどんチャレンジして良いところを作っていこうという思想のもと、みんなが最大公約数的に気持ちよく楽しめるラインって何かと考えながら、ルール作りと運用をしているところです。ブッキーさんの視点から、ここはもっと攻めた方がいいとか、ここは気になるという点があれば教えてください。

ブッキー:おこがましいのですけど、1つ挙げるとすれば、もっと自慢というか、情報発信してもいいのかなと思いました。車いす席がこんなにあるなんて、ここに来るまで正直思っていなくて、すごいと思いました。でも、球場の公式ホームページでは、ちょっと分かりづらかったです。車いす席の様子の写真も少なかった。「この場所からはこう見えるよ」という発信があったら、車いすユーザーが「僕らにも球場に来てほしいと思っているんだな」と感じられると思うんです。親子連れとか、若者とか、ビジネスマンとか、色々な方に向けて「球場に来てよ」と誘っている中に、障がい当事者も入っているとすごく嬉しい。

小川:なるほど。

ブッキー:私は個人的に何回も球場に行きますが、それでも毎回色々不安になって調べるんですよ。でも、インターネットでも情報が少ないし、信ぴょう性も足りないから、やっぱり公式の情報に頼るんです。エスコンフィールドは車いすユーザーに対しての対応が全然できていないわけじゃなく、しっかりとできているわけですから、もっと公式情報として発信していいと思います。それを言いすぎて、上手く対応できなかったらどうしようという不安もおありなのではとは感じますが。

小川:そうなんです。ディフェンシブに考えてしまったり、塩梅が難しいですね。

ブッキー:そうですよね。ただ、この席からこう見えるというのは事実ですから、その点に関してはどんどんやっていいのかなと思いました。

小川:座席からの見え方については、車いす席で観戦していると前の人が立つとフィールドが見えなくなる時があって冷めてしまう、疎外感があるというお声がありました。お気持ちはよくわかるのですが、コンサートなどと違って、野球観戦では前の人が立つ機会はそこまで多くはなく、100%お応えできるかというと難しい部分もどうしてもあります。

もちろん、車いす席の見やすさは充分に計算して設計していますが、このようなご意見も頂戴しているので、今の座席で合格点と思っていいのかな、とも思ってしまうんです。

ブッキー:それに関してはお客さん同士、心が醸成されてきたらちゃんと気遣っていくのではと感じます。すごいなと思ったのは、僕、阪神ファンが熱烈に応援している甲子園のライトスタンドに行くんですけど、前に座っていたおっちゃんたちが急にハケるんですよね。阪神の選手がホームランを打っても、僕の前では立てないのがもう我慢できなくなって(笑)、違うところで応援しているんですよ。立って騒いだら僕がフィールドを見れなくなるって。

小川:あぁ、なるほど(笑)。

ブッキー:黙ってこうなるのって、すごいなと。僕は何も言っていないし、向こうからも何も言いません。でも、点数取った時はちゃんとこっちに来てくれて、一緒にワーって盛り上がるんです。エスコンフィールドでも、それこそスタンドの係員さんが毎回注意するのではなくて、何かお客さん同士で形が出来上がる方がいいかなと思いますね。

小川:そうですね、ポジティブな形で。

ブッキー:はい。もし先ほどの意見や苦情が10個、20個続いたら、台で対応するなど考えた方がいいとは思いますが、個人的には腹をくくって我慢して、ちょっと様子を見てもいいのかなと思いますね。そうじゃないと出来ることが段々と減っていってしまい、逆に「こんなことをやりたい」という要望に応えられなくなる球場になってしまうことが、僕はすごく残念に思うんです。

小川:おっしゃる通りだと思います。どうしても先細りしてしまいますよね。我々としても、そうはしたくないです。

ブッキー:僕はこの球場に対して、車いすユーザーとしてすごくワクワク感を感じているので、ぜひこれからも小川さんや球団の持つ理念、思想を形にしてほしいですね。

小川:まだまだ始まったばかりなので、やることが盛りだくさんですね。開業して、少し落ち着くかと思いましたが、ようやくスタートしたんだ、という感じです(笑)。頑張ります!

ボールパークをより進化させるために邁進する小川さん。球団とファンが一体となってつくりあげるボールパークの未来が楽しみです!

話が全く尽きず盛り上がった対談。その中で小川さんから語られたエスコンフィールド、Fビレッジに込められた思想や理念、そして形として具体化された施設整備の数々――「世界がまだ見ぬボールパーク」は将来、あらゆる多様性やバリアフリーを実現しつつ、どのような姿・形で進化していくのか、大きな期待を抱かせるインタビューとなりました。

text by Atsuhiro Morinaga
photo by Haruo Wanibe

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