バスケの練習も“業務時間”。千葉県大多喜町で「農業とプロ3x3」が成立したデュアルキャリアの仕組み
千葉県の大多喜町(おおたきまち)。房総半島の豊かな自然に囲まれたこの城下町に、一風変わった「兼業農家」たちがいる。3×3(スリー・エックス・スリー)のプロバスケットボールチーム「esDGz OTAKI.EXE(エスディージーズ オオタキ エグゼ)」の選手たちだ。
彼らが実践する「デュアルキャリア」は、単なる競技と仕事の両立ではない。チーム単位で過疎地へ移住し、深刻な後継者不足に悩む農業の現場を救いながら、トップリーグで戦う――。 きれいごとでは済まない農業の厳しさを、組織的な仕組みでどう乗り越え、地域を変えているのか。前後編にわたり、その持続可能なモデルの全貌に迫る。
なぜ大多喜だったのか? 80名の応募が殺到した「移住」の正体

photo by Yoshio Yoshida
そもそも、なぜ「バスケットボール×農業」だったのか。その起点は、地域が抱える切実な課題にあった。
チームを運営するのは、株式会社JPFの子会社である「株式会社JPFアグリ」。親会社のJPFは、競輪やボートレースといった公営競技の運営を主軸とする企業だ。彼らには「公営競技で得た収益を地域に還元したい」という強い想いがあった。元々千葉競輪場の跡地に建設されたTIPSTAR DOME CHIBAの管理運営を行なっていたのもあり、県内での農業事業の担い手として白羽の矢が立った。
「最初は純粋に『農業をやってくれる若者』を募集したんです。子会社を作り、移住者を募った。でも、全く人が集まらなかったそうです」
そう語るのは、チーム発足時からのメンバーである遠藤勇一選手だ。高齢化が進む地方都市で、ただ「農業をやろう」と呼びかけるだけでは、若者の心は動かない。そこで生まれた逆転の発想が、「3×3のプロチームを作る」ことだった。

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3×3は、5人制バスケに比べて少人数でチーム運営が可能であり、コンパクトな活動形態がデュアルキャリアとの親和性が高いと言われている。 「バスケができる環境を用意すれば、若者が来てくれるのではないか」。その読みは的中した。農業従事者の募集には反応がなかったが、バスケットボールチームのトライアウトを実施すると、全国から約80名もの応募が殺到したのだ。
その中から選ばれた精鋭たちが、大多喜町へ移住し、鍬を握ることになった。つまり、このプロジェクトは「選手が農業を志した」のではなく、「地域の農業課題を解決するために、アスリートという『触媒』が必要だった」という、極めて戦略的な社会実験としてスタートしたのである。
「農繁期」と「シーズン」が丸かぶりという現実

写真提供:株式会社JPFagri/SDGs大多喜学園
「農業×スポーツ」という言葉の響きは美しいが、実際の現場は苦労が多い。特に彼らを悩ませたのは、「農繁期」と「シーズン」が完全に重なるという物理的な壁だった。
3×3のシーズンは、気候の良い5月から10月にかけて行われる。一方で、農業もまた、春の準備から田植え、夏の管理、そして秋の稲刈りと、まさにこの時期が一年で最も忙しい。 遠藤選手が具体的なスケジュールを教えてくれた。
「2月、3月から田んぼの荒起こしや水入れの準備が始まります。それと同時に、大多喜町名産のタケノコのシーズンがやってくる。これがハードなんです。タケノコ掘りの時期は、朝6時には山に入ります。2時間ほど斜面でタケノコを掘って、それから通常の農作業へ向かう。そして夕方からチーム練習をする。正直、体が悲鳴を上げることもありました」
加入2年目の片岡選手も、東京・池袋でのデスクワーク時代とのギャップに衝撃を受けた一人だ。 「僕は元々、暑いのが苦手なんです(笑)。東京で働いていた頃は空調の効いたオフィスにいましたから。大多喜に来て最初の夏、炎天下での作業は本当にキツかった。何度も熱中症になりかけましたし、心が折れそうになったこともあります」

photo by Yoshio Yoshida
春のタケノコ掘りは、実は冬の静かな竹林整備から始まっている。この「準備」の質が、大多喜名産の味を支える土台となるのだ。オフシーズンのトレーニングが試合の結果を左右するように、冬の山での汗が春の成果を決める。
そして田植えが始まれば、米づくりという「持久戦」がシーズンと並走する。水管理や草刈りといった地道な作業は欠かせないが、自身のコンディションを試合に向けて整えるのと同様に、稲の成長にも細やかに意識を向ける。春の芽吹きから秋の収穫まで、コートと田んぼの両方で「最善」を尽くし続ける日々こそが、彼らのスタンダードだ。
農作業がコート上の強さに。米作りで磨かれる結束力

photo by Yoshio Yoshida
フィジカル面だけで見れば、肉体労働直後の練習はパフォーマンス低下のリスクすらある。実際、「練習前にヘトヘトになってしまい、集中できない」という声が上がったこともあったという。それでも彼らがコートに立ち続ける理由はどこにあるのか。 それは、他のチームにはない「圧倒的なチームワーク」と、逆境で培われた「メンタルタフネス」だ。
一般的な3×3チームは、普段は別々の仕事を持ち、週末だけ集まって練習や試合をするケースが多い。対してesDGz OTAKI.EXEは、毎日顔を合わせ、泥にまみれて共に汗を流し、その後に練習を行う。

photo by Yoshio Yoshida
「他のチームが週に数回しか会わないのに対し、僕たちは仕事中もずっと一緒です。『あそこのコンビネーション、こうしようぜ』という会話が、田植えや草刈りの最中の雑談から自然と生まれるんです。苦しい農作業を共に乗り越えることで生まれる結束力は、コート上での粘り強さに直結しています」と遠藤選手は胸を張る。
また、何もない田舎だからこそ、メンバー間のコミュニケーションは密になる。他愛のない話から、試合の真剣な反省会まで、共有する時間の長さがチームの土台を強固にしているのだ。
「練習も業務時間」。 デュアルキャリアを持続させる仕組み

写真提供:株式会社JPFagri/SDGs大多喜学園
精神論だけで、プロスポーツとの両立は続かない。彼らの活動を支えているのは、会社として整備された「働く環境」と「生活保障」の仕組みだ。ここには、JPFグループが設計した持続可能なモデルの真髄がある。
最大の特徴は、「チーム練習が業務時間に含まれている」という点だ。 通常、実業団などの選手は、8時間のフルタイム勤務を終えた後に個人の時間で練習を行うことが多い。しかし彼らの場合、例えば朝8時から15時まで農作業を行い、15時から17時までの2時間は「業務としてのチーム練習」に充てられる。 給与が保証された状態で、質の高い練習時間を確保できることは、アスリートにとって大きなメリットだ。
さらに、業務体系にはフレックス制が導入されている。 「天候や試合日程に合わせて、柔軟にスケジュールを組めるのが大きいです。例えば、遠征の翌日はスタートを遅らせたり、農作業が長引いた日は練習時間をずらしたり。チーム全体で動いているからこそ、現場判断で臨機応変に対応できます」(遠藤選手)
そして、地方移住の最大のハードルとなる「住まい」と「足」についても手厚いサポートがある。 「住居は会社が探して手配してくれますし、家賃の約9割を会社が負担してくれる制度があります。移動に必要な社用車の貸し出しもあり、生活の基盤が最初から整っている。だからこそ、僕たちのような若者が身一つで飛び込んでこられるんです」
単に労働力を提供させるのではなく、一人の人間として豊かな生活を送れるように設計されたこのシステムこそが、前例のない挑戦を支える屋台骨となっているのだろう。
esDGz OTAKI.EXE。その名前には、持続可能な開発目標(SDGs)への意識が込められている。 一枚目の写真の米袋は、大多喜町へ移住し、住民の一人として生きてきた彼らの「生活の証」そのものだ。この「大多喜モデル」がさらに定着していけば、全国の過疎地域で、スポーツが課題解決の旗印になる日が来るかもしれない。後編では、「大多喜モデル」がどのように進化していき、地域にどのような影響を与えたかを紹介する。
text & photo by Yoshio Yoshida(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社JPFagri/SDGs大多喜学園






