専門家に聞くインクルーシブ教育の実践例|正解より対話。「どうすればできるかな?」を一緒に考える

専門家に聞くインクルーシブ教育の実践例|正解より対話。「どうすればできるかな?」を一緒に考える
2025.12.25.THU 公開

2030年以降、全国の小学校・中学校・高等学校で順次実施が予定されている次期学習指導要領。その議論の内容を見ていくと、日本の教育の方向性そのものが、インクルーシブ教育を軸に再構築されつつあることがわかります。そこで前編に引き続き、ノートルダム清心女子大学准教授・インクルーシブ教育研究センター長の青山新吾氏にお話を伺い、インクルーシブ教育を実践するうえでのヒントを探っていきます。

インクルーシブ教育は、これまでの工夫のみではなく、新しい教育システムをつくっていくこと

—— 実際、インクルーシブ教育を始めましょうとなったときに、「なんだか大変そう」「取り入れるのが難しそう」と感じる教員の方もいらっしゃると思います。そうした方々に向けて、青山先生からアドバイスをいただけますか。

「前編でも少しお話ししましたが、今、教育の現場で“全員が同じ内容を、同じペースで、同じプロセスで学べるのだろうか”という問題意識が高まった結果、新しい授業スタイルにチャレンジする機運が巡ってきたのではないかと思います。これまでも、“ちゃんと考えたらできる子”や“別のプロセスで挑戦したら正解にたどり着ける子”などに対して、一斉授業の中で自然に対応してこられた先生も多いと思います。インクルーシブ教育は、これまで先生方が授業の中で積み重ねてこられた工夫の延長線上にある面と、子どもたちの多様な姿に合わせて子どもの学びを考えていく「教育システムの変化」の両方の発想で進めていくものです。インクルーシブ教育に取り組む上で大切なことのひとつは、“これまでのやり方”にとらわれすぎない発想だと思います」

“正解”より“対話”。インクルーシブ教育を支える先生の新しい視点

—— インクルーシブ教育を実践するにあたって、見直すべき“当たり前”がたくさんありそうですね。

「そうなんです。“夏休みの思い出発表会”や“2分の1成人式”などもよくある当たり前のイベントかもしれませんが、子どもたちの中には、休みの間ずっと給食を待っていた子や、生まれた頃の写真がない子もいるかもしれないですよね。そうした中で、『楽しかったことやうれしかったことを話そう』『両親に話を聞いてみよう』そして『みんなの前で発表しよう』と指示しているわけです。小学校で教員をしている僕の元教え子は、複雑な生い立ちや家庭環境を持つ子どもたちに対しての問題に気付き、『これまで問題に気付かずなんてことを言っていたんだろう』とすごく悔いていました」

—— 学校生活の中では可視化されにくい背景を持つ子どもの人権を守るという点でもインクルーシブ教育が役立つんですね。

「おっしゃる通りです。僕はいつも、講演などで『インクルーシブ教育には多面的で様々な視点が必要だ』とお話しているのですが、その中でも人権は大きな視点だと考えています。他にもカリキュラムや施設・環境などの視点もありますが、すべての本質は子どもたち一人ひとりを大切にすることですからね」

青山先生が考えるインクルーシブ教育の多面生(資料提供:青山新吾)

—— 多面的な視点が必要ということは、先生お一人では限界があると思います。どんなに頑張っても、理解や協力が得られないと行き詰まってしまうのではないでしょうか。

「まさにその通りで、日本全国の教育内容がスタンダード化する傾向が強いのです。 “どこにいても同じ教育が受けられなければいけない”という考えが根強くあります。そんな状況ではインクルーシブ教育の普及はなかなか足並みが揃わないと思いますが、”揃わない”という事実を大切にしながら出発し、”揃わない”から仕方なく揃えていないのではなく、”揃えない”ことそのものの意味を考えながら進めていけると良いと思います。

そして、理解や協力を得るうえで対話がとても大きな役割を果たします。子どもとの対話、子ども同士の対話、教職員同士の対話、保護者や地域との対話、そして組織を超えた“ごちゃまぜ対話”など、どの視点においても効率性を求めずに対話の時間を作ってください。特に子どもは、対話を通して物事を民主的に考える力を身につけ、10年後、20年後の多様な社会を支える軸になっていってくれるはずです」

今すぐできる!インクルーシブ教育の実践アイデア

運動会で応援に関わる子どもたち。行事の前に対話を重ね、子ども一人ひとりの声を生かすインクルーシブ教育の考え方を象徴する場面

—— 最後に、インクルーシブ教育の実践例を教えてください。

「子どもたちが学び方を選択できるシステムを取り入れてみるところから、始めてみてはどうでしょうか。例えば、“違いをなくす”のではなく、“違いを生かす”空間づくりです。従来のように全員が正面を向いて並んで座るスクール形式のレイアウトから、島型やサークル型に変えるだけで、物理的にも心理的にも距離感がぐっと縮まりますよね。他にも、授業で問題を解くときに、ヒントのないプリントと、少しだけヒントが書かれたプリント、多くのヒントが書かれたプリントなどを用意し、どれを使うかを子どもたち自身が選べるようにするといった工夫もあります。 また、運動会や遠足の前に、子どもたちのアイデアや本音に耳を傾けて対話してみることも大切です。小さな工夫の積み重ねが、インクルーシブ教育の第一歩になると思います」

子どもたちが学び方を選択できる教室レイアウトの例。中には、床に座り、ベンチを机のようにして使う子もいるそう。通常の椅子をサークル上に並べて実施することもできる(写真提供:青山新吾)

—— 子どもと接するときに意識すべきことはありますか。

「常に問いかけてください。『どうしてできないの?』ではなく『どうすればできるかな?』というふうに、子どもたちを尊重しながら常に自分自身に問いかけてみると良いと思います。 また、クラスの中で“違い”が話題になったときこそインクルーシブ教育のチャンスです。『いろんなやり方があるね』『どっちもいいね』と多様性を肯定する言葉掛けを意識しながら、仲間として対話に加わって一緒に考えてみると、いろんなことが見えてくると思いますよ」


多様な時代を生きる子どもたちにとって、インクルーシブ教育は、単なる教育の一手法ではなく、未来の社会を築くための根幹です。だからこそ、学校や家庭の中で、私たち大人が率先して互いの違いを認め合う姿を示していくことが、何よりも大切なのではないでしょうか。目に見えない違いがあること、耳を澄まさないと聞こえない声があることを忘れずに、一人ひとりの違いが響き合う教室を未来へつなげていきましょう。

PROFILE 青山新吾(あおやま・しんご)
1966年兵庫県生まれ。ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授、同大学インクルーシブ教育研究センター長。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁指導課、特別支援教育課指導主事を経て現職。中央教育審議会初等中等分科会教育課程部会特別支援教育ワーキンググループ委員。臨床心理士、臨床発達心理士。著書に青山氏が編集代表を務める『インクルーシブ教育ってどんな教育?』や岩瀬直樹氏との共同著書『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』、『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(すべて学事出版)ほ か多数。

text by Uiko Kurihara(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock
資料提供:青山新吾

『専門家に聞くインクルーシブ教育の実践例|正解より対話。「どうすればできるかな?」を一緒に考える』

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