歩くことをスコア化して脱炭素に生かす! 数字でモチベーションをアップするアプリSPOBYの行動変容戦略とは?
地球規模で年々深刻化している気候変動。それを止めるため、二酸化炭素をはじめとする“温室効果ガス”の排出量を抑える“脱炭素化”が進められている。とはいえ日頃、二酸化炭素の排出量を抑えることを意識して生活している人はどれだけいるだろうか。何かしたいとは思うけれども、どこから始めていいかわからないという人にお勧めしたいのが、自分の行動を変えることでどれだけ脱炭素化できたかをスコア化するアプリ“SPOBY(スポビー)”だ。「アプリで脱炭素」とは、いったいどういうことなのだろうか?
いつも乗り物に乗っている距離を、歩きに置き換えることで脱炭素化
今夏、「何十年に一度」の大雨や台風といった警告を何度聞いただろうか。毎年繰り返されれば、もはや何十年に一度どころではない。そんな“待ったなし”状態の気候変動に歯止めをかけるのは、脱炭素。日本政府は2050年までにいわゆる温室効果ガスの排出量を「全体としてゼロ」(全体の排出量から、森林などによる吸収量を引いた値がゼロ)にすることを宣言しているが、果たして実現可能な目標なのだろうか。状況を私たちは悲観的にとらえがちだが、誰でも今からひとりでもできることがある。それがSPOBYだ。このアプリの利用が、どのように脱炭素に結びつくのかご説明しよう。
アプリをインストールしたスマホを持って移動すると、アプリ上に移動ルートが表示される。位置情報と移動速度によって、移動手段が徒歩や自転車か、あるいは車であるのかが自動的に検出される。一定の距離を徒歩あるいは自転車で移動すると、乗り物を利用しなかったことによる二酸化炭素排出抑制量が「脱炭素量」としてアプリに表示されるのだ。距離に応じてサファイヤ、ルビー、エメラルド、そして自転車で移動した場合はトパーズというジュエル(ポイント)が貯まり、さらに脱炭素活動にもポイントが付与され、それらのジュエルが貯まるとスポンサーから提供される特典と交換できるという仕組みになっている。
このアプリを開発したのは、人の行動変容をサポートし、活動量を底上げすることによる社会課題の解決をミッションとする株式会社CUVEYESだ。どんな発想からSPOBYは生まれたのだろうか。
「今、世の中の人たちに脱炭素しましょうと言っても、ほとんどの人は無関心です。エアコンのスイッチを切らなくても、明日すぐに地球がなくなるわけではないですから。そんな人たちを動かすには、脱炭素をもう少しカジュアルな概念に落とし込む必要があると思いました。いつも乗り物に乗って移動しているところに、自転車や徒歩で行けば、CO2の排出を放棄した、つまり脱炭素したことになるんですよと、気付かせてあげる。そうすれば取り組みやすくなりますよね。モチベーションは1つじゃなくたっていい。歩けば健康になれる、ポイントも貯まって特典と交換できる、さらに地球に貢献しているんですよと言われれば悪い気はしませんから」
こう語るのは株式会社CUVEYESの代表・夏目恭行氏。過去にゲームプロデューサーをしていた経験もさることながら、所属していた会社がスポーツジムを経営しており、そこでシニア向けのサービスを手がけたこともSPOBYの開発に生かされているようだ。
「スポーツクラブに通うシニア世代に、“運動をしないと寝たきり街道まっしぐらですよ”とどんなに言っても、自分事として捉える人は多くありませんでした。スポーツクラブは現役を引退してコミュニティを失った人たちがお茶を飲みに行ったり、お風呂に入ったりする場になっていて、ほとんどの人は健康に無関心だったんです。そういう人たちに健康を訴求するには簡単で、ユーザーメリットがあって、ゲーム性もあることが大事。余計な機能はできるだけ排除して気軽に取り組めるものにすることが必須でした」
ポイントで受け取れる特典は地域事業者から。歩くことで地域の活性化も
SPOBYは、自治体や企業での活用にも大きな可能性を秘めている。現在50以上の自治体が導入を検討しており、他にも多くの自治体からの問い合わせがひっきりなしだという。
「北海道のある自治体の場合、ほぼ100%車社会でした。誰も外を歩かず、1日の行動を見てみると家にいるか職場にいるか車に乗っているかという状態。でも、アプリを導入すると数千人単位の人の1日の活動量が1000歩近く増えました。歩いて数分のコンビニに行くのにも、車を使わず歩くようになった。無駄に乗っていた車の利用が抑制され脱炭素に貢献すると同時に、排気ガスの量も抑えられて、自治体の担当者は“狙い通りです”と喜んでいました」
自治体で導入されると、健康効果以外のメリットも生まれる。それは乗り物を使わずに移動した距離に応じてもらえる特典が、地元で得られるということ。
「この手のアプリケーションのポイント交換では、ネットショップのクーポンを1000円分などといったものが多いんですが、健康活動や脱炭素活動を円換算してしまうとちょっとしらけてしまうなと思いました。ですからSPOBYは、自治体で採用された際には地域の事業者、商店街のお店などが商品を提供できるシステムにしています。たとえば、町中華で餃子1皿無料とか、ラーメンに煮卵が1個ついてくるとか。地域の住民の生活の動線に特典の供給者がいれば、地域の活性化にもつながります」
SPOBYは地域に密着した特典がつけられるほか、自治体がウォーキングなどのイベントに使用するなどの利用法もある。東京の豊洲地域ではSPOBYでの実証実験としてイベントを開催。従来からの住民と、マンション建設などで新しく入ってきた住民とのコミュニケーションを促進するのに役立っているそうだ。
脱炭素化から予防医療にも貢献
SPOBYは、車や電車を使わずに歩いた歩数をトラッキングしてスコア化するに留まらず、提供されるさまざまなメリットがユーザーに歓迎されていることは、この種のアプリとしては破格の7割という継続率が証していると言える。ただ、冒頭にも述べた2050年までと期限を設けて日本政府が取り組んでいる目標は、果てしなく遠い道のりのようにも感じてしまうのだが……。
「二酸化炭素はいったいどこから排出されるものが多いかというと、国土交通省の発表によればその内訳は、1番大きいのが約3割を占める産業(製造業)。第2位が運輸で約2割です。これには営業用の貨物を運ぶ車なども含まれますが、やはり大部分を占めるのが人の生活に関わる乗り物なんです。国民一人ひとりが、無意識に二酸化炭素を排出しているということをゆゆしき事態として受け止めなければいけないと思います」
<二酸化炭素の排出のグラフ(国土交通省)>
「自治体の取り組みということに関して言えば、国の姿勢にならって“ゼロカーボンシティ宣言”を表明しているのは、全国1700あまりの自治体の中で700~800ぐらいです。まだ半分かと思われるかも知れませんが、主要都市はほぼすべて宣言しているので、人口に換算すれば国民の95%が宣言した自治体に属していることになる。その人たちが1日に1kmだけでいい。1kmだけ自動車を放棄して歩いたり自転車に乗ったりしたら、1日に約1万3000トンの二酸化炭素の排出を抑制できます。こう考えると2050年の目標も、そう遠い未来の話ではなくなってくると思いませんか?」
SPOBYは10月から法人向けの脱炭素計測サービスを始める。今までも企業が社員の福利厚生、健康促進の一環としてSPOBYを取り入れているケースは多数あった。歩数に応じてプレゼントを用意したり、部署対抗の脱炭素マラソン大会を行う(SPOBYにはクラウド上でマラソン大会ができる機能がある)など、さまざまな活用が行われていた。今後は、通勤時間内の脱炭素活動量を切り出して集計できるようになる。また、リモートワークで通勤しなかった分の脱炭素量までも集計可能にして、企業のアドバンテージにしていけるようにもなるのだそうだ。
SPOBYが誕生したのは2018年。20年には本格的に稼働し、今年5月に大幅なアップデートを行った。夏目氏の話を聞いていると、10月からの法人向けサービスも含め、まだまだ可能性、やれることは広がりそうだ。
「人の行動変容を促して社会課題を解決することがCUVEYESのミッションだと言いましたが、脱炭素のほかに健康も大きな課題ではないかと思っています。このコロナ禍で人が歩かなくなるとどうなるかということは、世界中の人たちが痛いほど思い知らされました。SPOBYの利用者20万人を対象にコロナ禍前と始まってからの活動量の変化を調べてみたら、[全体平均702歩/日の減退]とゆゆしき数字でした。コロナ禍が収まったとしても、その先には疾患リスクの地獄絵が待ち構えているのではないかと言わざるを得ません」
SPOBYの脱炭素量のスコア化を実現しているのは、ユーザーの行動をトラッキングする技術だ。ユーザーの日々の移動距離、移動経路、歩いた歩数などのデータによって、その人の疾患リスクを計測することができるのではないかと夏目氏は言う。
「歩かないと認知症のリスクが高まると言われています。この認知症に加えて糖尿病は、これから気をつけなければいけない疾病の二大巨頭ですよね。それを予防するためにSPOBYのデータが活かせないかと思っています。また、定期的に検診を行えば予防に効果のあると言われるガンに関しても、SPOBYから検診の告知をすることもできます。今後は製薬業界や医療業界のR&DにSPOBYのデータを役立ててもらって予防医療に貢献したいというのが次の目標ですね」
先日たまたまTVの報道番組で、東京豊洲でSPOBYを使った取り組みが紹介されているのを目にした。そんな報道の影響もあってか、CUVEYESには現在さまざまな方面からの問い合わせが引きも切らないのだそうだ。自治体も“ゼロカーボンシティ宣言”をしたはいいが、どこから手をつけて良いのか、正直わからなかったのだろう。そんな自治体の救世主となり、さらに住民そして企業にとっては社員の健康促進に繋がれば一石二鳥どころではない。今後の展開に期待したい。
text by Sadaie Reiko(Parasapo Lab)
keyvisual by CUVEYES