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Sports /競技を知る
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パラ柔道・半谷静香「力の通り道」を捉えて掴んだ悲願の金メダル ~PLAYBACK 愛知・名古屋アジアパラ~
10月18日から24日に行われた「愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会」で、日本代表に最初の金メダルをもたらしたのはパラ柔道のベテラン・半谷静香だった。過去の銀メダルの悔しさやレギュレーション変更の壁を越え、半谷が追い求めてきた「自分の柔道」が結実した瞬間だった。
16年越しの頂点へ
競技が行われたのは19日。会場となった愛知県武道館には多くの観客が詰めかけた。
半谷は中学から柔道、大学からパラ柔道(視覚障害者柔道)をはじめ、2010年に初めて国際大会に参加したベテラン。アジアパラについては「16年前の2010年の広州から挑戦をしてきて、今回で4大会目。初めて出場したときは、日本選手9名派遣のうち、私だけがメダルを獲得せずに帰国するという悔しい経験をしました」と振り返る。

パラリンピックには2012年のロンドン大会から3大会連続で出場したが、ロンドンは7位、リオと東京では5位に終わっていた。しかし、4度目の出場となった直近のパリ大会前にパラ柔道のレギュレーションが変更に。J1(全盲クラス)とJ2(弱視クラス)にクラス分けされ、階級も再編成が行われた。J1クラスとなった半谷はパリ大会では女子48kg級(J1)で銀メダルを獲得したが、新しいレギュレーションに対しては「いつも葛藤がある」と話す。それまで、J2クラスに該当する選手たちとも競い合ってきただけに、心中には複雑な思いもあるようだ。

パリ大会以降、女子の最軽量級が48kg級から52kg級へと変更された。新たな階級でアジアパラの畳に上がった半谷は、力強さを増したように見えた。一回戦ではうつ伏せになって防御の姿勢を取る相手をひっくり返して横四方固めで抑え込んで一本勝ち。続く準決勝では相手にポイントで先行されるものの、残り時間約20秒で得意の一本背負いで技ありをとって決勝進出を決めた。
モンゴル選手と対戦した決勝でも、先に有効を奪われる。「開始線に戻るまでは焦りはあった」と振り返るが、そこでコーチから「まだいける。自信を持っていけ」と声をかけられたことで「いつかチャンスが来るはず。負けるわけがない! と思えました」とのこと。劣勢を逆転したのは今大会「一本背負いで勝つということを目標にしていた」という得意技。これで技ありをとり、捨て身で仕掛ける相手を振り切って金メダルを決めた。
見えない中で見出す「力の通り道」
3試合とも約4分を戦い切って勝利を収め、「皆さんの声援を受けて最後まで戦い抜き、持ち味の粘り強い柔道ができた」と話した半谷。試合の中では「力の通り道を探していました」と明かす。
パワーで勝る準決勝の相手に対しては「釣り手と引き手が、常に私向きに押されているので、どっちかのストッパーが外れたら肩が前に行くっていうシステムで、体が勝手に動く」と振り返る。相手の圧力が弱まる一瞬を探り続けていたようだ。

決勝戦では、腰を引いて組む相手を上下に揺さぶってから投げに入った。「バスケットボールのドリブルの上がってくる瞬間に入るイメージ。下に打ち付けて、上がりで入る。伝わるかどうか分からないけど」と笑顔を見せる。しかし、それは積み重ねてきた稽古と戦略、そしてチャンスを待つ粘り強さがもたらした一瞬だった。
見えない中で一瞬生じる「通り道」に肩を入れる。そこから一本背負いへの流れは「体がすぐ動く。何年もやってきたので」との言葉の通りだった。左右どちらでも肩が入れば投げられる臨機応変さも、長年磨き上げてきた技術であることが感じられる。

目指したのは「力づくではない美しい柔道」
試合直後、「シンプルにうれしい。初の金メダルなので」と喜びを表現した半谷。52kg級に対応するためのトレーニングについて問われると「ウエイトだけじゃなくて、身体操作のような、しなりだとかしなやかさとかを出すためのトレーニングを追加した。力づくじゃないような技のスキルを身につけるための時間を取ってます」と回答。「美しい柔道を目指していれば、体も壊れないし、勝てるんじゃないかな」と言葉を続けた。

見えない中で積み上げてきたスキルと感覚が結実したメダルはまさに「J1ならではの金」(半谷)。試合後はすぐに観客席に足を運び、家族や友人、会社の仲間と喜びを分かち合った。
「私以上に涙を流してる方が多くいて、メダルのすごさ、金メダルの評価はすごいんだなと実感しました」とその重さを改めて感じている様子。翌日のメダリスト会見では「メダルを獲った直後には、地元いわき市長から励ましのお電話をいただいたり、これまでにない経験が続いています」と話した。
自身の獲得した金メダルの意味について問われると、半谷は次のように答えた。
「13歳から柔道始めて25年。そういった意味では両親はすごく喜んでくれたと思うので、恩返し、親孝行みたいなことになったかなと。続けてきて、言葉にならないですけど、感謝の気持ちを伝えた大会とメダルだった。今までやってきた柔道は無駄ではなかったと思えた。私の柔道を証明できた金メダルかな」

これまで重ねてきたキャリアが結実したような金メダルだが、獲得直後に2年後のロサンゼルスパラリンピックについて問われたベテランは「がんばろうかな。もっと強くなりたいです」とまぶしい笑顔を見せた。
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同時間帯にはパラ自転車競技の川本翔大も金メダルを獲得し、日本代表選手団にとって幸先の良いスタートを切った今大会。これを皮切りにメダルラッシュが続き、金メダルは過去最多の64個、総数もジャカルタ大会の198個に次ぐ186個の好成績を収めた。
text by TEAM A
photo by Atsushi Mihara






