「スポーツマン」という単語にそんな意味が? 子どもの豊かな未来をつくる――スポーツマンシップ教育とは?

「スポーツマン」という単語にそんな意味が? 子どもの豊かな未来をつくる――スポーツマンシップ教育とは?
2022.07.04.MON 公開

「我々は、スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います!」、運動会や体育祭などで誰もが一度は耳にしたことのあるこのフレーズ。しかし、「スポーツマンシップ」の意味を正しく言える人は決して多くない。何を隠そう筆者も、今回の取材をするまで、間違った認識を持っていた。この言葉に注目し、スポーツを通してよりよき人を育み、よりよき社会づくりをしようとしているのが一般社団法人日本スポーツマンシップ協会。千葉商科大学サービス創造学部准教授であり、この協会の代表理事を務める中村聡宏氏にお話を伺った。

スポーツマンは単にスポーツをする人ではない?

日本スポーツマンシップ協会会長の中村聡宏氏

スポーツマンシップの意味を考える前に、そもそも「スポーツマン」とはなんだろうか? 大抵の人が「スポーツが得意な人」「日常的にスポーツをする人」などと答えるのではないだろうか?

「私の師匠であり、日本でスポーツマンシップの研究・普及活動の第一人者とされた故・広瀬一郎氏から私が譲り受けた1969年版の英英辞書『POCKET OXFORD DICTIONARY』で『sportsman』を引くと、たった一言『good fellow』と書いてあるんです。つまり『いい仲間』『いい奴』という意味ですね。運動に関する意味が全くないんですよ。英語に『He is a good sport.』というフレーズがあるんですが、これは『彼は信頼に足る人物だ』という意味だそうです。英語では、スポーツマンは単に運動をする人とだけ捉えられているわけでないことがわかります」(中村氏)

最近この「スポーツマン」という言葉を「スポーツパーソン」と言い換えようとする動きもあるようだが、それでは言葉が本来持っている意味が失われると中村氏は危惧する。

「ジェンダーの観点からそうすべきという考え方もよくわかります。しかし、スポーツマンを『スポーツ+マン』ととらえるのではなく、『スポーツマン』というワンワードで『good fellow』だとする考え方が重要です。この定義を重く受け止めると、ヒューマン(human)と同じだと思うんです。誰もヒューパーソンとは言いませんよね。それと同じく、スポーツマンはワンワードで『いい奴』なわけです」(中村氏)

スポーツマンに求められる3つの気持ち

では、スポーツマンが意味する「いい奴」「いい仲間」とは具体的にどういう人物のことだろうか。中村氏の著書『スポーツマンシップバイブル』(東洋館出版社)には次の3つの気持ちを備えている人をスポーツマンと定義すると書かれている。

1:尊重
プレーヤー(相手、仲間)、ルール、審判に対する尊重
2:勇気
リスクを恐れず、自ら責任を持って決断・行動・挑戦する勇気
3:覚悟
勝利をめざし、自ら全力を尽くして最後まで愉しむ覚悟

「この3つは人が生きていく上で応用がきく考え方で、人生を豊かにするために必要なことでもあります。協会ではさらにこうした3つの要素を持ったスポーツマンがGood Gameを創ろうとする心構えを『スポーツマンシップ』と定義しています」(中村氏)

しかも、スポーツはこうしたことを身につけるのにとても適したソフトなのだそうだ。その理由のひとつが結果がすぐに出るという点。勝ち負けや自己記録が伸びたのかそうでなかったかがすぐにわかるので、振り返りができ、改善もしやすい。つまりビジネスシーンで言うPDCAサイクルが短いため、自己分析をするのに最適なのだ。
つまりスポーツマンシップ教育とは、スポーツを通して、スポーツマンシップを理解し実践できる「good fellow」を育て、よりよき社会を作る教育だということになる。

スポーツマンシップの神髄を垣間見た北京オリンピックのあのシーン

北京2022オリンピックのスノーボードの日本代表、岩渕麗楽選手

さらにスポーツマンシップ教育を理解する上で、「尊重」「勇気」「覚悟」とは具体的にどういうものなのか。中村氏に具体的な例をあげて解説してもらった。

「たとえば北京オリンピックのスノーボード。女子ビッグエアの決勝で日本の岩渕麗楽選手は、2本目まで4位でしたが、逆転をかけた3本目で女子では史上初となる最高難度の技に挑みました。技は成功しましたが着地に失敗して転倒。結局4位に終わったのですが、転んだ彼女のまわりに、ファイナリストが次々と集まってきてライバルであるはずの彼女の健闘を称えたんです。スノーボードやスケートボード、サーフィンといった横乗り系と言われるスポーツはオリンピックにふさわしくないという意見もあるようですが、若い彼女たちから、オリンピズムとかスポーツマンシップというものを教えられた気がしました」(中村氏)

これはスポーツマンが備えるべき3つの気持ちにぴったりのエピソードだ。失敗を恐れず大舞台で最高難度の技にチャレンジする「勇気」。さらに順位をさげてしまうかもしれないが、逆転を目指して挑む「覚悟」。そして試合中は本気で戦っていても、試合が終われば相手の健闘を素直に称えあえる「尊重」の気持ち。この様子は後にさまざまなメディアに感動的なシーンとして取り上げられた。

「もう一つ、私がいいなと思うのがカーリングのエピソードです。カーリングの本場であるカナダに行くと、競技施設にバーが併設されていて、勝った方が負けた方に飲み物を1杯おごるのだそうです。そして試合中に相手チームの選手と『そろそろドリンクを決めておいた方がいいわよ』『いやいや、そっちが決めておいて』といった会話をするらしいんですね。お互いを煽るわけですが、試合後に一緒に飲むというのが前提になっているのが素敵ですよね。スポーツマンにとって、相手チームの選手は憎むべき敵ではなくて、Good Gameをするために不可欠で大切なパートナーなのです」(中村氏)

だから、真のスポーツマンは相手選手やチームに「ぶっ潰してやる」などの汚い言葉は使わないし、ましてや相手が転べばいいとか、失敗すればいいなどといった姑息なことは考えない。『スポーツマンシップバイブル』には次のような一説がある。

スポーツマンシップを理解し習慣的に実践している人は、自らの能力を相手と比較しながら自らの欠落を謙虚に自覚し、真摯に努力できます。

つまりスポーツマンシップを実践することは、自ら判断して実践する主体性や、最後までやりぬく力、さらには自分以外の人を受け入れる多様性の精神といった、人生を豊かにするために不可欠なことを身につけることができると言えるのではないだろうか。

罰走からご褒美走へ

では、スポーツをすれば誰でも3つの気持ちを備えたスポーツマン=good fellowになれるかというと、残念ながら今の日本のスポーツ指導の現場には、それを阻む難しい問題があると中村氏は言う。まずその問題の1つが日本ではスポーツをすることは辛く苦しいものだという意識が定着していること。

「あくまでも私の肌感覚ですが、スポーツが熱狂的に好きな人は日本人の3割。残りの7割はそうでもないか、スポーツが嫌いとか苦手という人。なぜそうなるのかというと、子どもの頃に、体育の授業などで負けたりうまくできなかったりすると怒られたから。あるいは、4月生まれの子と3月生まれの子では体力も違うのに、同時に同じことをやらされて、上手下手、早い遅いと絶対能力で評価されるからです。嫌いになるに決まっていますよね。さらに最近は改善されてきましたが、多くの指導者が笑うな、歯を見せるな、言われた通りにやれと、苦しいことばかり言う。もちろん、上手くなるためにはどこかのタイミングで真剣に取り組むことは必要ですが、それと歯を見せて笑うなというのは別の話です」(中村氏)

子どもは本来、体を動かすことが好きなはずだ。それがこうした指導を続けることによって、スポーツが苦手、好きではない、体をうごかすのが楽しくないとなってしまう。その典型的な例が罰走だと中村氏。

「たとえば悪いことをしたらグランド10周といった罰がありますよね。あれって走ることは苦痛だということを刷り込んでいるんです。もし逆に、100点とったらグラウンドを10周してきていいよと言うようにしたら、走ることは楽しいことになるかもしれません。この話をすると、みんな馬鹿げていると言うんですよ。でも、それこそが罰走を刷り込まれているからじゃないかと僕は思っています。

東京マラソンは1万6500円を払って42.195キロを走りたいと応募する人が40万人もいて、その中から4万人しか走ることが出来ず、残りの36万人は悔しがっているんですよ。どうしてそうなるかと言ったら大人になって、自ら走るという選択をしてみたら、木の香りがすごく心地よいとか、風の感じ方が季節によって全然違うとか、汗をかくとめちゃくちゃ頭が冴えてくるといったことに気づいた人たちがどんどんはまっていく。つまり子どもの頃の気持ちを取り戻したんですよね。小さい子どもは、やめなさいと言っても走る。小学校の廊下に“廊下は走らない”と貼り紙がしてあるのは、放っておいたら走るから。
だから罰走をやめて、ご褒美走にする。いいことをした子だけが走れて、逆に悪いことをすると罰として走れないとしてみたらどうかと思うんです」(中村氏)

確かに一見、荒唐無稽な話のようにも思えるが、これくらいドラスティックな改革をしないと、子どもたちが心からスポーツを楽しむことはできないのかもしれない。

一方的な指導で失われる主体性

さらにスポーツマンシップを身につけるのに大きな壁となっているのが日本で長く続いてきた上からの一方的な指導。指導者が考える価値観や評価を一方的に押しつけるような指導を続けていると、子どもはスポーツを嫌いになるだけでなく、主体性を育むこともできなくなると言う。

「たとえば指導者と指導される側によくあるのが『自分で考えろ!』『わかりました、考えます!』といった会話。これってすでに言われたほうは自分で考えていませんよね。『主体的になりなさい』『はい、主体的になります』となったら、もうそれは主体的ではない。主体性や自分で考える力を育むには、まず指導者がどういう言葉をかけて、子どもたち自身にどうやって気付かせるかという仕組みを考える必要があります。しかし、日本ではこれまで主体的に育てるなんていう経験をほとんどの人がしてこなかったんです。教師やコーチ、監督だけでなく親も『あれは危ない』『これはやっちゃいけない』とダメの連続。そういう教育を受けた人が親や指導者になって、同じことを繰り返す。このスパイラルをどこかで断ち切らないと主体性は育まれないと思うんです」(中村氏)

こうした問題を解決し、スポーツマンシップ教育を根付かせるために、中村氏たちがいつかぜひ実現したいと考える教育プランがあると言う。それは、義務教育の小学校1年から3年までは体育の授業をし、4年から6年まではスポーツの授業をするというもの。体育とスポーツでは何が違うのか。体育とは、基礎体力をつけるための運動のこと。運動は赤ちゃんのハイハイや、高齢者がリハビリで歩くことも含まれる身体活動を意味する。一方スポーツは、いろいろな定義があるが日本スポーツマンシップ協会では、「運動+ゲーム」と定義している。ゲームとはルールに則って競争する遊びであり、誰かに強制されるのではなく、自らが楽しむもの。

「体育からスポーツになると何が変わるのかと言うと、自分たちで決めていくという点。たとえば授業で新しいスポーツを考えてもいいと思います。自分たちで作って楽しんでみる。面白くなければ、面白くなるようにルールを変えてみる。あるいはスポーツマンシップに関する座学があってもいい。そんな風に、義務教育のうちから、自分たちで考える力を養い、スポーツマンシップを学ぶ機会を与える。決して簡単なことではないですが、それこそが、僕たちが今、やらなくてはならないことだと思うんです」

スポーツマンシップは義務ではなく、自分を高めていくためのツール

スポーツマンシップ教育を広めていくにあたり、中村氏らが気をつけていることがあると言う。それは「こうあるべき」という理論を振りかざさないということ。

「スポーツマンシップ教育は、人や社会が理想的な姿に向かっていくための、哲学的な思考を示していると思っています。しかし、だからこそスポーツマンシップハラスメントのようなことが起こりやすいとも考えています。人間ですから、理想通りに完璧に行動するなんて出来ないじゃないですか。僕だって日々欲望にまけるし、二日酔いの朝は、昨日はなんであんなに飲み過ぎたんだろうと反省もします。それでも『good fellow』でありたいとは思い続けていますし、だからこそ、それに向かって努力もする。ただ、これが義務になってそれにがんじがらめになり、人を断罪するようになってはいけないと思うんです。スポーツマンシップは、人を断罪するツールではなく、自分を高めていくもの、それぞれの中にある美学を引き出すためのツールとして使っていけたらいいなと思っています」(中村氏)


取材中、中村氏が興味深い話をしてくれた。近年、学校や地方自治体、企業などが積極的に取り組んでいるSDGsは、みんなでスポーツマンシップを発揮しようというフレーズに置き換えられるというのだ。確かに、スポーツはスポーツマンシップを発揮し、国や民族を越え、互いを尊重し、ルールに則ってフェアにプレーすることが大前提だ。世界中の人が相手を尊重し、各自が自分の頭で考えたことを勇気を持って行動し、よりよい社会を作るために全力を尽くす覚悟を持つことができたら、理想の社会に一歩近づけるのではないだろうか。


<参考図書>
『スポーツマンシップバイブル』

中村聡宏著/東洋館出版
スポーツマンシップを理解し実践できる人材を育てるということは、スポーツ界の未来を明るくするだけでなく、より良い人を育み、より良い社会づくりに繋がる――なぜいま、スポーツマンを育てなくてはならないのか。アスリートやコーチ、さらには教育者が知っておくべき心得、スポーツの神髄をまとめた一冊。

PROFILE 中村聡宏
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事/千葉商科大学 サービス創造学部 専任講師
1973年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。印刷会社に入社し、スポーツポータルサイト「スポーツナビ」立ち上げのプロジェクトに関わるなど、広告、出版、印刷、WEB、イベントなど多分野の企画・制作・編集・運営等業務に従事。独立行政法人経済産業研究所では広瀬一郎上席研究員とともに、サッカーワールドカップ開催都市事後調査、「Jリーグ発足時の制度設計」調査研究プロジェクトなどに参画。また、スポーツビジネス界の人材開発育成を目的としたスポーツマネジメントスクール(SMS)を企画・運営、東京大学を皮切りに全国展開。2015年千葉商科大学サービス創造学部専任講師に就任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を発足し、代表理事に就任するなど、スポーツマンシップ教育を展開する。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga

「スポーツマン」という単語にそんな意味が? 子どもの豊かな未来をつくる――スポーツマンシップ教育とは?

『「スポーツマン」という単語にそんな意味が? 子どもの豊かな未来をつくる――スポーツマンシップ教育とは?』